デカルトブックガイド1.0

①『省察』を読めるようにする

1/ 野田又夫『デカルト』(岩波新書)
短い入門書としては、昔のものだけれど、本書がいちばんに推薦されます。名著という言葉はこのような本のためにあります。品よく明快な美文で、簡潔にして要点を押さえたことが述べられています。

2/ 所雄章『デカルト』(講談社)
「人類の知的遺産」というシリーズの1冊です。野田の書が、デカルト入門初歩としたら、所の書は、デカルト入門中級ないしデカルト学概説といえなくもないかもしれない。とにかく、いちだんかにだん、勉強の水準が上がる、と考えてください(質の優劣の問題ではないということに留意を願います)。伝記的な事情や各著作の事情、内容に至るまで、入門にしては、目配りが細かいもので、たいへん勉強になるかと思います。

3/ ルネ・デカルト『方法叙説/省察』(白水社)
このあたりで、デカルトの書いたものを読んでみたくなっていてほしいものです。この本には、デカルトの公刊の哲学的著作ふたつが収められています。デカルトの著作のうち、わたくしは、いつも、『省察』をはじめに読むように勧めています。『省察』は、論証に富んでいるため、読んで刺激を得やすく、それゆえ哲学としておもしろく感じやすいからです。また、デカルトの思考のスタイルが(少なくとも初心者の時点で考えれば)よくわかるから、というのもあります。
『省察』の翻訳は、先の所雄章によるもの。このひとは、『省察』の真髄をおさえるには、ラテン語原文をきちきち文献学的な目で研究しないといけない、という感じの研究スタイルの、国内における祖のようなひとです。それもあり、国内の訳書では格段に正確だと思います(個人的には、誤訳も意外とあると思いますけれど、日本語も含めてたいへん立派な翻訳です)。所雄章による『省察』の訳は、いくつかヴァージョンがあるのですけれど、細かいことまでは(そもそも違いがあるのかも含めて)研究者でさえ誰も知らないと思う(知っているひとがいたらごめんなさい)、というくらいのもので、気にせず、これでよいと思います。
正確にいうと、この翻訳も含めて大抵の翻訳で読めるのは、付随的な文書を除けば、『省察』の本文のみです。公刊前に募集してこれに寄せられた諸々の反論、おのおのの反論にデカルトが応じて著した答弁は、同社の『デカルト著作集』の2巻で読むことができます。反論は、『省察』に対する古典的な批判の元祖ともいえるものを多く含み、答弁は、デカルトの『省察』的な哲学のきめを理解するための材料を多く含んでいます。

4/ デカルト研究会編『現代デカルト論集』全3巻(勁草書房)
ものを読んだら、いったん離れて、いろいろ解釈を読むのも勉強になりますでしょう。まずはトピック別のほうがわかりやすいと思います。
これはもうずいぶん前につくられた論文集のシリーズです。フランス、英米、日本の別で巻が切られ、それぞれの言語で著されたデカルト研究の代表的な文章が選られています。ここに含まれている論文群は、とくにフランスと英米については、それぞれの主題の古典的な研究という扱いになってしまっています。これらを読めばデカルト研究の最先端の事情を窺い知れる、ということは、それゆえまずありえないのですが、かえって、どういうことが常識として、いまの世代の研究者の研究の前提となっているか、そのレベルの感じを掴むのには、適していると思います。

5/ 村上勝三『デカルト形而上学の成立』(講談社)
もともとは勁草書房から出ていたのが、刊行後の批判へのリプライなども含め、いろいろアップデートのうえ第2版として講談社学術文庫に入ったもの。永遠真理創造説についての議論や、『方法叙説』第4部のあつかいについての議論も、たいへん重要な研究ですけれど、わたくしたちとしていったん確認したいのは、第3部の『省察』解釈です。『省察』のテクストの一言一句にはりつくようにして、その議論の精細なポイントを抉り出していく手つきは、ここまで勉強してきた上では、圧巻でしょう。たいへん参考になると思います。ここまでくれば、『省察』の、またデカルト哲学の勉強も、いったんはひと段落です。
ひとこと注記します。全体として、このひとの文章はなかなか独特で読みづらい。そのうえ、この部分は、それが、デカルト自身の文章の素直な敷衍なのか、いろいろの解釈が複雑に織り込まれた上の村上版デカルトの論述なのか、この辺が、慣れないうちはなかなか見分けづらい。というと、何が問題かというと、解釈的な研究をするうえでは、村上の解釈、というかたちで取り出すときに、すこし難儀します。こういう難点はあるにしても、読まれるべき研究書であるに違いないと思います。

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