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令和2(行ケ)10142  審決取消請求事件  特許権 【基礎コンクリート形成用型枠の支持具】

■事件の概要
原告 株式会社東海建商
被告 株式会社エヌ・エス・ピー

本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,サポート要件及び進歩性についての各認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯
(1)被告は,平成19年5月29日,発明の名称を「基礎コンクリート形成用型枠の支持具」とする特許出願(特願2007-142255号)をし,平成22 年1月29日,その設定登録を受けた(特許第4446127号。以下「本件特許」といい,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。甲21)。
(2)原告は,令和元年9月25日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1,2, 4~6に記載された発明についての特許の無効審判の請求(以下「本件審判請求」という。)をし(無効2019-800073号事件。甲22),特許庁は,令和2 年10月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,本件審決の謄本は,同年11月10日に原告に送達された。
2 本件特許に係る発明の要旨
本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,各請求項に係る発明を,それぞれ請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,本件発明1, 2,4~6を併せて「本件発明」という。)。
【請求項1】
基礎コンクリート(30)を形成するために使用される型枠(20)の位置を固定するための支持具(10)であって,
全体を薄板によって形成するとともに,前記型枠(20)の側端面に当接される基部(11)と,この基部(11)の外側端部に一体化されて前記型枠(20)の外側角部(21)に係止される外側係止部(12)と,前記基部(11)の内側端部に一体化されて前記型枠(20)の内側角部(22)に係止される内側係止部(13)と,前記基部(11)の内側端部に一体化されて,前記基礎コンクリート(3 0)に埋設されることになるアンカー部(14)とを備えたものとし,
さらに,前記基部(11)とアンカー部(14)との間に,このアンカー部(1 4)から前記基部(11)を折り取るための折取部(15)を形成したことを特徴とする型枠(20)のための支持具(10)。
【請求項2】
前記内側係止部(13)を,前記型枠(20)の内側表面に弾発的に当接する弾性片としたことを特徴とする請求項1に記載の型枠(20)のための支持具(10)。
【請求項4】
前記アンカー部(14)の一部に,固化した前記基礎コンクリート(30)内での抵抗となるアンカー突起(14a)を形成したことを特徴とする請求項1~請求項3のいずれかに記載の型枠(20)のための支持具(10)。
【請求項5】
前記アンカー部(14)の一部に,アンカー穴(14b)を形成したことを特徴とする請求項1~請求項4のいずれかに記載の型枠(20)のための支持具(10)。
【請求項6】
前記基部(11)に,前記型枠(20)の側端面に形成してある連結ピンのための回避穴(11b)を形成したことを特徴とする請求項1~請求項5のいずれかに記載の型枠(20)のための支持具(10)。

■主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

■裁判所の判断(一部抜粋)
5 取消事由1(無効理由1の判断の誤り)について
(1)サポート要件違反の有無について
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ前記1(2)ア~ウを踏まえ,本件発明が解決しようとする課題についてみると,本件発明は,ベース部,防湿部(ベタ基礎)及び布基礎から成る基礎コンクリートを形成するに当たり,ベースコンクリートと布基礎コンクリートを別々に形成する手法である2度打ちをする場合において,1ベース部が固化するまでに布基礎を形成すべき型枠が外側に開いてしまい,トロによるベース部の汚れやベース部と布基礎のずれが生じてしまうという問題が生じるのを避けるために,型枠の支持を確実に行うことができ,2構造が簡単で安価に提供することができる型枠用の支持具を提供することにあると解される。
ウ本件明細書の発明の詳細な説明には,上記イ1の課題の解決に関し,本件発明に係る支持具は,外側係止部及び内側係止部によって型枠の外側角部及び内側角部にそれぞれ係止され,ベース部又は防湿部側に延出したアンカー部がベース部及び防湿部とすべき生コンクリートの打設及び硬化によって硬化コンクリート中に埋設固定される結果,支持具が取り付けられている型枠がベース部又は防湿部に対してしっかりと支持固定されることになり,それゆえ,本件発明に係る支持具は,布基礎となる生コンクリートが打設されるまでの間,型枠を外に広がらないようにそのまま保持することが記載されている(前記1(2)エ(イ)及び(ウ)並びにオ)。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,上記イ2の課題の解決に関し,本件発明に係る支持具について,その全体を金属板等の薄板によって形成することで,安価に提供できるようにすることが記載されているとともに,支持具の型枠に対する取付け作業をも簡単に行えるよう,簡単な構造とすることが記載されている(前記1(2)エ(イ)及びオ)。
エ以上を踏まえ,本件発明の特許請求の範囲の請求項1には,「全体を薄板によって形成する」ことや,「外側係止部(12)」,「内側係止部(13)」及び「基礎コンクリート(30)に埋設されることになるアンカー部(14)とを備え」る構成が記載されていることからすると,当業者は,本件明細書における記載から,特許請求の範囲の上記構成を採用することで,上記イの課題が解決できると認識することができるものと認められる。
・・・
6 取消事由2(無効理由2(その1)における本件発明1に係る相違点の認定及び容易想到性の判断の誤り)について
(1)甲1発明は,前記2(2)のとおりである。
その上で,甲1発明と本件発明1とを対比すると,それらの間には,本件審決が認定した前記第2の3(2)ウ(ア)の一致点及び相違点が存在すると認められる。
(2)審理範囲について原告は,審決取消事由として,甲1発明を主引用例とし,相違点1について甲4技術及び甲5技術を副引用例とする進歩性欠如の無効理由を主張している。
これに対し,原告は,本件審判請求においては,甲1発明に,相違点1について甲3~7から認められる周知技術を適用することによる進歩性欠如の無効理由を主張していた。そして,本件審判請求における原告の主張内容は,相違点1について,それに相当する技術が甲3~7に開示されているというものであり,甲4及び5についても,原告は,相違点1に相当する技術が開示されていることを具体的に指摘して主張し,被告もこれに対して反論して,審理が行われ(甲22,23,25),前記第2の3(2)ウ(イ)のとおり,本件審決において,甲4及び5を含む甲4~7に開示されている技術は,固定されるもの及び固定対象が甲1発明とは異なっているとして,相違点1について甲3~7から認められる周知技術を適用することによる進歩性欠如の無効理由は認められないとの判断がされている。
そうすると,本件審判請求において甲1発明を主引用例とし,相違点1について甲4技術及び甲5技術を副引用例とする進歩性欠如の無効理由についても実質的に審理判断がされているに等しいということができるから,これを本件訴訟の審理の対象とすることが,審決取消訴訟の審理範囲外であるということはできない。最高裁昭和51年3月10日同42年(行ツ)第28号大法廷判決・民集30巻2号7 9頁は,本件のような場合まで審決取消訴訟の審理範囲外とする趣旨とは解されない。
(3)相違点1についてア甲1発明について
(ア)甲1の記載事項(前記2(1))からすると,甲1発明は,2度打ちによりコンクリート基礎を形成するに当たり,ベースコンクリートBC上に打設されるコンクリートCの重量によって外枠(外側の型枠)が外側へ傾倒してしまい,コンクリートCが流れ込んでコンクリート基礎壁面の外観が損なわれるなどという課題を解決するため,簡素な構成とし,かつ,施工効率を向上することで,コストを低減したコンクリート型枠傾倒防止具を提供することを目的とするものである(甲1 の段落【0001】~【0006】,【0012】,【0013】)。
したがって,甲1発明は,技術分野や解決すべき課題等について,本件発明と共通する点を多く有しているといえる。
そして,甲1発明の縦長外枠2の縦長フランジFは,縦長外枠2の長手方向両端を折曲形成したものであるところ,縦長外枠2は,甲1の【図3】のほか,コンクリートの重量を支えるものであることに照らし,一定の厚みをもった部材であると認められるから,それを折曲形成した縦長フランジFについては,本件発明1の「内側角部」に相当する構成はもとより,「外側角部」に相当する構成も備わっているというべきである。この点において,原告の主張には理由があり,本件審決の認定判断には誤りがあるといえる。
(イ)しかし,甲1発明において,型枠傾倒防止具8は,連結板9に穿設された貫通孔6を,縦長フランジFの連結孔5と合致させて,連結片12を挿通した上で,隣接する縦長フランジFをクランプ装置10でクランプして連結板9を挟持するという工程により,型枠に取り付けられるものである(甲1の段落【0023】,【0027】,【0035】,【図3】)ところ,そのような取付け等の手段があるにもかかわらず,それに加えて,あるいはそれに代えて,型枠傾倒防止具8を縦長フランジF(縦長外枠2)に係止するため,本件発明1のような,型枠に支持具を係止するために外側係止部及び内側係止部を設けるという構成(以下「本件構成」という。)を付加する理由があるものとは解されない。このことは,甲1発明の変形例の説明においても,あくまで連結板9’に穿設された貫通孔6と縦長フランジFの連結孔5に連結具を挿通するものとされていること(甲1の段落【0041】~【0 045】,【図4】)からも,裏付けられるところである。
したがって,甲1発明から直ちに本件発明1を想到することが動機付けられるとはいえない。
イ原告が主張する副引用例及び周知技術について(ア)甲2発明について
a 甲2の記載事項(前記3(1))からすると,甲2発明は,基礎コンクリートを打設する際に,一対の型枠を高低差をつけて支持することを目的とするもので(甲2の段落【0001】),特に,防湿基礎コンクリート及び布基礎コンクリートを同時に成形する方法において,基礎コンクリートの厚さによって変化する段差の大小にかかわらず,一対の型枠を高低差をつけて支持することができる段付き中間巾止め金具を提供するというものである(同【0003】,【0009】~【0 012】)。
したがって,甲2発明は,技術分野や解決すべき課題等について,本件発明や甲 1発明とは異なるものであるといえる。
b 甲2発明において,隣接する型枠間に挟着される挟着部12(同【0 022】)の両側に形成されている規制片17(規制部17。以下「規制片17」という。)及び規制部15(同【0023】)についてみると,それらは,挟着部12 を隣接する型枠に挟んで,型枠の側面部に形成された連結用の穴3aと挟着部12 の穴16を連通させ,ピン7を貫通させて固定する場合に,型枠3に接するもので(同【0030】,【0031】,【図1】,【図3】,【図9】),型枠3の側面に衝止して中間巾止め金具10の倒れを防止し,支持部13の高さを一体に保持するとの効果を有するものである(同【0034】)。そして,規制片17及び規制部15は,必ずしも左右両側にある必要はなく,両方の規制部15をなくして規制片17のみにしてもよく,要は金具本体11が傾斜や捻れを生じることなく型枠3に挟着されるようになっていればよいとされている(同【0038】)。
上記の各点を踏まえると,甲2発明における規制片17及び規制部15は,あくまで,挟着部12がその穴16にピン7を貫通させた上で型枠に挟まれて固定されている状態において,一対の型枠を高低差を付けて支持するとの上記aの目的のために,金具本体11が傾斜や捻じれを生じることなく型枠3に挟着されるよう設けられているものであって,型枠に中間巾止め金具10を係止するため,すなわち,「係わり合って止まる」(特許技術用語委員会編「特許技術用語集-第3版-」47 頁,日刊工業新聞社,平成18年8月31日発行)ために設けられているものとは認められない。それゆえ,甲2発明において,型枠に支持具を係止するための本件構成が開示されているとはいえない。これに反する原告の主張は,採用することができない。
c 以上のとおり,甲2発明において,型枠に支持具を係止するための本件構成が開示されているとはいえないから,甲1発明に甲2発明を組み合わせても本件発明1に至ることはなく,また,甲2発明は,本件発明や甲1発明とは,技術分野や解決すべき課題等が異なるから,甲2発明を甲1発明に組み合わせて本件発明1に至ることが動機付けられるとはいえない。
(イ)甲4技術について
甲4の記載事項(前記4(2))によると,甲4技術に係る間隔保持具は,コンクリート型枠を所定の対向間隔で保持するためのものであり(甲4の段落【0001】),鋼板により短冊状に形成された本体1をベースコンクリート上に設置するもので,本体1の両端にそれぞれ外側規制片2及び内側規制片3を形成し,それらにより構成される各嵌合部に型枠を上方から嵌合するものである(同【0007】)。そして,外側規制片2及び内側規制片3に係る構成は,型枠を上方から嵌入する際に,簡単な操作で本体1を型枠に掛止することができ,また,型枠を上方へ引き抜く際に容易に引き抜くことができ,作業効率を向上させるものである(同【0004】,【0 008】~【00010】)。
したがって,甲4技術は,型枠同士の間隔を保持するための金具に係るもので,金具に型枠を上方から嵌合固定することを基本的な特徴とするものである。
上記の甲4技術は,本件発明や甲1発明とは,型枠の傾倒等を防止する固定具である(同【0002】)という点では共通するものの,本件発明や甲1発明が,2度打ちによるコンクリート基礎を形成するに当たり型枠が外側に傾斜することを防止するためのものであるのに対して,甲4技術は,上記のとおり,複数の型枠を対向間隔で保持するためのものであって,そのような対象とする技術の違いに照らすと,甲1発明に甲4技術を組み合わせることが直ちに動機付けられるとはいえず,その他動機付けとなり得る事情も認められない。(ウ)甲5技術について甲5の記載事項(前記4(3))によると,甲5技術に係る保持具は,対向するコンクリート型枠板を保持するためのものであり(甲5の段落【0001】【,0002】,【0006】),鋼製の本体片10の両端部にそれぞれ外側係止片11及び内側係止片12を形成し,それらの間に型枠を上方から差し込んで,一定の間隔を開けて型枠を保持するためのものである(同【0009】~【0012】)。そして,内側係止片12が内側への可撓性を有する旨の記載(同【0013】)からしても,外側係止片11及び内側係止片12の構成は,型枠を上方から差し込む際の利点に着目して設けられているものと認められる。
したがって,甲5技術は,型枠同士の位置を維持するための金具に係るもので,金具に型枠を上方から差し込んで固定するものである。
上記の甲5技術は,本件発明や甲1発明とは,前記(イ)で甲4技術について述べたのと同様の対象とする技術の違いがあるから,甲1発明に甲5技術を組み合わせることが直ちに動機付けられるとはいえず,その他動機付けとなり得る事情も認められない。
(エ)甲3技術,甲6技術及び甲7技術について
甲3の記載事項(前記4(1)),甲6の記載事項(前記4(4))及び甲7の記載事項(前記4(5))からすると,甲3技術の接合具は,パネルをコンクリート壁と接合するためのものであり,甲6技術の積み上げ金具及び甲7技術の型枠支持金具は,いずれも複数の型枠を積み重ねるためのものであって,これらの技術は,本件発明や甲1発明とは,対象とする技術が異なるから,甲1発明にこれらの技術を組み合わせて本件発明1に至ることが動機付けられるということはできない。
ウ以上によると,甲1発明に甲2発明,甲4技術又は甲5技術を組み合わせても,相違点1が容易想到であったとは認められないし,また,甲3技術,甲6 技術及び甲7技術を考慮しても,相違点1が容易想到であったとは認められない。

7 取消事由3(無効理由2(その2)における本件発明1に係る相違点の認定及び容易想到性の判断の誤り)について
(1)ア甲2発明は,前記3(2)のとおりである。その上で,甲2発明と本件発明1とを対比すると,それらの間には,本件審決が認定した前記第2の3(2)エ(ア)の一致点及び相違点が存在すると認められる。
イ原告の主張について
(ア)原告は,相違点Bは,相違点ではないと主張するが,前記6(3)イ(ア)で判断したとおり,原告の上記主張は採用できない。
(イ)原告は,相違点Cの認定について,甲2発明における金具本体11がアンカー部に相当すると主張する。
しかし,前記1(2)エ(ウ)のとおり,本件発明におけるアンカー部は,当該部位が打設したコンクリート中に埋設固定されることで,型枠の外側への開きを防止する効果を生じさせるものである。このことは,「アンカー」(錨・碇)が,「1船をとめおくために網や鎖につけて海底に沈めるおもり」や,「2碇のように作ったおもし・かぎなどの具」を意味する「錨(いかり)」を意味する語であること(「広辞苑第三版」岩波書店。乙11)からも裏付けられるということができる。これに対し,甲2の記載事項(前記3(1))からすると,1度打ち工法に係る甲2発明の金具本体 11は,最終的にコンクリート内に埋設されるものの,当該コンクリートはコンクリートの打設中は未硬化のままであって,金具本体11は,コンクリート中に固定されるわけではなく,段付き中段巾止め金具10は,コンクリートに埋設されることによって型枠を支持するものではない。
したがって,相違点Cの認定に誤りはない。
(2)相違点Bについて
相違点Bに関し,前記6(3)イ(イ)~(エ)のとおり,甲3技術~甲7技術は,本件発明とは対象とする技術が異なるものであって,これらの技術を甲2発明に組み合わせることで本件発明に至る動機付けがあるということはできない。また,甲3技術~甲7技術をひとくくりにして捉えて周知技術を認定することが相当ではないことは,前記6(4)イのとおりである。
したがって,相違点Bが容易想到であったとは認められない。
(3)相違点Cについて
本件全証拠によっても,相違点Cが容易想到であったというべき事情も認められない。
(4)よって,その余の点について判断するまでもなく,取消事由3は理由がない。

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