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令和2(行ウ)423  手続却下処分取消等請求事件  特許権

■事件の概要
原告 ザリージェンツオブ ザユニバーシティオブカリフォルニア
被告 国

1 本件は,千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約 (以下「特許協力条約」という。)に基づき国際特許出願(以下「本件国際特許出願」という。)をした原告が,特許法(以下「法」という。)184条の 4第1項が定める優先日から2年6月の国内書面提出期間内に同項に規定する 明細書等の翻訳文(以下,「本件明細書等翻訳文」という。)を提出すること ができなかったことについて,同条4項の正当な理由があるにもかかわらず, 特許庁長官(処分行政庁)が令和元年7月17日付けで原告に対して国内書面に係る手続を却下する処分(以下「本件処分」という。)をするとともに,特 許庁長官(裁決行政庁)が令和2年5月13日付けで原告に対してした本件処分の取消しを求める審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をしたことが違法であるとして,その各取消しを求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,特に断らない限り,枝番を含むものとする。) 

(1) 本件処分及び本件裁決に至る経緯
    ア 本件国際特許出願
      原告は,米国の州立大学を運営する外国法人である。原告は,平成28年12月8日,特許協力条約に基づき,米国特許商標庁を受理官庁として, 外国語(英語)による国際出願(PCT/US2016/065653) をした(以下「本件国際出願」という。)。(甲1)
本件国際出願は,特許協力条約4条(1)(ii)の指定国に日本国を含むも のであり,法184条の3第1項により,国際出願日である平成28年12月8日にされた特許出願(本件国際特許出願)とみなされた。 原告は,平成30年6月5日,本件訴訟の原告補佐人となる弁理士(以下「担当弁理士」という。)に対し,本件国際出願の国内移行に係る手続をすること(以下「本件案件」という。)を依頼し,担当弁理士は,同日,原告に対し,当該手続に係る法184条の4第1項所定の書面及び本件明細書等翻訳文(以下,国内移行に伴い提出することを要する書面を総称して「国内書面」という。)の提出期限が同月9日であるとの理解を前提に, これを受任する旨の返信をした(実際には,同日が金曜日であったことか ら,その提出期限は同月11日であった。)。(甲5・証拠1,12)
    イ 国内書面の提出期限の徒過
      担当弁理士の事務所では,技術担当の補助者(以下「技術担当補助者」という。)を通じ,事務担当の補助者(以下「事務担当補助者」とい う。)に国際出願の国内移行に必要な書面の作成・提出を指示するのが 通常の業務の進め方であったが,本件案件については,担当弁理士が, 平成30年6月7日,事務担当補助者に対し,案件ファイルの作成及び 国内書面の作成を指示するとともに,技術担当補助者に対し,本件国際特許出願に係る国内移行手続を担当するように指示した。 事務担当補助者は,同日,本件案件のファイルを作成するとともに,未提出の国内書面の印刷物を添付し,技術担当補助者に渡したが,技術担当補助者は,受領した印刷物を特許庁に提出済みと誤認し,自らの机の中に収納したまま何らの手続を行わなかった。このため,本件明細書等翻訳文の提出期限は徒過した(以下「本件期間徒過」という。)。 担当弁理士は,平成30年6月14日になり,ようやく本件明細書等翻訳文がその期限までに提出されていないことを認識するに至った。
ウ 本件国際特許出願は,平成30年6月11日までに本件明細書等翻訳文 が特許庁に提出されなかったことから,法184条の4第3項の規定により,取り下げられたものとみなされた。 このため,原告は,平成30年6月14日付けで,特許庁長官に対し,本件国際特許出願について,本件明細書等翻訳文を含む国内書面を提出し
 (以下「本件提出手続」という。),更に,同月15日付けで,手続補正書を提出した。(甲2,3)
  原告は,平成30年7月20日付けで,特許庁長官に対し,本件期間徒過には法184条の4第4項の「正当な理由」がある旨の回復理由書(甲5)を提出した。
エ 特許庁長官は,平成30年12月27日付けで,原告に対し,本件期間徒過には「正当な理由」があるとは認められず,本件提出手続を却下すべきものと認められる旨の却下理由通知書(甲6)を送付した。
  これに対し,原告は,特許庁長官に対し,平成31年3月8日付け弁明書(甲7)及び同月27日付け上申書(甲8)を提出し,担当弁理士は,同年5月15日,特許庁担当官と面接した(甲9)。
  特許庁長官は,令和元年7月7日付けで,原告に対し,前記却下理由通知書に記載した却下理由は解消されておらず,本件提出手続は不適法な手続であるとして,これを却下する旨の本件処分をした(甲10)。
オ 原告は,令和元年10月25日付けで,特許庁長官に対し,本件処分の取消しを求め,行政不服審査法2条の審査請求をしたが(甲11,12), 特許庁長官は,審理員意見書(甲20)の提出及び行政不服審査会の答申 (甲24)を受けた上,令和2年5月13日,当該審査請求を棄却する旨の本件裁決をした(甲25)。
原告は,令和2年5月14日,本件裁決に係る裁決書謄本を受領し(甲 25),同年11月9日,当裁判所に対し,本件処分及び本件裁決の取消 しを求め,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

■主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
  2 訴訟費用は原告の負担とする。
  3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

■裁判所の判断(一部抜粋)
1 争点1(本件処分の取消事由の有無)について 
(1) 「正当な理由」の意義
法184条の4第3項により取り下げられたものとみなされた国際特許出 願の出願人は,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができ なかったことについて「正当な理由」があるときは,その理由がなくなった 日から2月以内で国内書面提出期間の経過後1年以内に限り,明細書等翻訳 文等を特許庁長官に提出することができる(法184条の4第4項,同法施行規則38条の2第2項)。そして,ここにいう「正当な理由」があるときとは,特段の事情のない限り,国際特許出願を行う出願人(代理人を含 む。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成29年3月7日判決・判例タイムズ1445号135頁参照)。 
(2) 「正当な理由」の有無
ア 技術担当補助者について 
前記前提事実(1)イのとおり,本件期限徒過は,出願人から本件国際特許出願の国内移行手続の委任を受けた担当弁理士事務所の技術担当補助者が,事務担当補助者から受け取った未提出の国内書面の印刷物を提出済みと誤認し,自らの机の中に収納したまま放置したことに起因するものである。
      原告は,担当弁理士の特許事務所における通常の業務の流れは,技術担当補助者を通じて事務担当補助者に対し国内書面の作成・提出を指示するというものであったが,本件国際特許出願については,担当弁理士が,両補助者の面前において,事務担当補助者に対し国内書面の作成を指示する とともに,技術担当補助者に本件案件を担当することを指示したと説明する。
      しかし,いずれの業務の流れにおいても,技術担当補助者は,事務担当補助者の作成した書面の正確性等を確認した上で,特許庁への提出を行うことになるのであるから,事務担当補助者から受け取った書面を十分に確 認することなく,特許庁に提出済みであると誤認することは,補助者とし ての基本的かつ初歩的な業務を怠ったものといわざるを得ず,事務担当補 助者に対し当該書面が提出済みかどうかを口頭で確認することが困難であったことをうかがわせる事情も存在しない。 
イ 担当弁理士について
(ア) 補助者に対する管理・監督について 原告は,担当弁理士は,特許庁勤務経験を有する弁理士を技術担当補助者に選任するなどして,法の規定する期限徒過が生じないようにするために相当な注意を払っていたなどと主張する。
しかし,担当弁理士が,一定の知識や経歴を有する者を技術担当補助者として選任したとしても,それのみで相当な注意を尽くしたということはできない。
特に,本件案件を担当した技術担当補助者は,担当弁理 士の特許事務所の業務に従事し始めてから2か月しか経っていなかった のであり,また,本件案件については通常の業務の流れと異なる方法で 両補助者に指示をしたというのであるから,担当弁理士としては,必要な注意喚起をした上で,本件国際特許出願に係る国内書面の作成の進捗 状況を確認し,提出期限を徒過することがないように事前に技術担当補 助者又は事務担当補助者に確認すべきであったというべきである。そし て,かかる確認を行うことは容易であったと考えられるが,担当弁理士 がかかる確認作業を行ったと認めるに足りる証拠はない。
そうすると,担当弁理士が,本件事象1の発生の防止のため相当な注 意を尽くしていたということはできず,同事象の発生をもって技術担当 補助者の単独の人為的過誤によるものと評価することもできない。
(イ) 期限管理システムの確認について 
前記前提事実(1)ア及びイのとおり,本件国際特許出願の国内移行に係る国内書面の提出期限は平成30年6月11日(担当弁理士は同月9 日と認識していた。)であったが,担当弁理士は,提出期限に至るまで 期限管理システムを確認しておらず,ようやく同月14日になって本件 本件期間徒過に気付いたとの事実が認められる。
原告は,担当弁理士が期限管理システムにアクセスしなかった理由について,担当弁理士がその当時繁忙を極め,平常時の精神・身体状態を失い,突発的な適応障害を発症していた可能性も高い状態にあったこと が原因であり,本件期間徒過を救済すべき「特段の事情」があったと主張する。 しかし,担当弁理士が,本件期間徒過の生じた当時,多数の案件を担当していたことは認め得る(甲12の1)としても,その頃に適応障害を発症して,通常の業務を遂行し得ない状態にあったと認めるに足りる証拠はなく,これらの症状により本件案件以外の業務に支障が生じてい たことを具体的に示す証拠もない。まして,期限管理システムにアクセ スし,提出期限に遵守状況を確認するという作業は,労力や時間をそれ ほど要するものではなく,かかる作業も行うことができないような心身の異常を来している状態にあったとは認め難い。 そうすると,本件期間徒過について,それがやむを得なかったと認め得るような「特段の事情」があったということはできない。

    ウ 原告の主張について
原告は,外国の出願人が日本国内における手続について一定の実績のある特許事務所の代理人に委任したことをもって「相応の措置」を尽くした というべきであり,出願人と代理人の双方について「相応の措置」の有無の判断を行うのは不合理であると主張する。
      しかし,出願人が手続を代理人に委任している場合において,出願人と代理人の双方について「相応の措置」の有無の判断を行うことは当然であり,出願人が一定の実績のある特許事務所の代理人に委任しさえすれば, 委任を受けた代理人が相当な注意を尽くしたかを問わず「正当な理由」が あると解することはできない。本件のように,出願人である原告が担当弁 理士に手続を委任し,その管理監督のための措置を特に講じていなかった ところ,当該弁理士及びその補助者が手続の期限を徒過し,それについて相当な注意を尽くしていたと認められない場合には,原告についても相応の措置を尽くしたということはできないというべきである。
    エ 以上によれば,原告及び担当弁理士が,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったということはできない。 
(3) 原告の主張について
ア 原告は,本件処分は,行政規則たる本件ガイドラインの規定に基づいてされたものであったが,当該ガイドラインの規定は違法無効なものであるから,本件処分は違法であると主張するが,本件ガイドラインは法規範性のある行政規則ではないのであるから,かかる前提に基づく主張はいずれも理由がない。
 イ 原告は,特許庁長官が,証拠資料の提出を原告に促すなどの措置をとらないまま本件処分をしたことは,原告に対する不意打ちであり,公正な手続保障を欠くと主張する。
   しかし,特許庁長官は,原告に対し,「診断書等の客観的資料が提出されておらず,当該事実を認めるに足りる立証がなされていない」などの理由を記載した却下理由通知書(甲6)を送付し,同法18条の2第2項に基づいて原告に弁明の機会を与え,原告が,これに応じ,原告は追加の証拠資料を添付した弁明書及び上申書(甲7,8)を提出したとの事実が認められる。
   そうすると,本件処分が,不意打ちであり,公正な手続保障を欠くものであるということはできない。

 ウ 原告は,行政手続法20条4項の趣旨に照らし,特許庁長官は,同庁担当官の面接手続を通じ,原告に対し,積極的に証拠資料の提出を促すべきであったと主張するが,行政手続法第3章の「不利益処分」の規定は本件処分に適用されない(法195条の3)。特許庁担当官による面接は,担当弁理士の要請を踏まえ,これに任意に応じる形で行われたものにすぎず,同庁担当官の面接を通じて特許庁長官が原告に証拠資料の提出を促す義務を負っていたと解すべき理由はない。
(4) 小括 
以上のとおり,本件処分が違法の瑕疵を有し,又は無効なものであるとしてその取消しを求める原告の請求は理由がない。
2 争点2(本件裁決の取消事由の有無)について
(1) 理由付記不備の違法 
原告は,本件裁決が,「正当な理由」の解釈を含め,原告が問題とする審査請求の理由に答えないまま,原告の審査請求に理由がないと結論付けていることが,理由付記不備の違法を構成すると主張する。
  しかし,原処分と原処分を維持した裁決の取消しとを同時に求める訴えにおいて,原処分の取消請求を棄却すべき場合には,裁決の理由付記不備の違法は,当該裁決の取消事由とならないと解すべきである(最高裁昭和36年(オ)第409号37年12月26日第二小法廷判決・民集16巻12号2557頁参照)。本件訴訟は,本件処分の取消請求と本件処分を維持した本件裁決の取消請求とを併合提起したものであり,前記1のとおり,本件処分は適法であって,本件処分に対する取消請求は棄却されるべきであるから,原告の主張する理由付記不備の違法は,本件裁決の取消事由とならない。
(2) 審理不尽の違法 
原告は,審理不尽の違法も言及するが,その趣旨は,前記(1)にいう不備のある理由を解消するに足る審理を尽くすべきであったというものと理解さ れる。しかし,原告の主張する理由付記不備の違法が本件裁決の取消事由と ならないことは前記(1)のとおりであり,他に裁決手続に審理不尽の違法が あると認めるに足りる証拠はない。
(3) 小括 
以上のとおり,本件裁決に取消事由があるとして,その取消しを求める原告の請求は理由がない。
3 結論
 よって,原告の請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

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