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雨の日の家出とバー 4


「初対面でこんなこと話すのもアレなんですけど、今同棲中の彼氏がいまして。で、今日は若干喧嘩?みたいになって家飛び出してきたんです」
深刻さを帯びないようにハハハと笑いながら話してみた。

「あらぁ〜家出か。彼氏は心配してないの?」
「たぶん…寝てるのを確認して静かに出てきたので起きてないと思います」
「それはあかんで!一筆書いて出ていかな起きたときどちゃくそ心配するやろ!」
吉田はこれが男性目線の意見だ!とばかりに声を出したが、女の人に嗜められる。
「そういうときもあるのよね、女には」
なんやねんそれ、と吉田はぼそぼそ言いつつも、先を促されたのでグラスの中身を見ながら話す。まるで氷は自分の心のようだ、と思いながら。

「さっきお姉さんが言ってたように、私も覚悟が決まらないんだと思います、結婚に対して。彼と喧嘩もするし、嫌だなと思うところはたくさんあるけど、ちゃんと好きは好きなんですよ。付き合いもそれなりに長くなってきたし。ただ、私がして欲しいことを伝えても全然響いてないっぽいし、なんか疲れちゃって。そんな人と結婚して今後何十年も一緒に暮らしていけるのかな?って思っちゃうんですよね」

一気に話し切ったところで煙草に火をつける。それを見て吉田も新しい煙草に火をつけ、2本分の煙が照明の中で踊った。

「なるほどなぁ…。えーっと…」
「あ、香澄です」
「香澄ちゃんね。香澄ちゃんはさ、結婚ってどんなものやと思てるの?」
吉田の質問にぐっと詰まる。
「うーん…一生一緒に生活していく?とかですかね…病めるときも健やかなるときも云々とか言うし」
「ほーん…なるほど…。じゃ、そちらの覚悟が決まらなかったお姉さん的にはどう思う?」
と、吉田は女の人に振った。
茶化すなや、と言いつつも女の人は宙を見つめつつ、ゆっくり答えた。

「私はね、同じ時間を共有していく相手との契約だと思ってる。ここで肝なのが、同じ時間を『共有する』っていうところと、『契約』ってところだと思うの。
共有して『共感』までする必要もさせる必要もなくて、ただ『共有』するだけ。例えば私はお酒が好きだけど、相手が好きじゃないならそれでいい。ただ、このお酒美味しいよ〜って伝えるだけ。それに対して、そうなんだよかったねって答えてくれるだけでいい。その時間の繰り返しが続いていくのが結婚生活なのかなと思う。
あと、結局は契約なんだから内容変更はその都度お互いしていけばいいと思うの。ずーっと同じ契約内容で続けていけるものの方が珍しいもの。それぐらいの柔軟性があって当然だと私は思うかな」

そう語る女の人の目は優しかった。
覚悟が決まらなかった、なんて言っていたけど、きっと大切に思っていた人がいたのだろう。

「私もね、香澄ちゃんと同じように思ってた時期があるから気持ちわかるよ。でも結局私は私だし、相手は相手。別の人間なの。家族になったって結局他人のままだからこそぶつかることが多いんだろうけど、結婚相手は唯一自分が選べる家族なんだから、ゆっくり、大切に、関係を築いていける相手を選びたいよね」

女の人の目線が宙から私に変わり、私の目を見つめながらゆっくりと話した。
自分の中だけの秘密を話してくれるときのように、じっとこちらを見つめて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。時間がゆっくりと流れていく。

「ま、そんなの理想論なんだけど。私もなんだかんだ独身だから現実問題はよくわかんないよ。ただ、そのスタンスの方が香澄ちゃんの気持ちが楽になりそうかなって」
女の人がふふふと笑うと、また時間の流れが元に戻った。

少しだけ、自分の心の氷が溶けたような気がした。グラスの中を見るとモスコミュールの氷も少し溶けている。

「そういやそれ、モスコミュールやろ?」
吉田が私のグラスを指差した。
「モスコミュールって直訳したら『モスクワのラバ』って意味やねんけど、本場のやつはめちゃくちゃアルコール度数高いねんて。だからラバの後ろ脚にぎゃーんって蹴られたようなアルコールの強さっていう意味らしいんよ。
だからあとはラバがぎゃーんって蹴るように勢い付けて入籍してみるのもひとつの手やない?」

あんたなに言ってんのよ、お後がよろしいようでって感じやん?と2人が笑っているところを尻目に、まあそれもそうなのかもと一気に残りを飲み干した。

「ごちそうさまでした。なんか元気出てきました」

「ここのお店、『Someone’s whereabouts』って名前でしょう?それ『誰かの居場所』って意味だから、もうここは香澄ちゃんの居場所だよ。遠慮せずおいでね」
「そやで、次は例の彼氏も連れておいでや」

そう言うと2人はにっこり笑って、またいつでもおいでとそれぞれ言った。

扉を開けるともう空が白み始めていた。
昨夜の雨はもう晴れ、路面の水たまりが少しの光に反射している。

「今日は遅い時間にありがとうございました。吉田さんと、えっと…お名前聞いてなかったですよね?」

「私?マキです。またよろしくね」
そう言いながら手を振った。


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どうも、まきちゃんです。
3年前にノリとテンションで書き始めた短編小説が今やっと完結しました。
1〜3話は3年前に書いてるからちょっと修正しつつ、最後は今の私の言葉で書けたんじゃないかな〜たぶん。
また気が向いたら別のものも書くかもしれません。

ちなみに裏話なんだけど、本作に出てくるバー『Someone’s whereabouts』は本当に私と友達(本作で言うところの吉田くん)が学生の頃にやりたいねって構想してたバーをモデルにしてます。
店名は勝手に私が名付けたけど許せ!吉田!(本名は武田だよ)

それでは、また別のお話で。

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