三 ファリニスの作戦

 痛いほどの光が瞼を刺して目覚めた。ボクは固いフローリングの上に横たわっていた。関節を捩りながら視界を塞ぐ天井の模様を見た。明らかに見覚えのあるここは。
 起き上がって周囲を見回した。窓の配置も壁紙の色も、長年見慣れたボクの部屋だ。ただ、父さんのゴルフ道具やダンボールの箱、ガラクタが置かれているだけで、ボクの物は何一つなかった。
「どういうこと……」
 狐につままれたような気分だった。一歩一歩踏み出すたびに、夢の中を彷徨っているような気がする。
容子──
 ふとよぎった昨夜の悪夢と、容子の青ざめた顔。ボクの足がボクの物じゃないまま、妹の部屋に飛び込んだ。
 彼女の部屋には灰の一つもなかった。むしろ新鮮なほど眩しく、傷一つない家具や小物が整然と置かれていた。そのことに違和感を覚えたが、安堵する気持ちの方が遥かに大きかった。
 階下から声がした。母さんと容子が会話をしている。時々聞こえる鈴を転がした笑い声が、彼女の無事を告げていた。
良かった……──
 本来ならそれで満足するべきだった。エドモスの言う覚悟があるなら、このままそっと家を出て、倉庫に向かうべきだった。
 だけど、ボクにはそれが出来なかった。一目、二人の元気な姿を見て去りたい。ほんの少しでいい。家族が悲しまないようにお別れが言いたい。あれこれと理屈をつけては、そっとキッチンを覗いてみた。
 通学前の日常が広がっていた。朝食を慌ただしく食べながら時間を気にしている容子。父さんの空いた食器を片付けている母さん。何もかもが、今まで通りだった。
 途端に悲鳴が上がった。気配に気づいた容子がボクを見ていた。その声に飛び上がった母さん。
「誰!」
 椅子から転げ落ちんばかりに立ち上がり、母さんにすがりつく容子。その手を握りしめ、母さんは自分の後ろへと娘をまわした。
「なんの用ですか……」
 二人は塊となってキッチンの最奥へ下がり、猛獣を前にした者の目でボクを見た。
「お、お金ですか……!」母さんは手元にあった包丁を握った。
「お金なら、そこ、そこにある財布を持って出てって!」
 振り絞るような叫びだった。精一杯、母としての気丈さをぶつけてくる。母さんがこんな顔をするなんて知らなかった。
「どうしたんだよ、母さん。翔平だよ。ボクが分からない……?」
 二人を前にして不思議と笑みがこぼれた。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、到底、現実とは思えなかった。そんなボクに、母さんは迷わず包丁を向けた。
「『しょうへい』なんて子は知らない!早く出てって!警察には言わないから早く!」
 本気なんだと悟った。誰が親に刃物を向けられると思う?二人は完全に、ボクを忘れていた。
 包丁を持った母さんの手が震えていた。容子が魔物を見る目でボクを見ている。二人を怖がらせるつもりはなかった。ただ、一目、顔を見たかった。それだけだった。でも、こんな結末になるなら……。
「ごめんなさい!」踵を返した。
 走馬灯のように昨夜の晩餐が頭をよぎった。それだけじゃない。生まれてから今までのこと。沢山の思い出が痛いほど蘇った。父さん、母さん、容子、柳瀬。涙が込み上げる。ボクのたった一つの場所。自分以上に大切なものが消えた。
 ボクは勢いよく飛び出した。涙が頬を伝う。息が切れるほど走った。大粒のそれを拭うこともせず、ただひたすら、町外れの倉庫に向け、疾走した。

 廃墟と化した倉庫が立ち並んでいるのは知っていた。網のフェンスで囲まれ、いつもなら南京錠で固く閉ざされていた。だけど今日は、それが壊されている。
 泣き疲れ、現実と非現実の狭間を未だに彷徨いながら、フェンスを開けた。埃と錆の臭いがする。ひんやりとした倉庫内には放置された重機やコンパネが頭を垂れて佇んでいた。
「おお、おお、よく来たな!」
 ガランとした吹きさらしの倉庫にやけに響き渡る声。それに導かれるように、コンパネが積み上げられている柱に目をやった。
 エドモスとは違う。蛇の男でもない。いや、それとは違ったもっと人間味にあふれた柔らかな声質。今のボクに必要な、現実的で身近に感じられる声。
 たった一言だったが、もっとそれが欲しくて、声がした方へと向かって行った。
「こっちだ」
 やはりコンパネの裏から聞こえる。姿を現さないことに疑問を持ちながら、今はただ流されるように従った。
 意を決して覗いた。すると、そこには信じられないことに、黒革のロングコートを身にまとった老人が、背丈ほどの頑丈そうな杖を持って立っていた。オールバックにした白髪とひげが胸につきそうだ。
 これほど人間離れした人物を見たことがあっただろうか。畏怖すら感じる佇まいに、呆然と立ちすくむしかなかった。
「おまえが『翔平』か。やっと会えたな」
 老人は笑った。まるで蓄積した謎が解けたみたいに屈託なく。そのせいか、現実と夢の狭間にいた不可思議な意識が、収まるところに収まっていくような感覚がした。
「ずいぶん、辛い思いをさせてしまったようだな」
 泣き顔を見られた。だけど、恥ずかしさなんて感じなかった。今はそれ以上に驚嘆が勝っていた。
「わしはブロジュ。おまえを探し続けていた者だ。おまえが呼び声を発するまで、わし達の生きる希望となるまで、それはもう長い年月、探し続けた」
 ブロジュという老人の存在と、彼の周囲に描かれた円と記号。物語の中でしか見たことがない世界が、このコンパネという現実の裏で、飄々と実体化していた。
「わしはここから出られないんじゃ」 老人は六芒星の中央に立って笑った。
「これは、この世界と新世界を隔てる境界線のようなものだ。全てはファリニスの作戦の一部。ファリニスとは……おまえ自身のことだがな、翔平」
「は?」
ボクは素っ頓狂な声を発してしまった。古賀翔平であるという確信を揺るがす言葉が彼からも発せられた。エドモス、蛇の男、そしてブロジュ。疑問が渦巻く。その一方で老人の言葉に「そうである」と告げるように、アザが脈打った。
「おまえがこの世界で生きているのも、十八年という年月が必要だったのも、おまえというファリニスの思惑。わし達はそれに従っているだけだ」
 また、アザが呼応した。ファリニスとは何者?ボクは誰。おかしくなりそうだった。ボクは一体、どこへ向かっているんだ……。
 ブロジュが手を差し伸べてきた。円の中へ導くように。
「わしの手を握った瞬間、おまえは本来のあるべき場所へ戻る。拒む理由はないはず。何故なら、おまえ自身が呼びかけた者が待っているからだ」
「呼びかけ……バージ……」ボクは思わず口ずさんでいた。
「バージの意味が分かる?夢の中で聞こえていたバージの呼びかけ!その意味をあんたは知ってるの」
 柳瀬と解明し続けてきた疑問。ボクを苛んできた悪夢の意味が、ここへ来てやっと分かる時がきた。
 しかし、老人は微笑を浮かべただけだった。この手を掴めば、すべてが解決すると言わんばかりに。
 手を差し伸べていた。ブロジュの指先に触れるように。しかし、円の中に手を入れた途端、アザに刺すような痛みが走った。
「痛!」
 一度は手を引いた。それに対して、老人は当たり前のように言った。
「痛みに耐えろ、翔平。それは当主の血を引いた者の証。何者も寄せ付けない絶対的支配者『真の名を呼ぶ者』の証なのだ」
「真の名を呼ぶ者……?」
 証と呼ばれるアザがうずき始めた。独立した生き物のように。手を差し伸ばさずにはいられない。こうなることが宿命であったのだと、繰り返し告げている。
「さあ、翔平、エドモスを呼べ!」
 ブロジュは緻密な装飾が施してある杖を振り上げた。
「エドモス!」
 ボクは叫んだ。選択肢などない。腹の底から湧き上がる衝動が声となって口から溢れ出る。エドモスが一条の光となって飛来したと同時に、ボクとブロジュの手は繋がり、円の中へと溶けた。
 炎に包まれた。アザから光が放たれ『証』へと変わる。悲鳴を上げずにはいられない。ボク達を取り巻く炎の脅威に、ブロジュの目の奥を見るのが精一杯だった。
──ファリニスの遺言を見よ。
 実体のないエドモスの声が反響した。視界が揺ぐ。混沌とした闇が襲ってくる。そうした烈火の中で、ボクはある声を聞いた。
──私はファリニス。
 鼓膜の近くでそれは聞こえた。途端にブロジュと炎が消滅し、何もない純白の空間が広がった。
 眩しい。目も眩むような光が放たれ、その中に一人の女性が透明な色彩を帯びて現れた。見ているという感覚ではなかった。ボクの意識に入り込む映像。まるで白昼夢を描く時のように、薄らぼんやりとした感覚だった。
 プラチナブロンドの長髪が印象的な、目鼻立ちの整った蒼い瞳。革のコルセットで絞められた腰と白い両足は、まるで人形のようだった。
「ファリニス……?」
──そう、私はファリニス。新世界の当主であり『真の名を呼ぶ者』の末裔。コガショウヘイとして生まれ、こうして生きてきたのは、蔓延した闇から世界を取り戻すため。民衆に安らぎをもたらすためです。
「あなたがボクである証拠は……」
 俄に信じがたい出来事に食らいつかずにはいられない。ボクがボクであるという確信が揺らぎ始めているからだ。
──あなたに、私の最期……いえ、あなたの誕生の瞬間を見せましょう。
 突然、純白の空間が、四方を書物で埋め尽くした『書庫』へと変わった。天井まで伸びた書棚に隙間なく並べられた書に圧倒され、円形の天窓から見える闇夜が一層、不気味に映った。
 書庫の外からは身の毛もよだつ奇声や爆音が聞こえる。幸い頑丈な煉瓦で構築された円柱状のここは何者も立ち入れないといった風だったが、壁の向こうは戦場のような騒々しさだった。
 ボクはファリニスと同化していた。恐怖を感じながらも彼女の目を通して見ている光景は、何故か懐かしい。彼女の視線がある一点を捉える。そこには、ひたすら書物を確認しながら投げ捨てる男の姿があった。
 それは、蛇の男だった。奴に向かって、ファリニスは──ボクは──歩いて行った。
「探しても無駄よ、アンクー。『妖霊の書』はここにはないわ」
 アンクーと呼ばれた男は振り返った。ゾッとするような笑みを浮かべて。
「思った通りだ。必ずここへ来ると思ってたぜ。まんまと一人でやってくるとは、オレも舐められたもんだ」
 両手に持っていた書物を大仰に落とし、ゆらゆらとこっちに向かって歩いてきた。彼女はそれにも動じる様子はなかった。
「どうやって下位の妖霊を下僕にしたのか知らないけど、妖霊を支配するのは契約違反よ。自分が何をしたか分かっているの」
「人間と妖霊の諍いは免れない、だろ?そんなことは関係ねえ。あいつら全てを支配してやる。あの最上位の妖霊エドモスもな」
 途端に男は足早に寄り、ファリニスに覆い被さった。彼女共々壁にぶつかり、両手を頭上に固定させ、身体を限りなく密着させた。
「妖霊の書をどこへやった。エドモスの真の名を教えろ」奴の口端が不敵に歪んだ。
「ここでお嬢さんのプライドをズタズタにしてやってもいいんだぜ」
「やめて!」
 首を振りながら抗うファリニスの首筋に、アンクーは舌を這わせた。
「威勢がいい。当主たるもの、こうでなくっちゃな。そんな女を滅茶苦茶にしてやりたくなる」
 アンクーの喉が鳴った。奴の体温が伝わり、ボク自身が汚されている錯覚に陥った。
「今のうちに妖霊の書を渡した方が身のためだ」
 腿に指先が触れる。ファリニスの全身に鳥肌が立つのが分かった。
「命に変えても渡さない。せいぜい小悪党でいることね」
 アンクーの平手打ちが飛んだ。それと同時に「カノ!」と、片手で空を切る。その手首には、ボクのアザと似た、だけど不完全な模様を描いた証があった。
 途端に書物から火の手が上がった。それを塞ごうとするファリニスの意思。口を開け、何かを叫ぼうとしたその首を、奴は無慈悲に絞め上げた。
「な……な、にを……している、か……わか……て、るの……」
 書庫内は瞬く間に炎に包まれた。煤けた煙と古書の焼ける臭いにむせ返りながら、彼女は必死で身を捩った。
「知っている」男は耳元で囁いた。
「民衆の真の名が記された、だぁいじな書物だろ?オレ以外のな」
 男は笑った。傑作とでも言わんばかりにファリニスの頬を舐めながら。
「泣け!喚け!オレに命乞いしろ!支配とは、真の名だけじゃないんだぜ……」
 アンクーはいとも簡単に彼女の両足の間に膝を滑り込ませた。そして、胸を覆う布を上から下へと引きちぎった。
「お嬢様にはさぞかし苦痛だろうなぁ、ファリニス!」
 両手を頭上で拘束され、口も塞がれた彼女はただ「ううう……!」と唸って抵抗することしか出来なかった。
 彼女の憎悪と悔しさがボクに伝わる。それでも、胸に顔を埋める男を尻目に、逃げ道を探していた。首を左右にふる。男の手が僅かに離れ、ファリニスの髪を掴んだ時、彼女は天に向けて叫んだ。
「ライゾ!」
 天窓の硝子を通り抜け、舞い降りたのは一羽の鷹だった。一直線に下降し、アンクーへと攻撃をしかける。
 その隙きに走り出した。書庫の扉に向けて。そして、飛び出した先は、辺り一面に猛火と煙が立ち上る、全ての物が失われた荒野だった。大木もなぎ倒され、その間を半透明の異形のモノたちが浮遊する。その数は闇夜を埋め尽くすほどで、ファリニスでさえ絶句した。
「ファリニス、走れ!」
 闇に紛れ姿を現したのは、大ぶりの剣を携えた男だった。彼女はその言葉に頷くと、目前にある壮大な建物へと走り出した。男が合流する。そして、二人は互いの手を取って疾走した。
「どこに行ってたんだ、探したぞ!」
 男の息は荒い。鍛えられた身体に傷を負い、迫りくる異形のモノを薙ぎ払う。
「アンクーが書庫に……」
「そんなことを言っている場合か!剣じゃ妖霊には歯が立たない。魔術師も皆、撤退した。屋敷に入るぞ」
 ファリニスは頷いた。マントで胸元を覆い、男の手を強く握り返した。
「早く入れ!」
 入り口にはブロジュが居た。扉を半開にし、忙しなく手招きをしている。その周囲にはローブを纏った者たちが円陣を組むように立っていた。
 誰もが蒼白だった。二人を追う妖霊の群れ。それを援護する魔術師達の術。しかし、二人が屋敷に辿り着こうと、誰の目にも多勢に無勢。勝敗は明らかだった。
「ブロジュ!」
 広間に駆け込み、扉を閉めようとした時だった。ファリニスは叫んだ。老人の視線が一直線に彼女を捉える。その目には、言葉がなくとも互いに通ずる力強い覚悟の色が浮かんでいた。
「頼みます……」
 そう呟くと、握っていた男の手を振りほどき、再び扉の外へと身を投じた。
「ファリニス……?」
 彼女は閉じていく扉の隙間に消える男の顔を見た。揺れるその目は、灰色だった。
「ファリニス!」
 手を差し伸べる男を羽交い締めにするブロジュ。広間にいた者たち全員が、ファリニスの名を呼び、涙ながらに男の行く手を阻んだ。
 彼女の心が伝わる。哀しみが伝わる。男への愛が。そして、当主としての覚悟が。
「アルジズ」
 その言葉と共に扉は閉じた。
「開けろ、何をする気だ!」
 扉の向こうから悲痛な男の叫びが聞こえた。その声に応えるように、彼女は扉に縋りついて初めて嗚咽を漏らした。
「なるほど、保護の呪文か」
 背後から粘着質な声がした。しかし、彼女は狼狽えなかった。ただ淡々と振り返り、涙で濡れた頬を拭った。
「一人でオレと対峙するつもりとは、いい度胸だな。さすがは我が当主」
 蛇の男の周りには浮遊する異形のモノたちが集っていた。
「あなたの好きにさせない。復讐なんかさせない。私が、真の『真の名を呼ぶ者』よ。力の差を見せつけてあげるわ!」
 ファリニスは右手を上げた。ボクと同じ『証』が七色の光を放つ。
「私は、真の名を呼ぶ者。私が名を呼ぶ者は解放される!」
 証を中心に放射状に広がっていく光。それは闇を照らし、アンクーも、そして異形のモノをも照らした。
「エワズ、マンナズ、フェイフュー、ガルド、シビル、ミナシズ、カルモ、ドワイ……」
 それは、異形のモノたちの、妖霊の真の名だった。
「やめろ!支配者はこのオレだ。あの女をやめさせろ!」
 次々と闇夜に消滅していくモノと、アンクーの命令に従うモノ。ファリニスに突進した妖霊は鎌鼬のような素早さで、彼女の肌を切り刻んでいく。
 それでも、真の名を呼ぶことをやめなかった。衝撃で身体が揺れようと、意識を失うほどの痛みが走ろうと。姿形が変わるほどの攻撃に耐えながら、名を呼び続けた。
 解放された妖霊は、一方でアンクーに攻撃を始めた。しかし、奴は不完全な証を掲げ「アルジズ」と、自らに保護の呪文をかけた。泥人形が崩れるように地に伏し、眠ったまま微動だにしない。そんなかつての支配者を妖霊たちは生贄のように持ち上げ、闇夜の彼方へ連れ去った。再び息を返すまで、呪文の効力が解けるその日まで。
 アンクーが満月の向こうへと消えたのを確認したファリニスは、両膝を地に落とした。証から光が失われ、異形のモノの姿もない。ただ、荒れ果てた敷地が目前に広がり、僅かに炎の爆ぜる音だけが響く、かりそめの静寂が訪れた。
 彼女はゆっくりと横たわった。絶命していく自分の姿が見える。月が見える。紅く浮かび上がるそれを美しいと思った。そして、最期の力を振り絞って言った。
「ブランクルーン……あなたを支配します……」
 一筋の光が射した。彼女の頭上に舞い降りた、儚くも氷のような姿態。それは、ボクの知る、いや、それ以上に神々しい、エドモスだった。
「あなたが……ブランクルーン……なんて……美しい……」
 ファリニスの片目から一筋の涙がこぼれた。ひび割れた唇から糸ほどの呼吸をする。
「真の名を呼ぶ者よ、あなたの望みを叶えよう。しかし、あなたであろうと、わたしを支配する代償は大きい。それはどうするつもりだ」
 淡々とした響きではあったが、ファリニスを見る瞳には慈悲があった。
「代償は……私の命……真の名を呼ぶ者の……一族の、滅亡……」
 エドモスは微かに金眼を細めた。答えるまでに時間を費やした。それは、ファリニスにとって、永遠と思えるほどの長さだった。
「いいだろう……あなたの命と引き換えに、一つだけ願いを叶えてやろう」
 ファリニスは微笑した。「感謝します……」そして、こと切れる前にこう言った。
「願いは……」見下ろすエドモスの金眼を直視した。
「一族の……再生」

 ファリニスは消え、ボクの産声が、聞こえた。

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