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弟の決断

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[登場人物]

・私 (都会で夫と二人暮らし)
・夫

・お義父さん(夫の父・地方でお義母さん、弟と3人暮らし)
・お義母さん(夫の母)
・弟(夫の弟・無職・実家暮らし)

・叔父さん(3人兄弟のお義父さんの弟・妻と同地方で2人暮らし・子供なし)
・叔父さんの妻(叔母さんが2人出てくるので叔父さんの妻とする)

・叔母さん(3人兄弟のお義父さんの妹・嫁いで同地方で夫と2人暮らし)

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葬儀から帰って数日後に弟から電話がかかってきた。
お義母さんに何かあったらすぐこちらに電話するように
口酸っぱく言っていたからだ。

「お義母さんがあばらのあたりが痛いと言っている」

「え?」

仕事中の夫に代わり、状況を確認する。

お義母さんはどんな表情?痛がってる?
身体は起こせる?
話はできてる?
お義母さんの体調は?

弟の返答はこうだった。

多分大丈夫。
体は起こせる。
話はできる。
お義母さんはいつもどおり。
だけどあばらを押さえて痛いと言っている時がある。

とくに緊急性はなさそうだったが、
医療関係である夫に確認してすぐ折り返すと言った。
夫は仕事の合間に少しだけ実家に直接電話をして確認したが、
やはり緊急性はなさそうだった。
あまりにも痛かったら病院へ行くよう伝えたと言った。

再度、その報告を弟から電話で伝えられたが、
私はその時に、
「手遅れになってから救急車を呼んでも仕方がないから、
お義母さんが痛がっていたら判断して躊躇なく救急車を呼んでほしい。
お金は後からでもなんとかなるから、お義母さんの健康だけ気にしてほしい」

弟は小さな微かに聞こえるような声で、うん。と言った。

本当に何かあった時に、救急車呼んでくれるかな…
もうこの頃には、弟への信頼は私の中にはなく、
ただ実家の二人のことが不安だった。

2週間後、もう一度私達は
お義母さんのケアと部屋の掃除をするため、実家へ向かった。
叔父さんへの気持ちがもう、良くないものになってしまったから、
叔母さんの車に乗るなというのなら、もう叔父さんの車にも乗りたくない。
そういう気持ちで今回は電車で向かった。

前回、挨拶をせず勝手に帰った事も怒られたため、
私達は声かけだけ先に叔父さんにしてから、すぐ実家に行こうと話していた。

「話がある」

まただ。
叔父さんのこの言葉が私の中で恐怖になっていった。
夫は先にお義母さんのことがしたいから後でまた来ると伝えて、
また逃げるように扉を閉めた。

私「また話があるって…また怒られるんだろうね…」
夫「帰りの電車の時間もあるから、長くなるようなら電車の時間が迫ってるからって逃げよう」

まるで悪いことをして叱られるのを避けようとしている子供のように、
私達は作戦会議をした。

実家に入るとまずお義父さんに手を合わせた。
その後、弟は開口一番こう言った。

「それでこれからのことなんだけど。介護の仕事をしたいと思って」

いきなりの「介護」という言葉に驚いたが、
危機感を持って生活を立て直そうとしているのだと、
私は少し嬉しかった。

「介護の仕事だったら、働きながら勉強できて資格も取れるし、
まぁ、〇〇(都会)で働くか、地元で働くかはまだ考えてないけど」

私は聞いてみた。

「なんで介護の仕事なの?」

聞くと、弟も昔は一度やってみたいと思ったそうだが、
弟もまたお義父さんに介護の仕事を志すことを許してはもらえなかったそうだ。
お義父さん…少しお義父さんを心の中で責めた。

しかし、こうなった今、もう一度考えて見たいと思ったようで、
お義母さんにも、穏やかな性格は介護にあってるのではと後押しされたと言う。

しかし、やっぱり弟は都会へ出たいんだろう。
都会に出て働くことを念頭に話すような内容がちらほら出る。
とはいっても、いきなり無職の状態で都会へ来て、
履歴書を出してすぐ介護の仕事につけるわけがない。

私と夫は、
いきなり出てきても何もできない状態から仕事ができるようになるまでは生活ができないこと、
地元で介護関係の仕事を探して、まず続くのか、その次に資格をとってから、都会へ出る方がまだ仕事はあるから、まずは地元で探す方が良いこと、
一人で探すのも難しいだろうから、前にも言ったように生活保護を受けて、
しばらくの生活費の不安を少し減らしてから就労支援を受けて一緒に仕事を探してもらう方が良いこと
を伝えた。

また下を向く弟。
夫は弟にプリントアウトした生活保護の内容を書いた書類を渡した。
私はページをめくって就労支援の部分を指差し、再度説明した。

前回、叔父さんには
「生活保護を受けることは恥ずかしいことだ。」
と怒られた。

私は弟に、
「叔父さんは生活保護を受けるのは恥ずかしいことって言ってるけど、
これは誰にでも与えられている生活のための制度だし、
使うことは決して恥ずかしいことじゃないから、そこは間違えないで欲しい」
と伝えた。

少し黙って、

「ちょっと考える」

弟はそう言って書類をまとめた。

あー。
また考えるのか。不安な時間をまた過ごさないといけないのか。
本当に考えてるんだろうか。
弟に対する不信感がつのる。
しかし仕事の事を考え出したのは第一歩だから、
今日はこれでよしとするしかない。
しっかり考えて、できるだけ早く手続きをしにいくように、
念を押して話は終わった。

すっきりしない話のまま、
お義母さんの部屋に入ると、そこは2週間前のまま、
荷物だらけ、埃だらけ、湿気だらけ。
前回必死で整えてあげた髪もほぼ元通りなくらいボサボサのお義母さん。
何も変わっていない。

「この間、置いていったお義母さんのブラシとかはどこ?」

弟に聞くと横の小窓のような、隣の部屋に続く扉を開けた。
見える範囲でも荷物が積み上がっている。
その中からゴソゴソと弟がブラシや手入れに使った道具をまとめたレジ袋を取り出した。

あれから一度も使われていないのがすぐわかった。

本当に介護の仕事がしたいんだろうか。
私は弟に対して、少し諦めてしまった。


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