歌の正解にふれる

 夕焼け空を眺めながら、屋上で洗濯物を取り込んでいると、繰り返し思い出すのは、ユーミンの「ひこうき雲」である。私はこの曲を、女の子が空に憧れて、空に飛び出して、そして死んだことを歌った歌だと理解している。きっとその子は、空を飛びたかったし、自分が飛べると思って疑わなかったのだ。だから、飛んでみたら死んだ。n魔女ではないのだから。そして、これは実際にあった話しだ、ユーミンが若い頃に知っていた子が、こうして死んだのである、それをユーミンが歌にした。そう私は理解している。
 三階建ての屋上で空を眺めながら、この話しを繰り返し思い出しては、いいなぁと思っている。その女の子の死は、こうして歌になり、多くの人に歌われて聴かれている。この歌は死を贖ってくれる。短かったけど、素晴らしい人生だ。悲しみはいっときで、その死は歌となって人の心をうち続ける。
 ところで、昨日、ランニングをしながら音楽を聴いていた。いつも椎名林檎だが、今回はレピッシュである。聴いているうちに「ワダツミの木」が流れてくる。かつて元ちとせが歌ってヒットしたこの曲は、早世したレピッシュのメンバー上田現の詞曲である。「星に花は照らされて♪~」のところが知られているが、詞の全体は、一人の女が、ある人を愛したが、その想いがあまりに強かったために花になってしまった、という内容である。元ちとせの代表曲だが、作者の上田現も、そしてレピッシュも歌っている。
 ランニングをしながらイヤホンからレピッシュのMAGUMIが歌うこの楽曲が流れてくる。これを録音したとき作者の上田現は、すでに死んでいたはずだ。上田は肺ガンで死んだが、死んでも歌はまだ残って歌われる。この詞と曲で、ランニングしている五〇すぎのオヤジが泣きそうになっている。もっともランニングしながら泣きそうになることはしばしばあるのだが。
 あらためて家に帰って、この曲を聴いてみた。分かったことがある。元ちとせは、最近のものになればなるほど、この歌がちゃんと歌えなくなっている。若い頃のほうが歌えていた。歌が下手になったわけではない。とくに、サビの「星に~」のところで、やる必要ないのにファルセットを押し込むので、歌唱が安定しなくなり、その後音程がめちゃくちゃになる。他の人カバーも聴いてみる。みな無理せず正確な音程をとっているので、キチンと歌えている。作者の上田現は例外だが。
 元ちとせは、自分の代表作なのだから「正解」を分かっているだろう。どう歌えば、ちゃんとした音程で歌えるかを。他の歌手も、この正解をキチッとおさえる。だがしかし元ちとせはそれをしない。どういうことか。
 それは元ちとせが、この歌を歌い続けるうちに、この歌の正解を、ふつうの正解より先に置いてしまったからだ。その結果、その正解は、すこし人知を超えてしまった。そのために、その〈人知を超えた正解〉に元ちとせは敗北し、歌が歌としてはグダグダになる。ただしそれによって、歌うことそのものが逆に前に出てくる。元ちとせは、人知を超えたものと歌唱のあいだに立って、七転八倒する巫女のようになる。それによって、この楽曲が、というか音楽が、あっちの世界にすこし触れるような力を持っているんだと言うことを教えてくれる。イイね。
 ところで、作者の上田現はどうか。このひとは面白い。僭越ながら言うと、このひとは作者なので、正解をもっている。だがダダ漏れなんだな正解が。しかしなんだろう。元ちとせほどよくないんだな。リアリティに人間のリアリティが足りないというか。味はあるんだけど。

これが上田現氏のヤツ

これがレピッシュのヤツ

これが元ちとせさんのヤツ。
リンク切れになっていたので、新たにリンクを張りました(2023/08/19)。
これは、もう歌じゃないかも。祈りだね。


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