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【交換小説】#味付け 2

「はい、これ飲みますか?」
そこには久枝の兄の同級生で、この病院に勤めている高橋先生が立っていた。兄は二つ年上で、先生は子供の頃よく家に遊びに来ていたそうだ。母の入院初日に声を掛けられた久枝はその時すぐ誰だか思い出せなかった。

「お母さん。お悔やみ申しあげます。」
と先生も硬い椅子に腰掛けた。久枝は渡させた缶珈琲のお礼を言った。二人は黙って珈琲を飲んだ。久枝は静寂に包まれた廊下で飲み込む音が聞こえないようにゆっくりと喉へ通した。

「あいつは元気にしてますか?」
兄の近況を少し話し、また一口珈琲を含んだ。久枝にとって、この兄の同級生である高橋さんは、自分の幼少の頃の記憶にもあまり残っておらず、こう言っては失礼だけど病院の先生でしかない。なので余計に、気を使わせてしまっているのではないかと申し訳ない気持ちでいた。またこのあと直ぐお通夜と葬式の手続きをしなければいけないなと考えていると先生が「まぁ大変だったでしょう。」と久枝の長い介護生活を労った。

その瞬間、久枝は憚からず泣いた。珈琲を飲み込む音さえ抑えていた久枝が、子供の様に泣き噦った。気が緩んだのだろう。久枝は先生に謝った。

家に戻った久枝が盛り塩の準備をしている時、ふと「母さんなら盛り砂糖にするかな?」と一人台所で微笑んだ。

#交換小説 #短編小説

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