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令和2(行ケ)10132  審決取消請求事件  特許権 【骨粗鬆症治療剤ないし予防剤】

■事件の概要
原告 沢井製薬株式会社
被告 旭化成ファーマ株式会社

本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
(1)被告は,平成29年3月27日,その名称を「骨粗鬆症治療剤ないし予防剤」とする発明について特許出願(特願2017-61091号。平成22年9月8日(優先権主張平成21年9月9日・特願2009-20803 9号)を国際出願日とする特願2011-530844号の一部を平成27 年5月25日に新たな特許出願とした特願2015-105265号の一部を,さらに平成28年4月18日に新たな特許出願とした特願2016―082589号の一部を,またさらに平成28年11月10日に新たな特許出願とした特願2016―219323号の一部を,その上さらに新たな特許出願として行われたもの。以下「本件出願」という。)をし,平成30年1月 19日,その設定登録(特許第6275900号,請求項の数4)を受けた(以下,この登録に係る特許を「本件特許」という。)。
(2)原告は,平成30年6月12日,本件特許の請求項1ないし4に係る発明について特許無効審判請求(無効2018-800077号)をした。
特許庁が令和元年8月6日に本件特許の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効にするとの審決の予告をしたところ,被告は,同年10月 11日付けで本件特許の請求項1ないし4に係る特許請求の範囲を訂正する訂正請求を行った(請求項4については削除)。さらに,特許庁が令和2年3 月31日に上記訂正を認め,本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効にするとの審決の予告をしたところ,被告は,同年6月4日付けで本件特許の請求項1ないし4に係る特許請求の範囲を訂正する訂正請求(請求項2ないし4については削除)を行った(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,令和2年10月9日,「特許第6275900号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1 ~4]について訂正することを認める。特許第6275900号の請求項1 に係る発明についての審判請求は成り立たない。特許第6275900号の請求項2~4についての審判請求を却下する。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。
(3)原告は,令和2年11月9日,本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の請求項1の発明(以下「本件発明」という。)に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。 

1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする,骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である
(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する。

■主文
1 特許庁が無効2018-800077号事件について令和2年10月9日にした審決のうち,特許第6275900号の請求項1に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

■裁判所の判断(一部抜粋)

発明の効果が予測できない顕著なものであるかについては,当該発明の特許要件判断の基準日当時,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することのできなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討する必要がある(最高裁判所平成30年(行ヒ)第69号令和元年 8月27日第三小法廷判決・集民262号51頁参照)。もっとも,当該発明の構成のみから予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから,当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される。
前示のとおり,本件発明の構成は容易想到であるが,これに対し,被告は,前記第3の3(2)イのとおり,本件発明は,本件3条件を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果(以下「効果1」という。),2本件条件(4)を満たす患者に対する副作用発現率と血清カルシウムに関する安全性が腎機能が正常である患者に対する安全性と同等であるという効果(以下「効果2」という。)及び3BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果(以下「効果3」という。)を奏し,これらの効果は,当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものである旨主張する。
以下,これらの効果について検討する。
(ア)効果1について
a 前記イ(イ)のとおり,骨粗鬆症は,骨強度の低下を特徴とし,骨折の危険性が増大した骨疾患であり,骨粗鬆症の治療の目的は骨折を予防することであり,「骨強度」は骨密度と骨質の2つの要因からなり,骨密度は骨強度のほぼ70%を説明するとの技術常識があったから,当業者は,骨密度の増加は,骨折の予防に寄与すると理解するところ,甲7文献には,「ここに挙げた薬剤を投与することによって骨密度(BMD)が増加するため,骨折予防は飛躍的に進歩した」(296頁右欄 10行ないし297頁左欄25行目)と骨密度の増加が骨折予防に寄与することが記載され,その上で,48週で骨密度を8.1%増大させたことが開示されている(300頁左欄11行ないし右欄6行目)。そうすると,甲7発明の骨粗鬆症治療剤が骨折を抑制する効果を奏していることは,当業者において容易に理解できる。
b 効果1の骨折抑制効果とは,単なる骨折発生率の低減ではなく,プラセボの骨折発生率と対比した場合の骨折発生率の低下割合を指すものであるが,本件明細書の記載からでは,本件3条件を全て満たす患者と定義付けられる高リスク患者に対する骨折抑制効果が,本件3条件の全部又は一部を欠く者と定義付けられる低リスク患者に対する骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。すなわち,効果1を確認するためには,高リスク患者に対する骨折抑制効果と低リスク患者に対する骨折抑制効果とを対比する必要があるが,前記1のとおり,本件明細書には,実施例1において,高リスク患者では,100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折発生率は,いずれも実質的なプラセボである5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められるが,低リスク患者では,100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率は,いずれも,5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められなかったと記載されているのにとどまる(【0086】ないし【0096】,【表6】ないし【表11】)。
ここで,低リスク患者の新規椎体骨折についていえば,100単位週1回投与群11人と5単位週1回投与群10人(令和3年2月15 日付け被告第1準備書面32頁における再解析の数値による。)について,それぞれ,ただ1人の骨折例数があったというものであり,また,椎体以外の部位の骨折は,上記5単位週1回投与群について,ただ1人の骨折例数があったというものであって,有意差がなかったことが,症例数が不足していることによることを否定できない。このように,低リスク患者において,100単位週1回投与群の新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率が5単位週1回投与群のそれらの発生率に対して有意差がなかったとの結論が,上記のような少ない症例数を基に導かれたことからすると,高リスク患者における骨折発生の抑制の程度を低リスク患者における骨折発生の抑制の程度と比較して,前者が後者よりも優れていると結論付けることはできない。
したがって,実施例 1 をみても,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず,さらに,本件明細書のその他の部分をみても,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず,ましてや,200単位週1回投与群に関し,高リスク患者における骨折発生抑制が,低リスク患者における骨折発生抑制よりも優れていると結論付けることはできない。以上によれば,効果1は,本件明細書の記載に基づかないものというべきである。
被告は,効果1を明らかにするものとして,乙25証明書及び甲111証明書を提出する。しかしながら,本件明細書の記載から,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することができず,また,これを推認することもできない以上,効果1は対外的に開示されていないものであるから,上記各実験成績証明書を採用して,効果1を認めることは相当でない。
仮に,上記各実験成績証明書を参酌するにしても,本件3条件の全てを満たす患者(高リスク患者)のグループと,本件3条件の全部又は一部を満たさない患者(低リスク患者)のグループのうちごく一部のグループとを比較しているものにすぎないから,本件3条件の効果が明らかになっているとはいえない。また,実験成績証明書(乙25)には,本件条件(1)を満たし,本件条件(2)又は本件条件(3)のいずれかを満たさない患者とされる「非3条件充足患者」につき,「非3条件充足患者においてもPTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が抑制されたが,3条件充足患者においては,PTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が『有意に』抑制された。」旨が,甲111証明には,本件条件(1)及び本件条件(4)を満たし,本件条件(2)又は本件条件(3)のいずれかを満たさない患者とされる「非4条件充足患者」につき,「非4条件充足患者においてもPTH投与群では,コントロール群よりも骨折の発生は抑制されたが, 4条件充足患者においてはPTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が『有意に』抑制された。」旨が記載されているだけである。すなわち,本件3条件を満たさない患者については,PTH投与群においてコントロール群よりも骨折発生が抑制されたものの有意差がなかったことが理解できるのみであり,それら有意差がなかったとの結論も症例数が少ないことによるものと推認されることからすると,本件3条件の全てを満たす患者の骨折発生の抑制の程度が本件3条件を満たさない患者に対する骨折発生の抑制の程度より優れていると結論付けることはできない。そうすると,上記各実験成績証明書をみても,本件3条件を全て満たす患者に対するPTHの骨折抑制効果が,本件3条件を満たさない患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。
d 以上によれば,いずれにしても効果1を認めることはできないから,その他の点について判断するまでもなく,効果1を予測することのできない顕著な効果という余地はない。 
(イ)効果2について
前記ウ(イ)のとおり,甲10文献の記載によると,PTH製剤であるテリパラチドの20μg又は40μgの連日投与について,PTHによる腎臓に関連する有害事象の発生率は,腎機能が正常,軽度障害,中等度障害のサブグループのいずれでも一貫しており,また,軽度から中等度の腎機能障害者と健常被験者の間には,あらゆる薬物動態パラメータに有意な差がないことが知られており,薬物動態パラメータは,薬物の薬理効果や有害反応の発現強度の指標であるといえるから,PTHに関して軽度又は中等度の腎機能障害を有する者と腎機能が正常である者との間には,薬物の有害反応の発現強度も異ならないものと理解できる。
また,被告は,甲7文献では,腎機能正常者と腎機能障害者との間での比較は行われておらず,腎機能障害者においてPTH200単位週1回投与の際の安全性は不明であった旨主張するが,前記エ(イ)aのとおり,当業者であれば,甲7発明の投与対象患者に軽度から中等度の腎機能障害を有する患者が含まれていると認識するといえるところ,甲7文献には,200単位投与群も含めて重篤な有害事象は認められなかったこと(301頁左欄1行ないし右欄4行目),200単位投与群においても投与開始から48週目までの血清カルシウム値の平均値は10.6m g/dlよりも低い値で推移していることが見て取れる(図2)のであるから,当業者は,PTH200単位の投与についても,軽度又は中等度の腎機能障害者における安全性と,腎機能正常者における安全性とは同程度であると予想するものと解され,甲7文献において腎機能正常者と腎機能障害者での比較が行われていないことは,この予想を何ら左右しない。そうすると,効果2は,甲7発明と用量・用法・有効成分等が同じである本件発明の構成から当業者が予測し得る範囲内のものというべきである。
なお,被告は,甲7発明の副作用発現率は,42%であり,各種の治療剤と比較して桁違いに高いことから,PTH200単位の投与において,軽度又は中等度の腎機能障害患者と腎機能が正常な患者とで安全性が同等であるという効果は予測ができないとも主張するが,甲7発明の副作用発現率が,仮に,各種の治療剤と比較して桁違いに高いとしても,そもそもその副作用が腎機能と関係していないのであれば,PTHの200単位週1回投与の安全性が,軽度又は中等度の腎機能障害と腎機能正常者とで同等であることが予測できるか否かということと関連しない。しかも,前記エ(ウ)cにおいても判示したように,甲7発明において,投与された患者に重篤な副作用はみられず,血清カルシウム値についても,異常値に至っていないばかりか,十分に安全な数値の範囲内にあったのである(301頁左欄1行ないし右欄4行目,図2,表5,表6)から,この点に関する被告の主張も採用し得ない。
(ウ)効果3について
被告は,PTHの連日投与から想定されるBMD増加率に対する骨折相対リスクと対比して,BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果が生ずるとして,これを本件発明の予測できない顕著な効果とするが,本件明細書には,PTHの連日投与から想定されるBMD増加率と骨折相対リスクとの関係を記載した部分は見当たらず,上記主張は,明細書に記載されていない効果を主張するものであって失当というほかない。
(エ)そのほか被告がるる主張するところも,前記(ア)ないし(ウ)の判断を左右するものではなく,効果の程度等につき更に検討を加えるまでもなく,本件発明が,当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものであると認めることはできない。

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