二 選択開始/アルカナ眠る君に嘘はつけない

「親の心子知らずなのか、子の心親知らずなのか、まあ、分かんないことに首を突っ込まない方がいいんじゃねえの?」
 智樹はカレーライスを頬張りながら言った。厳つい鋲シルエットの指輪が鈍く煌めく。
「そんなものかな。これでも一応、義兄弟なのに」
 厚いバンズからはみ出した肉を指で押えつつ、悠真はソースが垂れるのも構わずに齧りついた。
「知らぬが仏。世の中には知らない方が上手くいくこともあるって」
 智樹の耳は多種多様のピアスで飾られていた。シャンパンゴールドのメッシュが入った髪と見かけはパンクを極めていたが、グラフィックデザインの智樹を知らない者は学内にはいない。そんな才能を、悠真は密かに自慢していた。
 二人は入学してすぐの演習で知り合った。彫刻専攻の悠真とグラフィックデザイン専攻の智樹。向かう先は違っても、芸術や美に対する指針が似ていた。それ以来、毎日学食に集っては昼を共にした。義父が病院で亡くなった時も、いの一番に駆けつけたのはこの智樹だ。悠真にとっては掛け替えのない友であり、誰よりも側にいる存在だった。そう、恋人の美紅《みく》よりも。
「できれば本当の兄弟みたいになりたいよ」
 智樹は細く整えた片眉を上げると、さながら絵筆を操るようにスプーンの先を止めて言った。
「そう簡単になれるもんか?オレだったら無理だね」
 すかした親友の言葉がやけに響いた。そのせいか、サンドの味も鉄のように重苦く感じた。
「やっぱ、そうなのかな……」
「そうだろ。義兄弟つったって今の今まで他人だぞ。簡単に信用できるか。なんで今まで義親父さんが語らなかったのか理由を考えてみろよ」
 声高にそうは言ったものの、悠真の視線が下に落ちたまま止まったことに、内心舌を噛みたい気持ちになった。彼がどんな思いで兄弟を欲していたか、もっと考えるべきだった。
 智樹は軽く息を吐くと、決まり悪そうに眉を掻きながら頬杖をついた。
「でもまあ、それを信用するのがおまえの良いとこなのかもな……おい、ケチャップついてる」
「え、どこ」
 慌てて口角を舐める親友に苦笑すると、ソースまみれになった両手をさてどうするか、興味津々に見守った。しかし、筋金入りの不器用な様子に、堪らず己の頬を指して言った。
「そこじゃねえ、ここ。ソースつけすぎなんだよ、子供か」そんな悠真に気を揉むと、とうとう指先で拭ってやった。
「ほらよ」それを鼻先で揺らしながら、悪戯な笑みを浮かべた。すると、悠真はその指先を何の躊躇もなく舐めた。
「ちょ、おい、マジか!」

ここから先は

2,556字
某BL雑誌でA賞を取った作品です。 完結しています。全27章。凡そ75000字です。 18禁指定。少しハードなBLです。

義父の通夜で初めて義兄<仁>の存在を知る悠真。実父を憎む冷淡さがありながら禁欲的で支配性すら感じる魅力に悠真は不覚にも魅せられてしまう。目…

サポートをしていただけると嬉しいです。サポートしていただいた資金は資料集めや執筆活動資金にさせていただきます。よろしくお願い申し上げます。