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令和2(行ケ)10056  審決取消請求事件  特許権 【PTH含有骨粗鬆症治療/予防剤】

■事件の概要
原告 沢井製薬株式会社
被告 旭化成ファーマ株式会社

本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
(1)被告は,平成28年4月18日,その名称を「1回当たり100~200 単位のPTHが週1回投与されることを特徴とする,PTH含有骨粗鬆症治療/予防剤」とする発明について特許出願(特願2016-82589号。平成22年9月8日(優先権主張平成21年9月9日・特願2009-208039号)を国際出願日とする特願2011-530844号の一部を平成27年5月25日に新たな特許出願とした特願2015-105265号の一部を,さらに新たな特許出願として行われたもの。以下「本件出願」という。)をし,平成28年11月18日,その設定登録(特許第6043008号,請求項の数2)を受けた(以下,この登録に係る特許を「本件特許」という。)。
(2)原告は,平成30年5月24日,本件特許の請求項1及び2に係る発明について特許無効審判請求(無効2018-800064号)をした。
特許庁が令和元年8月6日に本件特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効にするとの審決の予告をしたところ,被告は,同年10月1 1日付けで本件特許の請求項1及び2に係る特許請求の範囲を訂正する訂正請求を行った(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。
特許庁は,令和2年3月31日,「特許第6043008号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1,2]について訂正することを認める。特許第6043008号の請求項1及び2に係る発明についての審判請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月7日,原告に送達された。
(3)原告は,令和2年4月25日,本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の請求項1及び2の発明(以下,請求項の番号に応じて「本件発明1」のようにいい,本件発明1及び2を併せて「本件発明」という。)に係る特許請求の範囲の記載は,それぞれ次のとおりである。


(1)本件発明1
1回当たり200単位のヒトPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする,ヒトPTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする,骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である
(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである中等度腎機能障害を有する。

(2)本件発明2
1回当たり200単位のヒトPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする,ヒトPTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする,骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であり;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である
(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである中等度腎機能障害を有する,前記骨粗鬆症患者に投与した際の副作用発現率に関する安全性が,1回当たり200単位のヒトPTH(1-34)又はその塩を下記(1)~(4’)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者に週1回投与した際に発生する副作用発現率に関する安全性と同等である,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である
(4’)腎機能正常者。

■主文
1 特許庁が無効2018-800064号事件について令和2年3月31日にした審決を取り消す。 
2 訴訟費用は被告の負担とする。

■裁判所の判断(一部抜粋)

(2)相違点1の容易想到性について
ア本件4条件の技術的意義
(ア)前記1のとおり,本件明細書には,本件発明が,従来の骨粗鬆症薬であるPTHについて,安全性が高くかつ効能・効果の面で優れた骨粗鬆症治療ないし予防方法を提供すること及び安全性の高い骨折抑制ないし予防方法を提供することを課題とすること(【0012】),骨粗鬆症における骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に対して本件発明の骨粗鬆症治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいこと及び骨粗鬆症における骨折の危険因子としては,年齢,性,低骨密度,骨折既往,喫煙,アルコール飲酒,ステロイド使用,骨折家族歴,運動,転倒に関連する因子,骨代謝マーカー,体重,カルシウム摂取等が挙げられることが記載され,その上で,本件3条件を全て満たす骨粗鬆症患者を「高リスク患者」として定義することが記載されている(【0068】)。また,骨粗鬆症及び腎障害は加齢とともにその有病率が上昇するから,腎障害を有する骨粗鬆症患者に対して有効かつ安全な薬剤を提供することが重要であること(【0064】),クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minは,中等度腎機能障害と判断できること(【0066】),クレアチニンクリアランスが50以上80未満ml/minは,軽度腎機能障害と判断できることが記載されている。
そして,実施例1においては,本件3条件の全てを満たす高リスク患者について,PTHの週1回100単位投与群は同5単位投与群に比べ,有意に高い骨密度の増加,有意に低い新規椎体骨折発生及び有意に低い椎体以外の骨折発生が認められたこと,実施例2においては,本件3条件の全てを満たす高リスク患者について,PTHの週1回200単位投与群は対照薬(プラセボ)投与群に比べ,新規椎体多発骨折及び増悪骨折の抑制効果が認められ,血清カルシウムに関する安全性及び副作用発現率に関する安全性が,腎機能正常の骨粗鬆症患者群と軽度及び中等度の腎機能障害を有する骨粗鬆症患者群で同等であったことが記載されている。
(イ)前記(ア)によれば,本件3条件は,骨折の危険性の高まった骨粗鬆症において,骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に対して治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいとの認識の下,当該危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者を特定する条件として設定されたものというべきであるが,本件条件(4)は,腎障害を有する骨粗鬆症患者に対しても有効かつ安全な薬剤を提供することは重要であるとの認識の下,腎機能障害が軽度又は中等度であっても腎機能正常者と安全性が同等であるとの知見を踏まえ,軽度又は中等度の腎機能障害を持つ患者の中から中等度腎機能障害を有する患者を取り出し,当該患者を投与対象とできることとして設定されたものであると認められる。他方で,実施例2においても,本件3条件の全てを満たし,軽度及び中等度の腎機能障害者を有する患者に対して,新規椎体骨折抑制効果及び骨密度増加効果が奏されるとの記載はあるが(本件明細書【0126】,【表25】,【0127】,【表 26】),本件条件(4)を加えたことによって骨折抑制効果が奏されるとの記載はなく,また,本件4条件の全てを満たす者と本件3条件の全部又は一部を満たさないが本件条件(4)を満たす者との間での安全性の対比はしておらず,本件3条件の全てを満たすことによって腎機能正常者と同等の安全性がもたらされるとの効果を奏するとの記載もなく,被告も,本件発明がこれらの効果を奏するとまで主張するものではないと認められる。したがって,本件3条件と本件条件(4)とはその目的を異にする独立の条件であると理解できる。

・・・
エ本件4条件について
(ア)本件3条件について
a 甲7発明と本件発明とは,「1回当たり200単位のヒトPTH(1 -34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする」との用量の点において一致するが,その投与の対象となる骨粗鬆症患者の範囲を一応異にする。
b 甲7発明で投与対象とされた患者は,前記(1)のとおり,1989年診断基準で骨粗鬆症と診断された患者であるところ,甲7発明に接した当業者が,甲7発明のPTH200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する対象患者を選択するのであれば,より新しい基準を参酌しながらその患者を選別することは,当業者がごく普通に行うことであるから,1989年診断基準とともに,より新しい,1996年診断基準又は2000年診断基準を参酌するといえる。そして,前記イ(ア)b及びcのとおり,1996年診断基準で骨粗鬆症と診断される者は,1骨萎縮度I度以上又は骨密度値がYAMの 80%以下の低骨量で非外傷性椎体骨折を有する者か,2X線上椎体骨折を認めないが,骨萎縮度II度以上,又は,骨密度値がYAMの7 0%未満である者であり,2000年診断基準で骨粗鬆症と診断される者は,3骨萎縮度II度以上又は骨密度がYAMの80%未満の低骨量で,軽微な外力による非外傷性椎体骨折等(脆弱性骨折)を有する者か,4脆弱性骨折がないものの,骨萎縮度II度以上,又は,骨密度値がYAMの70%未満の者である。本件条件(2)及び本件条件(3)は,上記1と同じであるから(既存の骨折」は「非外傷性骨折」を含む。),当業者が甲7発明の200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する骨粗鬆症患者を本件条件(2)及び本件条件(3)で選別するのには何ら困難を要しない。
また,前記イ(イ)のとおり,骨粗鬆症は,加齢とともに発生が増加するとの技術常識があり,高齢者は加齢を重ねた者であるのは明らかであるところ,高齢者として65歳以上の者を選択するのは常識的なことであり,平成5年12月2日薬新薬第104号厚生省薬務局新医薬品課長通知「「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」について」(甲13)においても,「高齢者」を「65歳以上」と定めている。したがって,これらを参酌し,骨粗鬆症による骨折の複数の危険因子として,低骨密度及び既存骨折に並んで年齢が掲げられていることに着目して投与する骨粗鬆症患者を65歳以上として,本件条件(2)及び本件条件(3)に加えて本件条件(1)のように設定することはごく自然な選択であって,何ら困難を要しない。そうすると,甲7発明に接した当業者が,投与対象患者を本件3条件を全て満たす患者と特定することは,当業者に格別の困難を要することではない。

(イ)本件条件(4)について
a 前記(1)のとおり,甲7発明は,腎機能障害者の中から重症の者を投与対象から除外しているところ,患者の中に重度の腎障害を有する者と腎機能が正常の者のみの両端しかいないということは不自然であるから,投与対象の患者には腎機能正常者のみならず,軽度又は中等度腎機能障害を有する者も含まれていることを当然の前提にしていると解される。そして,前記ウ(イ)のとおり,骨粗鬆症と腎機能障害の罹患率はいずれも加齢とともに増加することや,大規模な疫学研究では骨粗鬆症女性の85%が軽度から中等度の腎機能障害を有していたことが知られていたから(甲10文献の61頁右欄下から2行目ないし62頁左欄1行目には「ベースラインにおいて血清クレアチニンを測定した1,621人の患者のうち,736人(45.4%)が軽度,中等度または重度の腎機能障害を有していた。」との記載があるが,甲10文献においてそのような構成比であったことは上記技術常識の認定を左右しないし,いずれにせよ,この腎機能障害の割合も高いものであることに変わりはない。),重度の腎機能障害患者を除くと明記された甲7文献の記載に接した当業者であれば,甲7発明の投与対象患者に軽度又は中等度の腎機能障害を有する患者が相当程度含まれていると認識することは明らかといえる。さらに,前記ウ(イ)のとおり,骨粗鬆症治療薬についても腎機能障害を有する患者における安全性の確認が求められていたことは明らかであるから,甲7発明に接した当業者が,投与対象患者の腎機能に着目することは,当業者が当然に行うべきこととして格別なものではない
b ここで,クレアチニンクリアランスは,糸球体濾過値(GFR)をクレアチニンをマーカーとして測定したものであるところ(甲44の44頁,68頁),前記ウ(ア)aのとおり,甲10文献では,「中等度」の腎機能障害を有する患者は,「GFR 30~49ml/分」の患者であると定義され,クレアチニンクリアランスが30ないし49ml /分である患者を,中等度機能障害を有する患者としている。また,前記ウ(ア)b2の審議結果報告書(甲15の1)には,腎機能障害の程度を,クレアチニンクリアランスを指標として,この値に沿って,「80以上」,「50以上80未満」,「30以上50未満」及び「30未満」と区分している(98頁,表50,51)。そして,前記ウ(イ)のとおり,腎機能正常者と腎機能の障害が軽度又は中等度である者との間でPTH製剤の投与によって発生する有害事象の発生割合には差がなかったことが知られていたと認められる。そうすると,甲7発明の投与対象患者の中から,腎機能障害の程度をクレアチニンクリアランスの値で表して,「30以上50未満ml/ min」の者を「中等度」としてその投与対象とすることは,当業者であれば何ら困難を要しないものである。
c 以上のとおりであるから,甲7発明の骨粗鬆症治療剤の投与対象患者を本件条件(4)を満たす者とすることは,当業者にとって格別困難を要することとはいえない。

・・・
(3)小括
前記(2)のとおり,相違点1が容易に想到できないと認定した本件審決の判断には誤りがあるから,相違点1が容易に想到できないことから相違点2について検討するまでもなく本件発明1の進歩性を認めた本件審決の判断にも,誤りがあり,取消事由3-1は,理由がある。


3 取消事由3-2(本件発明2の進歩性欠如に関する判断の誤り)の有無について
前記2(3)のとおり,相違点1が容易に想到できないと認定した本件審決の判断には誤りがあるから,相違点1が容易に想到できないことから相違点2及び相違点3について検討するまでもなく本件発明2の進歩性を認めた本件審決の判断にも誤りがあり,取消事由3-2は,理由がある。


4 結論
以上のとおり,取消事由3-1及び3-2には理由があるから,その他の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

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