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「自民党政治を問う」 #投票2021 第3弾

シリーズ「投票2021」の第3弾として、ゲストに憲法学者の石川健治さんと、東京新聞記者の望月衣塑子さん、医師の倉持仁さん、司会に哲学研究者の永井玲衣さんをお迎えし、「自民党政治を問う」という番組を配信しました。
 
17日に自民党総裁選の告示があり、自民党内の「政局」に関する報道が目立っていますが、改めて自民党のこれまでの政治を振り返りたいと思います。番組内容をnoteにまとめたので、ぜひご一読ください。

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永井玲衣(以下、永井):今日お伝えするのは、シリーズ投票2021の第3弾、「自民党政治を問う」です。9月17日、自民党の総裁選が告示されます。それに伴い、連日メディアでは、次の総裁に誰がなるのか、誰が誰を支援するのか、各派閥のなかで何が起きているのかなど、自民党のなかの政局について報じられていますが、今夜は菅政権の1年を振り返りながら、第2次安倍政権以降の自民党政治とはどういうものだったのか、そして総裁が新しい顔に変わったらその流れは変わるのかなどを考えていきたいと思います。

「学術会議の任命拒否問題」を振り返る

永井:安倍さんの退陣に伴い、菅さんが総理大臣に就任したのは、去年の9月でした。そして就任後すぐに、菅総理による、日本学術会議の会員候補6人の任命拒否問題がおこりました。その際、Choose Life Projectの番組でも、この任命拒否がどういう問題を持つのかをとりあげました。

日本学術会議法では、会員は「学術会議の推薦に基づいて総理大臣が任命する」とあり、その任命については、1983年の国会で、当時の中曽根総理大臣が「政府が行うのは形式的任命にすぎません。学問の自由独立というのは、あくまで保障されるもの」と答弁しています。

20210912 フリップ①

そのように、これまで政府が「政府の任命は形式的なものにすぎない」としてきたのに対し、菅総理は任命拒否直後のグループインタビューで、「学術会議の会員は公務員」「総合的俯瞰的活動を確保する観点から判断した」と主張していました。ここにどういう問題があったのか、改めて振り返ります。

石川健治(以下、石川):人事に物を言わせる体質がいきなり出た事件でしたね。菅総理にとって、この問題で指摘を受けた「学問の自由」というものが、国民一般が勉強する自由、という程度の理解だったのだろうと思います。しかし、それは、憲法23条の保障する「学問の自由」の論理的な構造や歴史的な背景に対する無理解を露呈したことになります。

「学問の自由」という条文はどの憲法にもあるものではなく、大学に代表される学問共同体の自律性を保障すると決めた国だけに現れるものです。そしてそれは、人事の問題に関わってきます。確かに公務員に関して言えば、任命権はいわば官僚と変わりないように思えますが、官僚の人事システムとは違うシステムを憲法が保障するというのが23条の意義ですから、15条にある公務員の選定罷免権のように、国民を代表して内閣が権利を行使できる、という議論は通じません。

23条にある「学問の自由」は、一見すると個人の精神活動の自由に見えますが、その背後にある学問共同体の自治を認める条文だと理解しなければいけません。ですから、学術会議の問題は、23条の論理構造を無視した問題だと言えます。

20210912 フリップ②

永井:望月さんはこの問題に関する取材を長く続けていますが、これは、菅さんが総理に就任してから起こった問題なのでしょうか。

望月衣塑子(以下、望月):いえ、安倍政権のときから起きていました。ただ、当時の安倍総理がこの問題に関与していたわけではありませんでした。この問題に当時関わっていたのは杉田内閣人事局長(内閣官房副長官)と、官房長官であった菅さんです。

なぜ、学術会議の任命拒否問題は起きたのか

望月:2016年の4月に、当時の大西隆元会長が、「自衛目的であれば安全保障に関連する基礎研究は許容されるべきではないか」という見解を一研究者として出したことを発端に、軍事研究に対して大学や研究機関がどう向き合うべきかの話し合いが始まりました。これは、その前年からの流れがあります。

太平洋戦争時、当時の多くの研究者たちが、核兵器の開発を含めて軍事研究に邁進した結果、多くの被害者を国内外で出してしまった歴史があります。そうした反省のもと、学術会議は軍事技術の研究には与しないスタンスを取り続けてきたのですが、これに対して、防衛省が2015年、安全保障技術研究推進制度という新たな補助金制度を設置しました。
それに対し、学術会議は2016年の3月に、「軍事的安全保障研究に関する声明」を出し、やはり基本的には軍事研究に与しないとう、以前からの声明を踏襲する声明を出しました。

この姿勢が、当時の安倍総理や菅官房長官、人事を仕切っている杉田内閣人事局長がトップにいる政府の方向性と全く違ったわけです。政権からすれば、学術会議は今の状況に学ばず、かつてのことにこだわって新しい政府の方向性に歯向かっていることになるので、そんな学術会議にはメスを入れよう、という動きが根本にありました。

日本学術会議法では、学術会議の推薦を受けて会員を総理大臣が任命するという手続きが書かれていて、歴代ずっと、学術会議は1人の欠員に対して1人の推薦者を示していました。これに当時の杉田内閣人事局長が反発をし、複数の推薦者を出すよう指示するようになります。これはある意味で、今までになかった人事介入であり、学術会議法に違反するということで、一部の幹部たちは非常に反発したんですね。
しかしながら、表沙汰にすると官邸との関係に亀裂が入ることになるとして、内々で収めようとした。その結果、1人の欠員に対して、補欠を含めた2人の候補者をあげるようにしたのですが、杉田さんは優先順位の高い人ではなく、2番手の補欠を上げようと再度介入するようになりました。つまり、内閣による学術会議への人事介入という真の発端は2016年の安倍政権時に見られていたんですね。菅さんが総理になっていきなり起きた問題ではなく、過去から遡れる動きがあったということです。

「学術会議の任命拒否問題」で象徴されていたものとは

望月:任命拒否された6人の学者は、安保法制に反対する立場に立った方たちだったのですが、政治的な主義・主張が任命拒否の理由にあったのかと問われると、菅総理は、そうではないと答えながらも、理由は説明していませんでした。本来は、今、臨時国会が開かれていれば、この問題も、もっとしっかりと議論されなければならないと思います。

永井:憲法や法に対する菅政権の姿勢は、安倍政権から受け継がれているものといえるのでしょうか。

石川:そうですね。例えば検察庁法改正案の問題があったように、安倍政権は、公務員の人事権という一般的な権限とは独立の論理で動いてる世界に入り込み、中身を変えてしまう傾向が非常に強かった政権だったと言えます。そして、それはおそらく菅さんや杉田さんの体質だったのではないかと思います。

学術会議のあり方については、憲法には書いてないけれども、日本学術会議法があるように、法律段階までは規定されています。つまり、憲法段階であれ法律段階であれ、学問共同体のあり方の自立性や自治をきちんと保障しようとするシステムができている世界に、これらの政権は、権力をもって上から手を加えようとしていた。こうした状況は、学問の世界だけではなく、様々なところで見られていると思います。

永井:倉持さんは、医師として新型コロナの感染拡大と闘うなか、学問や科学的な専門家の意見に対する菅政権の姿勢を、どのようにご覧になってますか。

倉持仁(以下、倉持):コロナ対策において、終始一貫した姿勢として、真摯に問題を受け止め、何が本当に国民のためになるのかを判断をしているようには見えないと思います。なにか事前に決まっていることをただ言うだけです。記者から聞かれるよりも前に、国民が求めていることや疑問に思っていることを、丁寧に、そして真摯に説明すべきだったと思いますが、終始そうした姿勢はかけています。
ですから、コロナ対策に関して、科学的に理解をされているわけではなく、一部の人たちだけで決めた方針でずっとやってきて、それが途中で誤りだとわかっても直せないまま辞めざるを得なくなったのだと感じました。

永井:いくつかの会見の中でも、聞かれたことを説明しない受け答えの様子が見られますね。

望月:記者からの質問を跳ねのけるものの、その理由を何一つ説明することのない姿勢が、国会でも繰り返されていました。

安倍政権・菅政権のコロナ対応とはどういうものだったか 

永井:安倍政権から菅政権までの新型コロナ対応を振り返っていきます。

20210912 フリップ③

永井:ここに書かれていることはごく一部ですが、「あのとき政府がこういう政策をとっていたら」「あのときこれをしていなかったら」と思うことはあるでしょうか。

倉持:私が現場にいて危機感を感じたのは、去年の6月、日本医師会の会長が替わった時に、新型コロナという未知の感染症とどう戦えばよいのか、医師会の見解を待っていた医師に対し、「患者を診ることができなければ診なくてもよい」というメッセージが流れたことでした。
これまで23年間医者をやってきましたが、患者さんを診なくてよろしいというメッセージを国が認めることに驚愕しました。そこで、診療する医療機関と、診療しない医療機関にわかれてしまったんです。応召義務違反を国が認めたんですね。

それから、PCR検査体制の拡充が進まなかったことについてです。去年9月に安倍総理が辞められるとき、感染拡大防止のためにも医療従事者や福祉施設のスタッフに定期的なPCRを検査をしよう、と言ってお辞めになりました。また、今年の3月に変異株が問題になったとき、菅総理は変異株の検査体制を拡充しましょうと言ったんですが、どれもうまくいってなかった。その原因は、口ではそう言うものの、実際にはコロナについて地方の医療問題として転嫁し、問題を矮小化したことにあります。その結果、財政と法的なバックアップがない自治体は有効なコロナ対策を何もうてず、PCR検査が目づまりをおこしたり、医療機関でクラスターが起こってたくさんの方が亡くなってしまいました。問題が起きた時にきちんと判断をして決定し実行していれば、これだけの方が亡くなったりこれだけの事態にはなっていなかったと思います。

現在私が感じるのは、国民皆保険制度が崩壊していることと、住んでいる地域によって受けられる医療レベルや検査の状態が全く異なってしまうことです。これは、今までの日本にはあってはいけなかったことなんです。

医師が決めるべき問題を政治が勝手に決めていることに私は驚愕していますが、現場に問題が起きている大きな根幹と、どこに責任の所在があって、どういった問題解決方法があるのでしょうか。

石川:IOCのバッハ会長が書いた博士論文には、政治とは将来志向のものであるからして、事実とデータに基づいた確実な将来予測を持たないで政治をやってはいけないと書かれています。そして、将来予測の誤りも含めて政治であり、あとからその時の将来予測が誤っていたことがわかったら、その誤りを自ら直すということまでが政治の責任だと述べています。

基本的には政治の中身は議会に帰すべきだと述べているのですが、ただ、その手続きに誤りはなかったか、データをしっかりと抑えたかなど、中身ができるまでの段階は追って審査し、重要な事がらは、民主制の中心にある議会で決めるのだと考えているのです。
バッハ会長のこの論文から、本質的な問題についてはまず議会を通し、そして議会にしっかりと資料が出てきているのかを問わなければいけないという答えが導き出せると思います。

今の与党は、議会は開かず、内閣がごく限られた知見によって独断で話を進めていこうとする気配があります。すべての知識を内閣に集めれば決定ができるという政治主導の前提に立っているんですよね。これは自民党だけの問題だけではなく、民主党政権時の原発問題でも現れた問題で、いわば政治主導の限界がきているのだと思います。
現在は、中央だけでは決めきれないほど問題や、知識は分散していることを理解しなければいけません。いろんな人の協力を得て公私協働でやりつつ、しかし政府は政治責任を負うということをはっきりとさせる、これを考えていくべき時だと言えます。コロナという未曾有の事態に対応しきれていない自民党政権の最大の問題点は、その姿勢の欠如だと観察しています。

倉持:現場からすると、PCR検査一つできないことがもどかしく、問題がどこにあるのかをたどると政治的なスタンスにあるのだと気付かされることがありました。国が決めなければ動けないのに、議会で必要なことが話し合われず、決めるべきことが決められていないことが今の問題なのだとわかりました。

緊急事態宣言下の五輪開催と政府の対応

永井:2021年7月、緊急事態宣言下の東京で、オリンピック・パラリンピックが開催されました。政府からは、五輪関係者が一般の人と接触しないようなバブル方式をとるから感染リスクはない、という説明がありながらも、実際にはそうなっていなかったことが明らかになったり、開催後に国内で感染者は激増した事実があります。

望月:政府は、どう責任を取るかということと、「大丈夫」という理由についてはふれません。五輪関係者と一般の人との動線が、羽田空港などで一緒になっていたことが明らかになりましたが、国民の安心安全を守ると言いながら、言っていたことが全く守られていなかった。結果として、感染者数が増大し、重症者も多く出ました。今現在も、自宅療養者が13万5000人(注:9月1日時点)と、危険に晒されている人がいます。
菅総理が辞めざるを得なくなったのは、こうしてたくさんの被害をうんでしまったことが原因にあると思います。問題にしっかりと向き合ってくれないどころか、「明かりが見え始めている」という驚くようなコメントも出しています。

永井:政府の新型コロナ対策分科会の尾身会長も、8月末の衆議院厚生労働委員会の閉会中審査で、「政府が専門家の分析よりも楽観的だ」と苦言を呈していました。感染を広げた政府の責任についてはどのようにお考えになるでしょうか。

倉持:入院患者を診ていて思うのは、この病気は早期に検査・診療・治療をしていけばここまで亡くなる病気ではないということです。しかし、これだけ若い人まで亡くなっているということは、人々がまともな医療にアクセスできていない問題が生じているということになります。

国がコロナの問題を地域の医療問題にすり替えてしまったことで、様々な地域で医療崩壊が起きたにもかかわらず、同じことを繰り返し、いまだに事態は改善されていません。自民党の総裁選をやる前に、困っている人を入院させられないという現場の問題をまず解決させるべきだろうと現場の人間としては思います。

今の国民は様々な情報ツールを駆使して情報を取り入れますから、国が思っているほど未熟ではありません。そのことに気づかず、自ら事実誤認を広げてしまった。国が問題を真正面から受け止めずに責任転嫁をして場当たり的な対応ばかりしていることを感じます。早期診断と隔離、そして治療を行うという感染症対策の体制が壊れているので、真摯に問題に向き合い、その体制を構築できる人がリーダーにならなければいけない時期に来ていると思います。

永井:野党側はコロナ対応のために臨時国会召集を求めています。しかし政府・与党はそれを拒否し続けています。こちらについてはどうお考えになるでしょうか。

石川:医療体制の決定に対して法的な責任を追及することが難しいですが、その分、政治責任を取らなければならないのに、その部分が蒸発してしまっています。他方で、実際にやるべきことは地方に丸投げしている。まずは、今回政治責任をどう取るのかを何よりも説明するべきだと考えています。

憲法66条3項には、内閣が国会に対して責任を負うと書かれています。そして、憲法53条では少数派の会派が要求した場合には内閣は臨時会の召集を決定しなければいけないと書かれています。臨時会を召集するかどうかの自主的な決定は内閣が行いますが、要求には応えなければならないという義務規定になっていますから、しなければならないことなんです。そこの区別が、今、なくなってしまっています。

こうした先例が積み重なってしまうと憲法が無効化しかねない。憲法96条にある憲法改正手続きを行わずに憲法が変えられようとしていることを意識しなければなりません。

さらに、なぜ内閣に決定権があるのかについて問うと、これは日本が天皇制をとっていることに起因します。天皇制の日本では、あらゆる決定が天皇を介して行われることとなっていますが、天皇は自分1人で決めることができないので、内閣の助言と承認が必要であるとなっています。そのため、見かけ上、内閣中心の決定システムができているように見えています。
安倍前総理は、ご自身を立法府の長だと言っていましたが、このような立て付けであれば、自分自身が召集を決定し、議長は自分であるという思えてしまうのも理解はできます。ですから、行政府の長にすぎないのに、そのように考えてしまったのは、そうした日本国憲法の設計が反映していると考えられると思います。

望月:国会で議論しないと、どこが問題で、何が医療崩壊につながりこれほどの死者を出してしまったのかを問うことができません。これらをしっかりと議論するためにも、臨時国会を含めて国会を開いてもらわないといけないと思います。
現在の政権がこれだけの被害を出してしまったのですから、これ以上被害を大きくしないためにも、自民党総裁選は国会を閉じたあとでやることなのではないかと思いました。

倉持:日本は、この10年以上にわたり、医療制度・医療費を削減するために、病床削減ルールを作りました。少子高齢化社会で、1人1人に対しての医療の質が上がれば当然コストは上がります。そのために削減された病床は、病院側が勝手に増床することができません。医療機関が勝手に変更してしまうとすぐに医療停止になります。ですから、この問題に対処するための長期的な政策がとられていないことに原因があると思います。

医療費削減のために病床など、医療現場のリソースが縮小された中でコロナ対策をするように言われる。中長期的な視野でルールや法律を動かそうとしてこなかったので限界があるのは当たり前です。そして、感染者が減り始めたらそんな話はどこ行く風で、対策をしっかりと練ることなくまた緊急事態宣言の解除をどうするか、という話になってしまう。本当に呆れてしまいます。

現在の状況が相当な問題であることを国民に知ってもらわなければいけないし、政府・与党が真摯に向き合わなければいけないと思いますので、至急、臨時国会を開いてほしいと思いました。


今後、私たちはどんな政権を選ぶのか

永井:まもなく自民党総裁選の告示日を迎えることで、報道でも総裁選の行方について注目が集まっています。

望月:先日、河野太郎行革担当大臣の出馬表明会見に行きました。彼はワクチン担当大臣でしたが、当初言っていたワクチンの数よりも6割少ないワクチンしか入らなかった事実を、守秘義務を理由に隠し通していました。それに対する記者からの責任追及が出馬会見の際にも弱かった。
記者は政局がらみの質問ではなく、今やるべき国会の議論や医療体制についてを聞くべきです。そうして、メディアの側から、まず命を救うために国会が何をしてくれるのか、これ以上犠牲者を出さないためのやり方を問うてほしいと思います。

永井:最近は、ニュースを見ていても政局がらみの話ばかりで、臨時国会が開かれていないことへの説明や、政治責任が蒸発している状況にあります。
私たちが今後どんな政権を選ぶかを決めることができる衆院選を迎えるにあたって、これからの政治に最も求めるものは何か、伺いたいと思います。

倉持:今の社会は、海外を含め本当に多様化しています。価値観も宗教も文化も政治もいろんな考えがありますが、23年間医師を続けてきた私が、日本が守ってきたもののなかで最もよいと思うものの一つが国民皆保険制度です。
しかし、その皆保険制度が何度も壊れているにもかかわらず、国が問題に真摯に取り組んでこなかった事実は明らかです。今のコロナ対策は、一個の問題で解決する問題ではありません。複合的な対策をしてはじめて、ポストコロナの社会を構築できます。ですから、そういったことに気づいたリーダーがきちんとした問題意識を持って政治のリーダーシップを発揮し、問題解決に邁進していただきたいと思います。

望月:安倍政権の時から安倍政権を踏襲した菅政権まで、民主主義が後退するような形を繰り返したと思います。民主主義とは何なのかを問わなければいけません。今の政権は、コロナだけでなく、森友問題でも同じでしたが、都合の悪いことを隠し、まずいことは世に出さない。本来やるべきことから目をそらしている、あるいはそらさせようとするその体質に、メディアが加担してしまっているのが今の現状だと思います。

総裁選が行われるとなった瞬間、これまで30%を切っていた政権支持率が上がりました。しかし、総裁選が行われることで、医療の問題が解決するようなシステムが提示されたのかと言われれば、そうではありません。
やはり、今の与党が問題にどう向き合ってるのかを野党が追及し、それにかわる代替案をどう出しているのかなどをメディアが報じ続けなければいけない。そして、市民は、総裁選という人事レースではなく、命を守れる政治かどうかというテーマを主眼に置いて、それができているかどうかを監視していけたらいいと思います。

石川:まず、目に見える形で人や物事をレッテル貼りして単純化しないことが重要だと思います。わかりやすい話で物事を見ていこうとすると、社会の分断がますます深まっていく印象があります。

現在の日本の権力は、自分たちの意思に反する団体や事業を正面から否定したり、つつくような乱暴なことはしません。そうではなく、意図に反するようであればお金を出さないとして、じわじわと思考の自由や学問の自由を制限し、ある一定の方向にしか向けないように仕向けていきます。だから、物事を単純化して見るのではなく、その手前で何が起きているのかを考えていくことが大切だと思います。

そのためには、やはり政治に説明責任を果たしてもらわなければいけません。誠実に説明責任を果たす政治家や政党を選びたいということに尽きると思っています。

永井:ありがとうございます。
投票というのは非常に重要な行動の一つではありますが、それだけではなく、日常の中で政治について周りの人と話すという行為も、政治参加と言えると思います。今後私たちがどんな政権を選ぶのか、政治家にどんな政治家でいて欲しいのか、みんなの問いとして考え続けていきたいです。

本日も皆さま、本当にありがとうございました。


最後にChoose Life Projectからのお知らせ

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