選択路論心理学、魅力的で奥が深いもの

毛筆と墨で字を書くとき、一番難しいのは?
私は漢数字の一だと思います。

パッと見て、どういうものかわかるし、どう書けばいいのか大体わかるけれど、自分で実際に書くと
「あれ?力加減これでいいのかな?」
とか
「おっと、留ってこれでいいのかな?」
と悩むし
「深いなぁ」とつくづく思います。
むしろ書けば書くほどもっと上質にするには?と。「完璧」はないですね。

実は選択理論心理学もそれに似ていると思います。

ぱっと見によくわかるし、どうすればいいかわかる。
そして取り掛かれる。

でもやっていくうちに奥の深さにハマっていく感じでしょうか。www

学ぶほど、トレーニングするほど奥深さを感じる選択理論で「自分の人生の舵を取る」ということに、一人でも多くの人にハマってもらいたいと思う日々です。

さて、そんな選択理論心理学に興味を持った皆さんで毎週土曜の朝5:55から開催中の「グラッサー博士の選択理論」めざまし読書会ですが、今朝はとても活発なディスカッションがありました。

というのも選択理論の「全行動」の概念と、「落ち込みの選択」の記述のところでうまく理解できない、または色々な解釈が成り立つ、となったことが発端なのですが。

そこでシェアさせていただいたことを改めて文字に残そうと思ったわけですが、いかがその内容です。

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「走る」と「汗」が同時にある時、「走ったから汗をかいた」と思うけれど「汗をかいたから走った」とは思わない。


にもかかわらず「落ち込み」や「パニック」の時には「落ち込み・パニックだから脳内物質がバランスを崩している」と考えるより「脳内物質のバランスが崩れたから落ち込み・パニックになる。だから薬を使って脳内物質のバランスを取り戻さなくてはいけない」となるのはおかしくないか?
========================================================というグラッサー博士の呟きが聞こえてくるような会でした。
#ありがとうございました。

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