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令和1(ワ)23407  特許権侵害差止等請求事件 【屋内のネット等の吊張体の吊張り方法,及びその装置】

■事件の概要
原告 東田商工株式会社
被告 テイエヌネット株式会社
被告 仲本建設株式会社
被告 有限会社明城建設

本件は,原告が,1被告テイエヌネット及び被告仲本建設は別紙対象製品目録記載1の製品を設置して原告の有する特許第3598508号の特許権(以下「本件特許権」という。)を侵害したと主張して,差止請求権(特許法100条1項)に基づき,被告テイエヌネットに対し,別紙対象製品目録記載1の製品の製造及び譲渡の差止めを求めるとともに,不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告テイエヌネット及び被告仲本建設に対し,連帯して1153万1550円及びこれに対する不法行為より後の日である訴状送達日の翌日(被告テイエヌネットについては令和元年9月8日,被告仲本建設については同月10日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,2被告テイエヌネット及び被告明城建設は別紙対象製品目録記載2の製品を設置して本件特許権を侵害したと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告テイエヌネット及び被告明城建設に対し,連帯して,1187万0580円及びこれに対する不法行為より後の日である訴状送達日の翌日(被告テイエヌネットについては令和元年9月8日,被告明城建設については同月10日)から支払済みまで上記同様の遅延損害金の支払を求める事案である。

本件特許権に係る特許(以下「本件特許」といい,本件特許の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項2のに係る発明(以下「本件発明」という。)を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,符号に応じて「構成要件A」等という。)。
【請求項2】
A 体育館等の円弧状の天井部を有する屋内をネット等の吊張体で複数に区画,球技における防球用として吊張体を吊張り,又はカゴ状の吊張体を吊張りするのに使用すべく,
B1 円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤーと,
B2 該ウインチワイヤーを緊張した状態で移動するウインチと, 
B3 前記ウインチワイヤーに一端側を連結し,他端側にネット等の吊張体の設けられた吊り上げワイヤーとから構成された屋内のネット等の吊張り装置において,
C 前記吊張体,又は/及び吊り上げワイヤーの他端側には,前記吊り上げワイヤーのうち,任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と,天頂部,又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整するための調整手段が設けられている
D ことを特徴とする屋内のネット等の吊張り装置。

■主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

■裁判所の判断(一部抜粋)
争点1(被告製品1が本件発明の技術的範囲に属するか。)について
構成要件B2及びCについて
ア構成要件B2は,「...ウインチワイヤーを緊張した状態で移動するウインチ」を備えるというものである。この文言から,本件発明のウインチは,ウインチワイヤーを緊張した状態で移動するものと理解することができる。
そして,本件発明のウインチについて,特定の構成のウインチに限定されることは特許請求の範囲に記載されていない。本件明細書においても,ウインチは,ウインチワイヤーをエンドレス状態で移動させるエンドレスウインチに限定されるものではなく,使用する屋内の大きさや設置位置等により自在に決定されるものであることが記載され,ウインチワイヤーについて一定距離を前後移動させるウインチ,巻取式ウインチ等の構成も開示されている(段落【0030】【0039】)。また,前記 1(2)のとおりの本件発明の技術的意義に照らしても,ウインチはウインチワイヤーを緊張した状態で移動するものであれば足りると解され,エンドレスウインチでなければ本件発明の効果を奏しないと解する理由もない。被告テイエヌネット及び被告仲本建設は,構成要件B2の「ウインチ」はエンドレスウインチを意味すると主張するが,採用できない。
イ構成要件Cは,「...吊張体,又は/及び吊り上げワイヤーの他端側には,...吊り上げワイヤーのうち,任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と,天頂部,又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整するための調整手段が設けられている」というものである。本件発明の技術的意義や本件発明における調整手段の位置付けについてみると,従来の吊張り装置としては,略円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤーと吊り上げワイヤーとを連結する連結体が,天頂部との距離に応じてウインチワイヤーに沿って移動するよう構成されている装置が考えられたが,複数の停止体の設置等の調整作業を天井側で行わなければならず費用がかかり煩雑である等の問題点があった(段落【0006】【0008】)ところ,本件発明は,略円弧状の屋内の天井部に沿ってウインチワイヤーを設け,吊り上げワイヤーを一端側でウインチワイヤーに連結しその他端側に吊張体を設けるなどの構成をとるとともに,天頂部,又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取付位置と,任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取付位置との「高さ方向の距離に対応した長さ」(構成要件C),すなわち,取付位置の高さの差の長さ(以下「本件差分」という。)に基づく吊り上げワイヤー等の長さの変更,すなわち調整を,ネット等の吊張体若しくは吊り上げワイヤーの下端(床面)側又はその両方に調整手段を設け,あらかじめ行うことにより,上記問題点を解決するものである(段落【0010】【0025】【0026】【0045】。前記1(2))。また,「調整」とは,「1調子の悪いものに手を加えてととのえること。 2ある基準に合わせてととのえること。過不足なくすること。3釣り合いのとれた状態にすること。折り合いをつけること。」(大辞林第4版)などとされる。
上記のとおりの本件発明の技術的意義,調整手段の意義や,「調整」の一般的意味からすると,本件発明に係る吊張り装置において吊張体を過不足なく適切に吊り張りするためには,本件差分が認識された上で,本件差分を基準としてこれに合うように吊り上げワイヤー等の長さをあらかじめ変更する必要があり,本件発明の「調整手段」は,そのためのものであって,本件差分を基準としてこれに合うように吊り上げワイヤー等の長さをあらかじめ変更する構成であり,その調整を行うことにより,吊張体を過不足なく適切に吊り張りするための手段であると理解することができる。
本件明細書の具体的な実施例についてみても,ネット吊張り装置において,天頂部の吊り上げワイヤー(9b)の取付位置と,他の吊り上げワイヤー(9a)の取付位置との「距離に対応した長さ」であるL1等の長さ(L)が認識された上で,一対の筒状体(15)を吊り上げワイヤーに挿通し,その一対(2個)の筒状体の間の距離を「距離に対応した長さ」(L 本件差分)とすることによって,調整を行う調整手段が記載されており(段落【0036】【0037】【図1】【図4】【図5】等)ここでは,ネット体を過不足なく適切に吊り張りするため,吊り上げワイヤーに挿通する一対の筒状体が設けられ,その筒状体の間の距離を認識された差(L 本件差分)と同じにすることができることが記載されており,本件差分(L)を基準としてこれに合うように筒状体の間 の距離の長さをあらかじめ変更する構成が調整手段として記載されている。
以上のとおり,本件発明の「調整手段」(構成要件C)とは,吊張体を過不足なく適切に吊り張りするため,認識された本件差分を基準としてこれに合うように長さをあらかじめ変更するための手段であると解される。
なお,吊張体の吊張り装置は,複数の部材を組み合わせて構成され,そこには当然に連結部材や係止部材が含まれ,それらの連結部材や係止部材において,何らかの長さの変更を行うことができる場合もあり得る。しかし,本件発明の「調整手段」等の技術的意義は,上記のとおりのものであり,吊張り装置に何らかの長さ変更を行う構成があったとしても,本件差分を基準としてこれに合うように吊り上げワイヤー等の長さをあらかじめ変更するための手段であると認められないものは,本件発明の「調整手段」とはいえないと解される。仮に,本件発明において,単に長さを変更する手段のみをもって調整手段に該当すると解するとすれば,吊張体の施工やメンテナンスに際して吊り上げワイヤー等の長さを変更するに当たり,他の手段によって,本件差分を基準としてこれに合うようにしなければならないことになるが,そのような作業を床面側のみで行うことが可能であることは本件明細書の記載等によっても明らかではなく,このような構成によっては本件発明の課題を解決することができない。ここで,本件明細書には,吊り上げワイヤーにネット体への係止体を設けることで,又は,ネット体に吊り上げワイヤーの係止体を設けることで,吊り上げワイヤーの長さの調整を行うこともできることが記載されている(段落【0058】)。これまで述べてきたところから,そのような係止体が,認識された本件差分を基準としてこれに合うように吊り上げワイヤー等の長さをあらかじめ変更するための手段といえる場合には,本件発明の「調整手段」といえ,上記記載はその趣旨のものと理解することができる。それに対し,そのような手段とはいえず,通常の係止体としての構成,機能を超える構成,機能等を有しないものは,これまで述べたところに照らせば,本件発明と関係なく用いられている係止体であり,本件発明の「調整手段」が有する効果を奏するものではなく,本件発明の「調整手段」に該当するとは認められない。
他方,被告らは,本件発明の「調整手段」が筒状体など本件明細書に記載された具体的な実施例に限られる趣旨の主張もするが,本件発明の技術的範囲が上記の範囲に限定される理由はなく,前記のとおり,本件差分を基準としてこれに合うように吊り上げワイヤー等の長さをあらかじめ変更する構成を備えたものであれば,本件発明の「調整手段」といえる。
・・・
ここで,本件発明の「調整手段」(構成要件C)とは,吊張体を過不足なく適切に吊り張りするため,認識された本件差分を基準としてこれに合うように長さをあらかじめ変更するための手段である(前記(1)イ)。
本件連結材は,ワイヤーとバトンを連結する際に通常用いられる連結材と認められるところ,それは,単に連結のために通常用いられる複数の構成部品から成っているものにすぎず,認識された本件差分を基準としてこれに合うように長さをあらかじめ変更する構成を有するものであるとは認められず,そのような調整作業をするための手段とはいえない。

また,被告製品1において,もともと各吊り上げワイヤーのウインチワイヤーへの連結位置から連結材の下端までの長さはほぼ同程度であり(前記(2)イ),天頂部に最も近接した吊り上げワイヤーが取り付けられたバトンが床面に到達した状態においては,他の各吊り上げワイヤーはたわんだ状態となるのであって(同エ),本件連結材によって吊り上げワイヤー等の長さの変更は行っていない(同ウ)。本件連結材による長さの変更が想定されていることを認めるに足りる証拠もなく,本件連結材は,そもそも長さの変更を行うための手段ではないともいえる。
したがって,被告製品1の連結材は,構成要件Cの調整手段には該当しない。
以上から,被告製品1は,構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。

争点2(被告製品2が本件発明の技術的範囲に属するか。)について
・・・
本件発明の「調整手段」(構成要件C)とは,吊張体を過不足なく適切に吊り張りするため,認識された本件差分を基準としてこれに合うように長さをあらかじめ変更するための手段である(前記2(1)イ)。そして,被告製品2のワイヤークリップは,ワイヤーを係止する際に通常用いられる連結材と認められるもので(前記(1)ウ),通常連結材として用いられているもの以上の何らかの構造を有するとは認められず,被告製品2のワイヤークリップが単にワイヤーを折り返して係止するものであるという構造であることに照らせば,そこに認識された本件差分を基準としてこれに合うように長さをあらかじめ変更する構成があるとは認められない。また,被告製品2において,もともと各吊り上げワイヤーの長さはほぼ同程度であり(前記(1)イ),天頂部に最も近接した吊り上げワイヤーが取り付けられたバトンが床面に到達した状態においては,他の各吊り上げワイヤーはたわんだ状態となるのであって(同エ),ワイヤークリップによる係止態様を変えることによって,吊り上げワイヤーの長さの変更は行っていない(同ウ)。ワイヤークリップによる係止状態を変えることによって長さの変更が想定されていることを認めるに足りる証拠はなく,ワイヤークリップは単に係止手段であり,そもそも長さの変更を行うための手段ではないともいえる。そうすると,被告製品2のワイヤークリップは,吊張体を過不足なく適切に吊り張りするため,認識された本件差分を基準としてこれに合うように長さをあらかじめ変更するための手段とはいえない。

原告は,被告製品2のワイヤークリップについて,本件明細書に開示された構成そのものである旨主張するが,ワイヤークリップが本件発明の「調整手段」となる場合があるとしても,前記2(1)のとおり,それは,そのワイヤークリップが先に述べたとおりの手段と認められる場合であり,被告製品2 のワイヤークリップについては,そのような手段であるとは認められない。
したがって,被告製品2のワイヤークリップによる係止態様の変更方法は,構成要件Cの調整手段には該当しない。

以上から,被告製品2は,構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。

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