コンパクトディスクたち(第4話:制帽とおだんご)

前回、サンダーバードみたいな帽子を被らなくてはならないというところまででしたので、そのつづきをお話しします。

入社式の日、5階大会議室に集まった100名ほどの新入社員、バスガイドのヒヨコたちは全員着慣れないスーツや、高校の制服を着用しパイプ椅子に着座していた。

五十音順に席が用意されていて、私は中央より右の最後列に通された。そこから見渡すと新入社員全員の後ろ姿を確認することができた。学生時代のころから私は最後列が好きで、全員の後頭部を眺めてはノートにスケッチして授業を聞き逃す癖があったが、このときもいまだに一人一人の後ろ姿を思い描くことができる。

正面に舞台とマイクが用意され、右側に「式次第」その横に上司らしき男性が1名(課長だったと思う)そして「先輩のバスガイド3名」座っていた。

学校の卒業式の様な状況の中、偉い方のスピーチが終わると先輩ガイドの1人目が登壇した。入社2年目の先輩である。県の民謡とそれにまつわる話、つまり岩割社長が書いた原稿の一部を、丸暗記したものを披露するというものだった。

先輩Aとしておく。先輩Aは宮沢りえさんに似た美貌で紺色のスーツに真白の大きな襟、きゅっと左の二の腕に光る腕章がクールで、最後列の私からでもよく見えるA先輩の横顔を眺めて、いつしか見惚れていた。なんとピチッとまとめた髪だろう。1本の乱れ髪もないツヤツヤに輝く髪は後頭部で作られた三つ編みのお団子がピタッと固定されてその上に紺のリボンがついている。眉間から脳天にかけて紺色の帽子がピタッと付いている。どうやって乗っけてるんだろう?そしてうなじの後毛(おくれげ)もない綺麗なうなじ。そして白い大きな襟よりも長い首。美女とは彼女のことを言うんだろうなと思った。
先輩Aは、司会進行のベテランガイド(志穂子先生、新人の指導係)に紹介されて登壇した。舞台の真ん中でこちらを向いて、マイクを持つと右手の高さはそのまま、頭だけ深々と下げた。バスガイド風のお辞儀である。

ゆっくりと頭をあげると、綺麗な声で語り始めた。原稿の一節「しゃんしゃん馬」である。・・・・バスの定期観光Aコース、それは海岸線を走って巡るバスの旅。途中に見える太平洋、リアス式海岸の道路で、お客様が海の景色を眺めながら物語を聞いて歌を口ずさむことで飽きさせないという、岩割社長プロデュース作品である。

あまりの美しさに私は感動してしまった。なんと素晴らしい!
原稿を全て語り、民謡を歌ったあと、彼女は最初と同じようにマイクを持った右手を挙げたままお辞儀をした。拍手喝采である。

司会進行の志穂子先生が、次の先輩ガイドを紹介した。先輩Bは隣県の名所、史跡の紹介で、3年目の先輩である。お題は「西南戦争、英雄の末路」「詩吟、田原坂」である。難易度が上がっている。ころころと回るコブシと聞いたことがない詩吟に圧倒され、これまた拍手喝采。

さて3人目は7年目の大先輩が登壇。稲子教官である。この人が新人研修の教官の1人だということは後日知ることになるが、初めて見た瞬間、やばいと思った。完成されたフォルムなのだ。細くしまった足首が黒いパンプスをより黒く光らせて、タイトスカートの上で細くクビれたウエスト、そして白い手袋、左腕の腕章、白い襟、きゅっと結われたお団子、そして似合いすぎる帽子!!かっこいい顔!アンドロイドのように瞳の色がコントラストを出しているのが遠くからでもわかった。稲子教官のお題は、「この子を残しての一節」
2ページにわたる長い原稿を語ったあとは、「長崎の鐘」の「召されて妻は天国へ・・・」から歌い出す。
その圧巻のパフォーマンスに、入社式ですすり泣いてしまった。

社長、まんまと私はハマってしまいましたよ。素晴らしいですね。

このとき、私の髪の長さは、お団子を作れる長さになかった。なんなら1つ結びもできない中途半端な髪の長さだった。あんなヘアスタイルにできるわけがなかった。。

つづく

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