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令和2(行ケ)10054  審決取消請求事件  特許権 【核酸分解処理装置】

■事件の概要
原告 株式会社ウィングターフ
被告 株式会社シーライブ

1 特許庁における手続等(当事者間に争いがない)
(1) 被告及び株式会社ノベルト(以下「ノベルト」という。)は,平成24年3月19日,発明の名称を「核酸分解処理装置」とする発明について特許出願(特願2012-62880号。以下「本件出願」という。)をし,平成26 年1月24日,特許権の設定登録を受けた(特許番号第5463378号。 請求項の数4。以下,この設定登録を受けた特許を「本件特許」という。)。
(2) 原告は,平成29年1月17日,本件特許の請求項1ないし4に係る発明 についての特許を無効とすることを求める特許無効審判(無効2017-8 00004号事件)を請求した。
被告及びノベルトは,同年11月30日付けの審決の予告を受けたため, 同年12月27日付けで,請求項1ないし4からなる一群の請求項について, 請求項2ないし4を訂正し,請求項1を削除し,本件出願の願書に添付した 明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。)について訂正する旨の 訂正(以下,この一連の訂正を「一次訂正」という。)を請求した。
その後,特許庁は,平成30年3月27日,上記訂正を認めた上で,「本件 審判の請求は,成り立たない」との審決(以下「一次審決」という。)をし, その謄本は,同年4月5日,原告に送達された。
この間に,被告は,ノベルトから,本件特許に係る特許権の持分の譲渡を 受け,その旨の移転登録(受付日平成30年1月5日)を受けた。
(3) 原告は,平成30年5月2日,一次審決の取消しを求める審決取消訴訟(知 的財産高等裁判所平成30年(行ケ)第10064号)を提起した。
同裁判所は,平成31年2月28日,一次審決を取り消す旨の判決(以下 「一次判決」という。)をし,同判決は,その後確定した。
(4) その後,特許庁は,上記無効審判について更に審理を行った。 被告は,令和元年9月4日付けの審決の予告を受け,同年11月8日付け で請求項1ないし4からなる一群の請求項について,請求項2ないし4を訂 正し,請求項1を削除し,本件明細書について訂正する旨の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。 特許庁は,令和2年3月17日,本件訂正を認めた上で,「特許第5463378号の請求項2ないし4に係る発明についての審判請求は,成り立たな い。同請求項1に係る発明についての審判請求を却下する。」旨の審決(以下 「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
(5) 原告は,同年4月24日,本件審決のうち,本件特許のうち請求項2ない 5 し4に係る部分について取消しを求める本件訴訟を提起した。

本件訂正後の本件特許の請求項2ないし4の記載は,以下のとおりである(以下,本件訂正後の請求項2に係る発明を「訂正発明2」などといい,訂正発明2ないし4を「訂正発明」という。 
【請求項2】
メタノールタンクから供給されたメタノールを霧状に噴射するノズルを備え, 該ノズルを介して噴射されたメタノールを気化してメタノールガスを発生させるメタノールガス発生部と,上記メタノールガス発生部の上方に位置して,熱 反射可能な多孔質金属材料で互いに隔てられた上部と下部とからなり,該上部 には空気を供給する空気供給部が連結されており,該メタノールガス発生部か ら発生したメタノールガスを自然対流により上方に移行させる流路となるとと もに,上記メタノールガスに該空気供給部から供給された空気を所定の割合で混合させる筒体部と,上記筒体部の上方に位置し,該筒体部において上記所定の割合で空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化する触媒 部とを有し,上記触媒部は,金属薄板をハニカム構造に成形してなるラジカル 反応触媒より構成され,該ラジカル反応触媒を複数積層してなり,空気が混合 したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化して少なくともメタノールに由来する活性種を含み生成される複合ガス(以下「バイオガス」という)を発生するバイオガス発生部と,
上記バイオガス発生部における生成ガス量を供給空気量とメタノール量で制御する生成ガス量制御手段と,
上記バイオガス発生部により発生したバイオガスが供給される暴露部と,
上記暴露部の暴露空間内の温度を制御する温度制御手段と,上記暴露部の暴露空間内の湿度を制御する湿度制御手段と,
上記暴露部に供給されたバイオガスを排気する排気処理部と,
上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御するバイオガスの排気量制御手段と,
上記暴露部におけるバイオガスのホルムアルデヒド成分の濃度を測定するホルムアルデヒド成分濃度測定手段と,
臭いを検出又は測定する手段を備え,
上記ホルムアルデヒド成分濃度測定手段による測定結果として得られるガス濃度情報が上記生成ガス量制御手段に帰還され,上記バイオガス発生部において,一定の触媒の自己反応温度と濃度のバイオガスとなるように,上記生成ガス量制御手段により上記バイオガス発生部における生成ガス量が供給空気量と メタノール量で制御されるとともに,上記排気量制御手段により上記暴露部か ら排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内ガス 濃度を一定にし,
上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による上記暴露部の暴露空間内のバイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段を備え, 上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され,上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にすることを特徴とする核酸分解処理装置。
【請求項3】
上記バイオガス発生部は,メタノール,ホルムアルデヒド,一酸化炭素,二 酸化炭素,水素,酸素の成分を少なくとも含有した活性酸素とフリーラジカル からなる複合ラジカルガスを発生することを特徴とする請求項2に記載の核酸 分解処理装置。
【請求項4】 
上記バイオガス発生部は,上記自己反応温度が400°C~500°Cの範囲内に制御されることを特徴とする請求項3記載の核酸分解処理装置。

■主文
1 特許庁が無効2017-800004号事件について令和2年3月 17日にした審決のうち,「特許第5463378号の請求項2ないし 4に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

■裁判所の判断(一部抜粋)
5 取消事由1-1(甲1を主引用例とする訂正発明2の進歩性の判断の誤り)について
(1) 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件 について更に審理を行い,審決をすることとなるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項 の規定により,上記取消判決の拘束力が及び,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されず(最高裁第三小法廷判決平成4年4月28日判決・民集46巻4号245頁参照),その審判を不服とする審決取消訴訟においても,これを前提に判断されるべきことになる。
前記第2の3(2)のとおり,一次判決は,1甲2における「本発明」の第2の実施の形態の「微差圧検出器56」,「コントロールユニット58」及び「排気量調整電磁弁74及び送風機82」は,それぞれ,訂正前発明2における 「庫内差圧手段」,「上記庫内差圧検出手段による検出結果による検出結果か ら得られる庫内差圧情報が・・・帰還され」る「上記排気量制御手段」及び「上 記排気量制御手段により制御される排気処理手段」に相当するものと認めら れるから,甲2には,相違点2に係る本件訂正前の請求項2の発明の構成が 開示されているといえる,2甲1及び甲2に接した当業者は,甲1発明にお いて安定した濃度の滅菌ガスを発生させるとともに,十分に保証可能な殺菌 効果を得るために甲2に記載の被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度, 湿度,温度をそれぞれ所定の値に制御し,かつ,被殺菌空間の室圧を一定に 保つための構成を適用する動機づけがあると認められる,3したがって,当業者は,甲1及び甲2に基づいて,甲1発明に甲2に記載の上記構成を適用 して相違点2に係る本件訂正前の請求項2に係る発明の構成を容易に想到し得たものと判断した。
そして,被告は,一次判決の確定後の審判手続において,前記第2の2のとおり,一次訂正の内容に加えて更に請求項2に「上記暴露部の庫内差圧を 陰圧で一定にする」(二重下線は本件訂正箇所を示す。)との訂正を行い,本件審決は,前記第2の4(2)イのとおり,一次審決の相違点1(ただし,本件審決が認定した相違点2を除く。)及び2の構成を合わせて相違点1とし,本件訂正により訂正発明2に加わった構成である「暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にすることを特徴とする」点を同相違点に加えた。 以上の経緯を踏まえると,訂正発明2の進歩性の判断に関しては,甲2には,一次審決が認定した相違点2の構成が開示されていることを前提として, さらに,「暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にする」という訂正発明2の構成が容易想到といえるかについて判断されるべきことになる。
以下,これを前提として,検討する。 
・・・
(3) 相違点1の容易想到性について 
前記2(2)のとおり,甲1には,ラジカル化のための触媒反応温度を一定に保ち,安定した濃度のMRガスを発生させる滅菌ガス発生装置を提供するこ とを目的とすることについての開示があり,また,前記3(1)のとおり,甲2 には,甲2発明のホルムアルデヒドガス殺菌装置の構成を採用することにより,被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度,湿度,温度をそれぞれ所定 の値に制御し,かつ,室内温度の上昇により室内の空気が膨張したような場 合においても室圧を一定に保つことができるので,十分に保証可能な殺菌効 果が得られるという効果を奏することの開示がある。そうすると,甲1及び 甲2に接した当業者は,甲1発明において安定した濃度の殺菌ガスを発生させるとともに,十分に保証可能な殺菌効果を得るために,甲2記載の被殺菌 空間内のホルムアルデヒドガス濃度,湿度,温度をそれぞれ所定の値に制御し,かつ,被殺菌空間の室圧を一定に保つための構成を適用する動機づけがある。
そうすると,本件出願日当時,バイオハザード施設やケミカルハザード施 設等,人体に有害な物質が室内に存在する場合には,室内から室外へその物質が漏えいすることがないように,室内を室外に対して陰圧に制御すること や,人体に有害なオゾンガスを用いて室内の滅菌を行う場合には,オゾンガ スが室内から室外へ漏洩することがないように,室内を室外に対して陰圧に 制御することは,周知の技術であり(前記4(1)),また,滅菌・殺菌のため にホルムアルデヒドガスを使用するに当たり,処理室内を処理室外の圧力に対して陰圧とした状態で使用する場合もあることは技術常識である(同(2)) から,甲1発明に甲2に開示された事項を適用するに当たり,被殺菌空間の 状況や目的を踏まえ,こうした周知技術ないし技術常識を参酌して,甲2の 被殺菌空間内の圧力を陰圧で維持することも当業者であれば容易に想到し得 たものということができる。そして,甲1発明と甲2に開示された事項に周知技術ないし技術常識を参酌して適用した結果,被殺菌空間内を「庫内差圧を陰圧で」維持する構成としたことによって,当業者が予測し得ない顕著な 効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
したがって,甲1及び甲2に記載された事項と周知技術ないし技術常識 踏まえれば,相違点1のうち「暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にする」という訂正発明2の構成についても,進歩性を認めることはできない。

(4) 被告の主張について
・・・
イ 被告は,前記第3の1(2)エのとおり,甲2は,陽圧に制御することを目 的とするものであり,その技術的意義は,本件審決で認定されたとおり,滅菌処理中の処理室内への室外空気の侵入を防止して処理室内の清浄度 を維持することにあり,甲2に記載された陽圧制御を陰圧制御とすると, 甲2の被殺菌空間内の清浄度を維持するという技術的意義を損なうから, 甲2における庫内差圧を陽圧制御から陰圧制御とすることには阻害要因 がある旨主張する。
しかし,甲2には,室圧調整装置により室内の圧力を陽圧力(10~2 0Pa)に維持する態様についての記載はあるものの,それはあくまで発 明の実施形態の1つとして記載されているにすぎず,甲2に係る装置の技 術的意義は,被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度,湿度,温度をそ れぞれ所定の値に制御し,かつ,室内温度の上昇により室内の空気が膨張した場合においても室圧を一定に保つことができ,十分に保証可能な殺菌 効果が得られるという効果を奏することにあることは前記(2)のとおりで あるから,こうした技術的意義からすると,甲2の室圧調整装置において 庫内差圧を陰圧に制御することに阻害要因はない。
なお,本件審決は,「甲第23号証は,その出願日が甲2に係る特許出願の優先日と一致する,同一発明者の別の特許出願に係る公開公報であり,両者は,ホルマリンガス等を滅菌に利用する装置の処理室内の圧力を陽圧に制御しているため,その基本的な着想が共通していると強く推認できる」 と判断するが,人体に有害なオゾンガスを利用して殺菌する場合にはオゾ ンガスが室内から室外へ漏えいすることがないように,室内を室外に対して陰圧に制御することは周知技術である(前記4(1)イ)ところ,同じく人 体に有害なホルムアルデヒドガス(ホルマリンガス)を用いた殺菌装置に関して,甲2自体には,室内調整装置を陽圧に制御する技術的意義につい て記載も示唆もないにもかかわらず,甲2と同一発明者による甲2の優先日と同日の出願であるという理由で,別の特許出願に係る甲23に記載さ れた陽圧制御の技術的意義をもって甲2の陽圧制御の技術的意義であると認定することはできないから,甲23の室圧制御装置が陽圧制御装置を している場合における技術的意義をもって甲2の装置に係る技術的意義 であると認定した本件審決の判断は誤りというほかない。
したがって,本件審決が認定した甲2発明の技術的意義を論拠として, 甲2発明の陽圧制御を陰圧制御とすることに阻害要因があるとする被告の上記主張は理由がない。

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