この人が好きだ!#7:新井英樹(73/1000)
今週金曜日、待望の映画が公開されます!
「宮本から君へ」は9月27日(金)公開ですよ!
1988年。ぼんやり会社の席に座っていたとき、電話が鳴りました。
どうやら漫画の持ち込みをしたいとのこと。
最初に電話を取った人が担当になるのは編集部の不文律ですから、もちろん原稿見ますよ大歓迎。
編集部の長いソファーで、初めて会った新井英樹さんと向かい合って話を聞いたこと、鮮明に覚えています。
夕陽が長い影を落としていたソファー。
持ち込まれた原稿は、緻密というか濃密というか、ものすごい線の量。あらゆるものを全部描き切ろうという熱量の発露。
漫画の作法的には読みにくい原稿なんだけど、なんだか圧倒されました。聞けばサラリーマンをしながら描いたものだとか。
これは! と思ったので、そのまま新人賞に回しました。
結果は第19回コミックオープンちばてつや賞入賞。
選考が終わったところで、ちばてつやさんの講評をうかがいます。
「この人は凄いねえ。すべてのコマのあらゆる場面に全部ピントが合っている。描くのに時間がかかるけど、描かずにはいられないんだろうなあ」とコメントされたことをよく覚えています。
その後打合せを重ねるうちに、新井さんが高校の頃ラグビーをしていたことを知り、「2019年にラグビーワールドカップを日本で開催する気がするから、そのときに備えてラグビー漫画を描かない?」と提案してみました。
(もちろん一部誇張表現、というかウソがありますが)
右が1990年に刊行されたオリジナル。左は2009年に刊行されたエンターブレイン版です。
高校ラガーマンのおばかな行状を暑っ苦しく描いた名作。(って自分で担当した作品のことを言うのもなんですが)
主人公はスクラムハーフの花井。なんのためにラグビーなんてしんどい部活動を選んだのか、と悩む男が最後は超絶バカ試合を繰り広げるまでになる物語。読んでて爆笑するんだけど、胸がアツくなる。
予言通り(ウソだけど)ワールドカップ開催中の今こそ、読みなおすべき作品だと思うなあ。
さて、その後新井さんはモーニングで読み切りを描くわけです。就職してセールスマンになった自分の経験を基にして。
それが「宮本から君へ」です。
幸い評判がよくアンケートで3位をとり、続きを描いてもらおう、となりました。が、新人漫画家はアシスタントがいないから、いきなり週刊連載なんてとてもムリ。では月イチ連載で、と始まった物語。
まだ新人といってもいいころだったけど、すでにキャラクター造形とストーリーテリングに才能を発揮しており、「次はどんな展開にする?」という打合せも難航することはなかった、ように記憶しています(いやなにぶん30年近く前のことなんで)。
ただ原稿を一人で描くのが大変で、ほぼ寝てなかったんじゃないかな。とにかく密度が濃いんですよ。
でもまあ、それが作家としてのオリジナリティーであり、魅力でもあるので、それを変えるわけにもいかないわけで。
主人公は覇気のないサラリーマン、宮本浩。
通勤時に出会った美人と合コンして、という設定は当時流行ったトレンディドラマのようですが、その後の展開は全然違う。なにしろご本人が「トレンディドラマが絶対描かないところを描いてやろうと思ってましたね」と断言しているくらいですから。
これが1991年のオリジナル。まだ顔が若いですねー。初々しい。
新井さんが物語りたいことは、多くの人が無意識にこれが幸せと思っているものを徹底的に否定すること。それが本当の幸せなのか? と問いを投げかけるわけです。
それを突き抜けたところにあるものだけを「幸せ」と呼ぶので、とっつきにくいと言えばとっつきにくい。でも、その味わいは癖になるとやめられないものなんです。噛めば噛むほど。
そして1992年には小学館漫画賞を受賞することになり、多くの人がこの複雑な味わいの漫画を堪能するようになったのです。
1994年(25年前ですよ!)に連載が終わっても、いまだに気にする人がいるのも、作品の持つ重層的な読み応えが琴線に触れるからでしょう。
昨年は真利子哲也の監督、脚本で、主人公の宮本を池松壮亮が、蒼井優、松山ケンイチが重要な役どころとしてテレビドラマが放映されました。
物語の前半で終了したので、うーん、まあそうだよな、と分かる人には分かる納得をしたのですが。
ところがっ!
なんとっ!!
物語の後半部分を同じキャストで映画化するというではないですかっ!!!
そ、それはすごい。
それがどのようにすごいことなのかは、漫画を読んで映画を観ていただくと実感すると思いますよ。(漫画が先のほうがいいかな)
私は今週の金曜日、午後仕事を休んで社内のファンたちと観にいくことにしています。
なんだかどきどきしてしまうよ。
「宮本から君へ」はのちに「定本 宮本から君へ」として全4巻で太田出版より刊行されました。
これが表紙で
これが裏表紙。
絶賛コメントをご覧ください!
ついでに背表紙も!
これ、帯を外すとまあそういう風景が描かれているのですね。
さらに。
この定本版4巻とも、冒頭に新井さんと私の対談「『宮本から君へ』から君へ」が掲載されています。不思議な構成ですよね。
この対談は2008年に行ったもので、連載秘話とかじゃんじゃん話してて面白いんだよね、我ながら。
で、4巻そろったところで、新井さんとこの本の担当編集者とで飲んで、サインを書いてもらっちゃた。
わはは。4巻それぞれに名前を1文字ずつ書いてもらうという贅沢。
編集者冥利に尽きるというものです。
まあそれはともかく。
とにかく凄い物語の後半の映画化となれば、凄くないわけがないです。絶対。ホントだよ。
ぜひ映画館で確認してください。せつに。
※27日のチケット手配したので、こっそりアップしておこうっと。
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