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令和2(ワ)4332  特許権侵害行為差止請求事件 【加熱式エアロゾル発生装置,及び一貫した特性のエアロゾルを発生させる方法】

■事件の概要
原告 フィリップ モーリス プロダクツ ソシエテ アノニム
被告 ジョウズ・ジャパン株式会社 (以下「被告ジョウズ」という。)
被告 アンカー・ジャパン株式会社 (以下「被告アンカー」という。)

1 本件は,発明の名称を「加熱式エアロゾル発生装置,及び一貫した特性のエアロゾルを発生させる方法」とする発明に係る特許権(特許第6125008 号。以下「本件特許権」といい,同特許権に係る特許を「本件特許」という。)を有する原告が,被告らに対し,被告らが共同で別紙物件目録記載の各製品(加熱式タバコ用デバイス。以下,それぞれ「被告製品1」などといい,総称して「被告製品」という。)の販売,輸出,輸入及び販売の申出をすることが本件特許権の侵害に当たると主張して,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の譲渡,輸出,輸入,譲渡の申出の差止め及び廃棄を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,特に断らない限り,枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア原告は,加熱式タバコ用の器具を製造,販売するスイス連邦の法人である。
イ被告ジョウズは,喫煙具類や電子製品の企画,製造,販売及び輸出入等 20 を目的として,平成30年2月28日に設立された株式会社である。(甲11)
ウ被告アンカーは,電化製品,コンピューター関連機器の企画,製造,販売及び輸出入等を目的として,平成25年1月30日に設立された株式会社であり,安克创新科技股份有限公司(以下「中国アンカー社」という。) を中核企業とし,米国,欧州,アジア各国でスマートフォンやタブレットの製造,販売を行う国際的な企業グループ「Ankerグループ」の日本法人である。

(2)本件特許権
原告は,以下の特許権を有している。(甲1,2。以下,本件特許の願書 に添付された明細書及び図面を「本件明細書等」という。)
発明の名称:加熱式エアロゾル発生装置,及び一貫した特性のエアロゾルを発生させる方法
特許番号:特許第6125008号
出願日:平成25年12月17日(特願2015-522125号)
優先日:平成24年12月28日
優先権主張国:欧州特許庁
登録日:平成29年4月14日
本件特許に係る特許請求の範囲本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(甲2)
法人である。(甲12の2,31)

本件各発明の構成要件
本件各発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである。 
ア 本件発明1
1A エアロゾル発生装置におけるエアロゾルの発生を制御する方法で あって,
1B 前記装置は, エアロゾル形成体を含むエアロゾル形成基材を加熱するように構成された少なくとも1つの加熱要素を含むヒータと, 前記加熱要素に電力を供給するための電源と,
  を備え,
1C 前記方法は,
前記加熱要素に供給される前記電力を,
前記装置を動作させた直後の第1段階において前記加熱要素の温度 が初期温度から第1の温度に上昇するように電力が前記少なくとも1 つの加熱要素に供給され,
第2段階において前記加熱要素の温度が前記第1の温度よりも低い 第2の温度に低下するが,前記エアロゾル形成体の揮発温度より低く ならないように電力が供給され,
第3段階において前記加熱要素の温度が前記第2の温度より高い第 3の温度に上昇するように電力が供給されるよう
制御するステップを含む, ことを特徴とする方法。
イ 本件発明2
2A 電気作動式エアロゾル発生装置であって,
2B エアロゾル形成体を含むエアロゾル形成基材を加熱してエアロゾルを発生させるように構成された少なくとも1つの加熱要素と, 前記加熱要素に電力を供給するための電源と, 前記電源から少なくとも前記1つの加熱要素への電力の供給を制御
するための電気回路と, を備え,
2C 前記電気回路は,
前記加熱要素に供給される前記電力を, 前記装置の動作の直後の第1段階において前記加熱要素の温度が初期温度から第1の温度に上昇し, 第2段階において前記加熱要素の温度が前記第1の温度より低い第2の温度に低下するが,前記エアロゾル形成体の揮発温度より低くはならず,
第3段階において前記加熱要素の温度が前記第2の温度より高い第3の温度に上昇し, 前記第1,第2及び第3段階中に電力が前記加熱要素に供給されるように制御するよう構成される,
ことを特徴とする電気作動式エアロゾル発生装置。

(5) 被告製品の販売等
被告ジョウズは,平成30年6月頃から,被告製品の販売,輸入及び販売の申出をした。(甲3~7,25~27)
(6) 被告製品の構成等
ア 被告製品(その外観は,以下の図のとおりである。)は,タバコスティックをキャップに挿入し,ファンクションボタンの押下により予熱を開始し,予熱完了後に一定時間又は一定回数,タバコスティックの吸入を可能 にする加熱式タバコ用デバイスである(甲19~21)。被告製品の加熱 ブレードの片面には電気抵抗で発熱する電線が設けられており,この加熱 ブレードによりタバコスティックのタバコ基材を加熱することにより,ユーザが吸入するニコチンを含むエアロゾルが生成される。

■主文

1 被告ジョウズは,別紙物件目録記載の各製品を譲渡し,輸出し,輸入し,又は譲渡の申出をしてはならない。
2 被告アンカーは,別紙物件目録記載の各製品を譲渡し,輸出し,輸入し,又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被告ジョウズは,その占有に係る第1項の各製品を廃棄せよ。
4 被告アンカーは,その占有に係る第2項の各製品を廃棄せよ。 
5 訴訟費用は被告らの負担とする。

■裁判所の判断(一部抜粋)

争点1-1(被告製品が「前記装置の動作の直後の第1段階において前記加熱要素の温度が初期温度から第1の温度に上昇し,」(構成要件2C)との構成を備えるか)について

・・・
(2)被告製品等の充足性について
ア前記前提事実のとおり,証拠(甲22~24)によれば,被告製品等では,装置の動作開始直後から開始される第1段階において加熱ブレードの電線の温度をグリセリンの沸点温度より高い温度(被告製品1については約355°C,被告製品2については約385°C,被告製品3については約 350~360°C)にまで上昇するよう電力が供給されているとの事実が認められる。そうすると,被告製品は,構成要件2Cの「前記装置の動作の直後の第1段階において前記加熱要素の温度が初期温度から第1の温度に上昇」との要件を充足する。
イこれに対し,被告らは,被告製品においては,起動させるためにファンクションボタンを2秒間押し続ける必要があり,「直ちに」予熱が開始されるわけではないので,構成要件2Cを充足しないと主張する。しかし,構成要件2Cの「直ちに」との文言が,電気作動式エアロゾル発生装置の動作開始後に空白時間を入れずに直ちに温度が上昇することを意味するとは解し得ないことは前記判示のとおりである。
被告製品においては,第1段階において前記加熱要素の温度が初期温度から第1の温度に上昇すると認められるので,構成要件2Cを充足するということができ,同製品を起動させるためにファンクションボタンを2秒間押し続けることが必要であるとしても,そのことは同結論を左右しない。ウ被告らは,ソフトウェア設計書(乙10)に基づき,構成要件2Cの上記構成は,第1の温度に上昇するまでにこれよりも低い温度設定を設定する場合を含まないところ,被告製品においては,意図的に最高温度よりも50°C低い286°Cまで一度上昇させ,その後緩やかに連続的にエアロゾルが発生する336°Cまで温度を上昇させるという2段階の温度上昇設定を採用しているので,構成要件2Cを充足しないと主張する。しかし,構成要件2Cの上記構成が,第1の温度に上昇するまでにこれよりも低い温度設定を設定する場合を含まないとの被告らの上記解釈を採用し得ないことは前記判示のとおりであり,同解釈を前提とする被告らの主張は採用し得ない。なお,被告らが依拠するソフトウェア設計書(乙10)には,被告製品の加熱要素の温度上昇の制御について,目標温度を336°Cに設定した上で,オーバーシュートを抑えて温度を336°Cに安定させるため,286°C 20 において温度制御を切り替えるものであると説明されており,これによれば,本件各発明の第1段階に相当するのは336°Cに上昇するまでの間であり,286°Cの時点は温度制御の切替えのタイミングにすぎないのであって,第1の温度は336°Cと解すべきである。そうすると,乙10の同図面に基づくとしても,被告製品は,第1段階において加熱要素の温度が 25 初期温度から第1温度(目標温度)である336°Cまで上昇するものであると認められ,構成要件2Cを充足するということができる。

3 争点1-2(被告製品が「第3段階において前記加熱要素の温度が前記第2の温度より高い第3の温度に上昇し,」(構成要件2C)との構成を備えるか)について
ア構成要件2Cは,「第3段階において前記加熱要素の温度が前記第2の温度より高い第3の温度に上昇し,」との構成を含むところ,被告らは,この第2の温度から第3の温度への上昇は線形的な温度上昇に限定されると主張する。
しかし,構成要件2Cの上記記載は,その文言に照らすと,第3段階において加熱要素の温度が第2の温度からそれより高い第3の温度まで上昇することを意味するにすぎないというべきであり,第2の温度から第3への温度上昇が「線形的な温度上昇」に限定されると解すべき理由はない。また,本件明細書等には,「第3段階中には,基材がますます枯渇するにつれて継続的に温度を高めることが望ましい。第3段階中に加熱要素の温度を上昇させることにより,基材の枯渇及び熱拡散の低下に起因するエアロゾル送達の減少が補償される。しかしながら,第3段階中における加熱要素の温度の上昇は,あらゆる所望の時間的プロファイルを有することができ,装置及び基材の形状,機材の組成,並びに第1及び第2段階の持続時間に依存することができる。」(段落【0020】),「加熱要素への電力を制御するステップは,加熱要素の温度又は加熱要素の近くの温度を測定して測定温度を提供し,測定温度と目標温度の比較を行い,この比較結果に基づいて,加熱要素に供給する電力を調整するステップを含むことができる。...第3段階中には,目標温度を第3の目標温度とすることができ,第3の目標温度は時間と共に次第に上昇する。目標温度は,...第3の動作段階の制約範囲内であらゆる所望の時間的プロファイルを有するように選択できることが明らかであろう。」(段落【0021】)との記載があり,これによれば,第3段階における温度上昇の態様にはあらゆる種類のものが含まれることが前提とされているというべきである。
イこれに対し,被告らは,本件明細書等の段落【0074】に「第3段階 74中には,目標温度が時刻t3まで時間の増加と共に線形的に上昇し」との記載があり,図8には線形的に温度が上昇することが示されていることや,同段落【0020】の「第3段階中には,基材がますます枯渇するにつれて継続的に温度を高めることが望ましい。...第3段階中に加熱要素の温度を継続的に上昇させる」との記載などを根拠に,上記のとおり解釈すべきであると主張する。しかし,本件明細書等の【図8】は目標温度プロファイルの例であり,
段落【0074】における「第3段階74中には,目標温度が時刻t3 まで時間の増加と共に線形的に上昇し,」との記載も,目標温度が時間とともに線形的に上昇することを記述しているにすぎない。
また,本件明細書等の段落【0020】に記載されている「温度を継続的に上昇させる」ことは,線形的に温度を上昇させることと同義ではなく,他に加熱要素の温度上昇を線形的なものに限定する記載はない。なお,本件明細書等において,加熱要素の温度プロファイルは【図5】に示されているが,同図面によっても第3段階の温度上昇が線形的であるとはいい難く,また,仮にこれを「線形的」といい得るとしても,温度上昇の態様が同図面に示された実施形態に限定されるものではない。
したがって,被告らの上記解釈は採用し得ない。被告製品の充足性について前記前提事実のとおり,被告製品等では,加熱ブレードの電線の温度がいったん一定の温度(被告製品1については約330°C,被告製品2については約350°C,被告製品3については約330°C)にまで低下した後,温度が一定の温度(被告製品1については約350°C,被告製品2については約365°C,被告製品3については約350°C)にまで上昇するよう電力が供給されているから,被告製品は,構成要件2Cの「第3段階において前記加熱要素の温度が前記第2の温度より高い第3の温度に上昇し,」との構成を備えるものであるということができる。
(3)以上によれば,被告方法は本件発明1の,被告製品は本件発明2の各技術的範囲に属するものというべきである。


(5)進歩性について
被告らは,仮に,本件各発明が新規性を有するとしても,乙8発明に乙9発明を適用することにより,当業者が相違点に係る構成を想到することは容易であったと主張する。
・・・
イ相違点に係る構成の容易想到性
上記アの記載によれば,乙9発明は,実際の作動温度を所定の最高作動温度と比較し,実際の作動温度が所定の最高作動温度の下側の領域よりも低い場合,加熱要素20の実際の作動温度を上げるために加熱要素20に付加的な電気エネルギを供給し,実際の作動温度が所定の最高作動温度の上側の領域よりも高い場合,加熱要素20の実際の作動温度を所定の最高作動温度の許容範囲に下げて戻すために,加熱要素20に供給される電気エネルギを低減するものであると認められる。
これに対し,本件各発明の第1~第3の温度の制御の技術的意義は前記 4(4)ア(ア)及び(イ)で判示したとおり,エアロゾル形成基材の加熱期間にわたり,エアロゾルの送達量を一貫させるために送達量の増加に応じて第 1の温度から第2の温度へと温度を低下させ,逆にエアロゾル形成基材の枯渇及び熱拡散の低下に応じて第2の温度から第3の温度へと温度を上昇させるものである。
そうすると,本件各発明と乙9発明では,加熱要素の制御方法やその技術思想が異なり,乙9発明が相違点8-Aに係る構成を備えているということはできないので,乙8発明に乙9発明を組み合わせても,本件各発明に至らないというべきである。
したがって,本件各発明が進歩性を欠如するということはできない。 

(6)小括以上によれば,乙8発明に基づき,本件各発明が新規性,進歩性を欠如す
るということはできない。

6 争点2-3(サポート要件違反)について
被告らは,本件各発明の請求項は,各温度の関係や加熱の持続時間,第3段階以降の段階の点で,本件明細書等の発明の詳細な説明に記載されていないものを含むから,サポート要件に違反すると主張する。
アそこで検討するに,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成1 15 7年(行ケ)第10042号同年11月11日判決・判タ1192号164頁参照)。

・・・
加熱式エアロゾル発生装置において,各種のエアロゾル形成基材の種類,香味などを考慮して,加熱温度や時間を適宜設定することは,本件特許の出願当時における周知技術であったと認められる。
そうすると,本件明細書等に例示された上記の3つの実施形態においては,いずれも加熱サイクル又は喫煙体験が合計360秒と設定されているが,本件明細書の上記記載に接した当業者であれば,50~360秒の間を含む他の持続時間の場合についても,本件特許の出願当時の技術常識も勘案しつつ,他の条件を適宜設定することにより,本件各発明の課題を解決することを理解し得るというべきである。
また,被告らは,本件各発明が,第1の温度が360°C,第2の温度が359°C,第3の温度が360°Cの場合も含むことなどを指摘するが,当業者であれば,本件各発明に含まれる第1~第3の温度やその他の条件が「基材の加熱中にエアロゾルがより均等に送達されるように」(段落【0081】)適宜設定されるべきものであることを容易に理解し得るというべきである。当業者が,被告らが主張するような数値を想定した上で,本件各発明の課題を解決し得ない態様が本件特許の特許請求の範囲に含まれていると認識するとは考え難い。
ウ第3段階以降の段階の存在について
被告らは,本件各発明の請求項は,第3段階以降の段階の存在の有無を特定しておらず,第3段階以降の段階に第3の温度よりも温度が低下するという,本件各発明の課題を解決できない態様を含むと主張するが,被告が主張する「第3段階以降の段階」は,そもそも特許請求の範囲に全く記載のないものであり,本件各発明のいずれかの構成要件に含まれると解すべき理由もない。
サポート要件は,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比して判断すべきところ,上記のとおり,「第3段階以降の段階」は特許請求の範囲に含まれないのであるから,被告らの上記主張はサポート要件違反の主張の前提を欠くものであって,採用し得ない。
エ以上によれば,本件各発明に係る請求項は,第1~第3の温度の関係や加熱の持続時間,第3段階以降の段階の有無を特定していないとしても,当業者が発明の詳細な説明の記載により当該各発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるというべきである。
したがって,本件特許がサポート要件に違反するとの被告らの主張は理由がない。


7 争点2-4(明確性要件違反)について
被告らは,本件各発明に係る請求項の記載にある「少なくとも1つの加熱要素」が複数の加熱要素である場合,同請求項に記載された「前記加熱要素」が,複数の加熱要素のうち1つの加熱要素を意味するのか,複数の加熱要素を意味するのか,全ての加熱要素を意味するのか不明であるから,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は明確性要件に違反すると主張する。
しかし,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきであるところ(知財高裁平成21年(行ケ)第10434号同22 年8月31日判決・判タ1341号227頁参照),本件各発明の請求項の「少なくとも1つの加熱要素」は,加熱要素が一つある場合には,その加熱要素を,加熱要素が複数ある場合には,適宜制御される複数の加熱要素を意味するのであって,請求項の記載は明確であるというべきである。
したがって,本件特許が明確性要件に違反するとの被告らの主張は理由がない。


8 争点2-5(実施可能要件違反)について
被告らは,個々のエアロゾル形成基材に対して適切な目標温度と加熱の持続時間の組合せを発見することは,当業者において期待し得る程度を超える試行錯誤を必要とするから,本件明細書等の発明の詳細な説明は,当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,本件特許は,実施可能要件に違反すると主張する。
特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載が,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」に適合することを求めているから,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,方法の発明についてはその方法を使用することができる程度の,物の発明についてはその物の生産及び使用をすることができる程度の記載を要するものと解される。
前記6で判示したとおり,本件明細書等の記載に加え,加熱式エアロゾル発生装置において,各種のエアロゾル形成基材の種類,香味などを考慮して,加熱温度や時間を適宜設定することが本件特許の出願当時における周知技術であったことに照らすと,当業者は,本件明細書等の記載及び技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を経ることなく,使用するエアロゾル形成基材に応じて,適切な目標温度と加熱の持続時間を組み合わせ,本件各発明を実施することができるというべきである。
したがって,本件特許が実施可能要件に違反するとの被告らの主張は理由がない。


10 争点4(差止めの必要性)について
差止めの必要性に関し,被告らは,本件別件訴訟の被告製品の販売等の差止めを認める判決が確定していることを理由に,本件訴訟において差止めの必要性がないと主張する。
しかし,本件別件訴訟は,被告ジョウズのみを被告として,本件特許権とは別の特許権に基づいて被告製品の譲渡等の差止めを求めるものであり,その訴訟物は本件訴訟の訴訟物と異なる上,被告ジョウズがオンライン上で被告製品の販売を再開することが可能であるから,本件別件訴訟の確定判決の有無にかかわらず,被告ジョウズに対して本件特許権に基づく被告製品の譲渡等の差止めを求める必要性はあるというべきである。
また,被告らは,被告製品の輸出を行ったことはないから,被告製品の輸出の差止めの必要性はないと主張するが,被告製品のユーザーガイドには,外国語による説明の記載があり(甲19~21),実際,被告製品は,英語圏向けのECサイトにおけるAnkerグループのオフィシャルストアで販売され(甲14),平成31年4月に行われた被告製品3の発売の発表会でも,被告製品が中国,ロシア,イタリア,韓国など世界7か国で販売されていることが発表されている(甲32)ことに照らせば,Ankerグループの日本法人である被告らが,日本において販売ができない被告製品を海外に輸出するおそれはあるというべきである。したがって,被告製品の譲渡等の差止めの必要性がないとの被告らの主張は理由がない。

第5 結論
よって,原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

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