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続きのない話#530:27年間のありがとう(1743/1000)

今住んでいる家に引っ越してきたのは、1997年3月、桜が満開だった日。
近所をうろうろしてみたら、細い路地にある小さな酒屋さんを発見した。

ビールは好きだけど、缶ビールはそれほど好みではない。なんなら生ビールよりも瓶ビール派な我が家です。
缶ビールは山のように缶ゴミが出るけど(それは山のように飲む方が悪いというご指摘には一定の理解を示しますがね)、瓶ビールはリターナブル。すなわちゴミがほぼ出ないから環境に優しい。
生ビールだと注いだときの泡は一度切りだけど、瓶ビールなら注ぎ足すたびに泡泡泡(たとえば2回注ぎ足すのなら)が楽しめる。
だから、外でも家でも瓶ビール。下から読んだらルービンビ。

そういう生き方を貫いていたので、引っ越す前も酒屋さんに瓶ビールをケースで届けてもらっておりました。新しい家でも、と思っていたところに、小さなお店丸大酒店があったのです。
さほど広くはない店には、一般的な日本酒、ウイスキー、ワインが置かれ、他に駄菓子やカップ麺など日常食品も商ってらっしゃる。まさに街角の酒屋さん。ご用聞きのサブちゃんが住み込みで働いているような。

「ごめんください~」
と中に入って、最近近くに越してきたものですが、ビールをケースで配達してもらえませんか~とお願いした。
「いいですよ~」
というやりとりから始まった我が家の瓶ビールライフ。

開闢以来キリンラガー中瓶20本時代がしばらく続いた。
そんなある日、そういえば! と思い付いたのです。
それを置いている店があれば必ず頼むハートランドと赤星。それって配達でも頼めるのでは? って。なんとなくその2本は店舗専用に卸しているものだと思っていたけれど、聞くだけ聞いてみても損はないだろう。

「あ、いいですよ~」
なんともあっけないことに、「赤星ありますか?」(微差で赤星のほうが好きだったので)と尋ねたら、即答。
これでいつでも家でサッポロラガーを飲めるらがー。
おそらくそれが20年ほど前のことだから、爾来25mプール1杯分くらいは飲んだんじゃないかなー。

と書いてから念のために検算してみたところ。
25mプールを物差しとして採用するなら、長さは25mとして(だってそれが25mプールってことだからね)なんとか泳げるように幅は1mとしよう。すると深さは10cmにも満たないことが判明した。(計算が合っているなら)
 ※検算してみようという危篤、じゃなくて奇特な人のために
 ビール中瓶は500ml、我が家ではおよそ月2回ケースを注文すること20年。
 すべてのビールをワタシ一人が飲むわけではないので、多めに見積もって  半分くらい。
 故に、0.5×20×2×12×20÷1000÷2÷25÷1=9.6センチメートル
そんな水深で泳いだら、カラダの前半分がプールの底で擦れて真っ赤になるし、きっと途中でビールを飲んじゃうから顔まで真っ赤になるだろう。

いやそんなどうでもいい話は置いといて。
丸大のおじさん(配達するのは必ずおじさんだった)は、注文するたびに玄関までビールケースを運んでくれた。
玄関まで不審そうな顔をして出てくる豆千代を、「おいっ、ほいっ、おいでおいで」と犬撫で声で呼ばわり、一度撫でられたらすぐ部屋に戻る豆千代を「あ~あ行っちゃった」と見送る。
そんな儀式めいたことをしたり、暑いね寒いね台風すごかったね雪降ると配達が大変なんだよ(そりゃそうでしょう~)と世間話をしたり、なにより肝心な旨いビールを電話一本で届けてくれる丸大のおじさんは、我が家には欠かせない存在だった。

3月に配達してもらったとき、月末で店を畳むんだと突然言い出されて、我が家の驚きと悲しみがいかばかりだったことか。
「もう年だしさぁ、体が動くうちに閉めようと思ってね」と、おじさん。
それからいつもより多めにビールを飲み、なんとか月内にもう一度注文することができた。
寂しいなぁ。

そしておじさんは最後の日の前日、大雨が降る中をわざわざ我が家に来てくれて、「注文ないですか?」と初めてで最後のご用聞きをしてくれたのだった。これまでは注文⇒配達という一方通行しかなかったのに。
という話を妻から聞き、これまでのお礼をしにお店に行かなくちゃ、君に会いに行かなくちゃと二人で合意形成されました。

最後の日、2024年3月31日は日曜日。
二人で豆千代を抱いてお店に向かうと、店の前にはどなたかからの花束が置いてあった。やはり愛されていたお店だったんだな~。
私たちも箱入り阿闍梨餅をお渡しし、長年のお付き合いに感謝したことでありました。

丸大酒店のお二人、27年の長きにわたり、ありがとうございました~。

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