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続きのない話#98:タイムマガジンにおねがい(399/1000)

実家にあった雑誌や本を持って帰ってきた。
ここにあるのは「だっくす」4冊「ぱふ」19冊。40年以上前の漫画専門誌。

紆余曲折のあった雑誌なんですよねえ。内紛があったとか聞いてますが、漫画愛はものすごく強くて、漫画好きだった青年は毎月の発売を楽しみにしていました。
この中で一番古い号が「だっくす '78 7・8月号」

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なんと1978年8月31日に購入しています。42年前だ!
250ページで280円。おおよそ1ページ1円。お得だなあ。

内容がどれほど充実しているかは、表紙に記載されている寄稿家の名前を見ればお分かりかと思います。
寄稿家紹介欄も充実しているよ。

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ケン吉(柴門ふみさん)の紹介文(直筆らしい)なんて破格でしょう?
漫画雑誌に橋本治や唐十郎が寄稿しているのも破格破格。

ちなみに目次はこちらです。

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こんな鼎談もあります。

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隣にあるのは別のだっくす。表4が新宿の高野フルーツパーラーの広告ですよ。うーん、70年代~。

さらにマンガ作品ベスト50や

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人気マンガ家ベスト49(なぜ中途半端な数字?)もあります。

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現代の漫画好きからは隔世の感のあるリストでしょうねえ。
それでも今でも残っている作品や漫画家はある/いるわけで、この40年間、漫画文化がいかに幅広く育ってきたかが分かります。

40年ぶりに読み返したけど、橋本治(まだ30歳!)の倉多江美論がまた破格に素晴らしい。
しかしさらに素晴らしいのが編集コメント。
「橋本治先生の原稿が当初の予定より長いものとなりましたので、この続きは次号に掲載いたします。乞うご期待! です。」
なにこの自由な感じ。

雑誌はあらかじめどのページになにを入れるかを決めています(じゃなきゃ原稿依頼できないものね)。それに基づいて、作家も編集者もその枠内に収まるように苦労工夫するわけですが、これはいとも軽々とその約束を越えてしまっている。
筒井康隆が編集長だった雑誌で、タモリの原稿が締め切りに間に合わなかったため、印刷せずに白いページのまま出版したのもこの頃。アナーキーだなあ。
しかもこの「失われた水分を求めて」(いいタイトル!)の続きは実は次号には載っていません。
次号を見ると、このような説明が。
「思いがけなくも特集の変更があったこと(予告していた萩尾望都特集が都合により山岸凉子に変更したため)、涙をのんで次々号に掲載することにいたしました」と説明があります。

わはは。
予告と異なる特集を組むとか続きの掲載は次号ですらないとか、商業誌にはあるまじき蛮行の数々。これほど自由自在に雑誌が作れたら楽しいだろうと思います。(実際には編集部は苦しいに決まってるけど)

でもね、この混乱した状況は、漫画という文化が世間に認められるようになる時期のやむを得ない混沌だったような気がします。この頃はまだ「漫画を読むとバカになる」なんて言われていた時代。それをなんとかしようとした、漫画愛に満ちている人々だからこその試行錯誤。関わっている人たちの必死な思いが誌面から滲み出ているもの。

まさかこの5年後に自分が漫画編集者になるとはこれっぽっちも思わずに読んでいたけれど、ここで浴びた熱気が自分の進路にかなり影響したんだな、と今にして思いますね。

こうして思うことは、ほんとに本はタイムマシン。高校生の頃に手に持って読んだものを今でも手にして読めるなんて。これも長生きすればこその醍醐味ですなあ。
ああ、幸せ。

ところで倉多江美。
今でも当時買った本を全部持っている。(衒学趣味という言葉は倉多江美についての評論で覚えたことを覚えている)橋本治じゃないけど、乾いた世界のシュールな展開がすごく好きだった。
取り出すには極めて困難なところに保管しているけど、読み返してみようかなと思いましたマル


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