右折ができなくて死にたくなった
何年も前の6月。
その日は風も強く、雨がたくさん降っていた。
わたしは、後部座席に子ども2人を乗せて運転していた。
1日あそびにいって疲れ切った娘たちはいびきをかいて寝ている。
朝から遠出をして遊んだから相当つかれたようだ。
家まではあと20分。
はじめて通る大きな交差点の右折レーンで、信号が青に変わるのを待っていた。
信号がかわり前の車について行ったが、
進んだところで赤信号になってしまった。
ちょっとだけ前に出たところで止まってしまい、
たくさんの車にクラクションを鳴らされた。
咄嗟にそう思った。
だが、運良く安全なところに退避することができた。
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その頃のわたしは、完全ワンオペシングルマザーだった。
娘たちはまだ幼い年子。
両親は遠方でかつ疎遠。
保育園以外に頼れるところはどこもない。
毎日しゃかりきに働き続け、座る時間は仕事の間だけ。
家に帰ると会話が成立する大人は他にいない。
1週間のお正月休みで、まともな会話を1度もしなかったこともあった。
そんな生活をもう4年も続けていた。
どんどん心がすりへっていき、限界はすぐそこにあった。
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少しだけみんなより仕事ができて、
育児も器用にこなしてきた。
でもそうやって無理をし続けてきて、心が追いつかなくなった。
あのクラクションはわたしの存在へのクラクションだ。
そう思って、家に帰って子どもたちを寝かしつけたあと、家中の薬をテーブルにだした。
だが、子どもの便秘薬と漢方しかなかった。
これじゃ死ぬことはできない。
その日は諦めて眠りについた。
苦手な運転をたくさんしたから、すぐに眠ることができた。
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ちょうどその頃いまの夫にであった。
右折ができなくて死のうとおもったんだよね。
そんな普通のひとからは理解ができない話を
うんうんと聞いてくれた。
今度はどこにあそびにいこう。
なにをたべよう。
ここが楽しいよ。
ここのごはん美味しいよ。
そんなことを話しているうちに死のうと考えていたことを忘れていた。
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生きるか死ぬか。
全ては紙一重だ。
あのとき家にちがう薬があったら。
右折に失敗したとき、上手に退避できなければ。
いまの夫と出会ってなければ。
崖っぷちにいて、どっちに転んでもおかしくないところを夫が引き上げてくれた。
いま、どん底にいて真っ暗闇で先が見えない人は日本に何人いるのだろう。
でもいつか、
なにかのきっかけでガラッと景色が変わることがある。
そしてそのいつかは必ずくる。
明日かもしれないし、来年かもしれない。
わたしのように4年後かもしれない。
でもいつかは必ずくる。きっとくる。
だから自らその道にいかないでほしい。
生きていたらきっとなにかのキッカケが必ずくる。
どうか諦めないでほしい。
そして1度暗闇にいった人はとても強い。
強くて優しい。
暗闇にいかせてはいけないことを知っているから。
そんな"あなた"がわたしはとても素敵だとおもう。
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いま暗闇にいる"あなた"に
どうかこのエッセイが届くことを信じて。
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