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令和2(行ケ)10004  審決取消請求事件  特許権 【骨粗鬆症治療剤ないし予防剤】

■事件の概要
令和3年8月31日判決
原告 旭化成ファーマ株式会社
被告 沢井製薬株式会社
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。
1特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
(1)原告は,平成29年3月27日,その名称を「骨粗鬆症治療剤ないし予防剤」とする発明について特許出願(特願2017-61092号。平成22年9月8日(優先権主張平成21年9月9日・特願2009-208039号)を国際出願日とする特願2011-530844号(甲2)の一部を平成27年5月25日に新たな特許出願とした特願2015-105265号の一部を,さらに平成28年4月18日に新たな特許出願とした特願2016-082589号の一部を,またさらに平成28年11月10日に新たな特許出願とした特願2016-219323号の一部を,その上さらに新たな特許出願として行われたもの。以下「本件出願」という。)をし,平成30年1月19日,その設定登録(特許第6274634号,請求項の数2)を受けた(以下,この登録に係る特許を「本件特許」という。)。
(2)被告は,平成30年6月12日,本件特許の請求項1及び2に係る発明について特許無効審判請求(無効2018-800076号)をした(乙1)。
特許庁が令和元年8月6日に本件特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効にするとの審決の予告をしたところ,原告は,同年10月11日付けで本件特許の請求項1及び2に係る特許請求の範囲を訂正する訂正請求を行った(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。
特許庁は,令和元年12月11日,「特許第6274634号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1,2]について訂正することを認める。特許第6274634号の請求項1に
係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。

(3)原告は,令和2年1月12日,本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

2特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の請求項1の発明(以下「本件発明」という。なお,請求項2は本件訂正により削除された。)に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。

1回当たり200単位のヒトPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする,ヒトPTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする,骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である
(4)クレアチニンクリアランスが50以上80未満ml/minである腎機能障害を有する。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決は,次のとおり,本件発明は,甲第7号証「ヒト副甲状腺ホルモン(1-34)の骨粗鬆症に対する間欠週1回投与の効果:3種類の投与量を用いた無作為化二重盲検前向き試験」( Osteoporosis International,Vol.9 p.296-306,1999)(以下「甲7文献」という。)に記載された発明(以下「甲7発明」という。)及び本件発明の特許要件判断の基準日(平成22年9月8日。以下「本件基準日」という。)当時の技術常識から,当業者が容易に発明をすることができたものである旨判断した(以下,本件特許に係る明細書を図面を含めて「本件明細書」という。)


■主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


■ 裁判所の判断(一部抜粋)
取消事由(進歩性に関する判断の誤り)の有無について
・・・
(2) 相違点1の容易想到性について
ア 本件4条件の技術的意義
(ア) 前記1のとおり,本件明細書には,本件発明が,従来の骨粗鬆症薬であるPTHについて,安全性が高くかつ効能・効果の面で優れた骨粗鬆症治療ないし予防方法を提供すること及び安全性の高い骨折抑制ないし予防方法を提供することを課題とすること(【0012】),骨粗鬆症における骨折の危険因子を多くもつ骨粗鬆症患者に対して本件発明の骨粗鬆症治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいこと及び骨粗鬆症における骨折の危険因子としては,年齢,性,低骨密度,骨折既往,喫煙,アルコール飲酒,ステロイド使用,骨折家族歴,運動,転倒に関連する因子,骨代謝マーカー,体重,カルシウム摂取等が挙げられることが記載され,その上で,本件3条件を全て満たす骨粗鬆症患者を「高リスク患者」として定義することが記載されている(【0068】)。
また,骨粗鬆症及び腎障害は加齢とともにその有病率が上昇するから,腎障害を有する骨粗鬆症患者に対して有効かつ安全な薬剤を提供することが重要であること(【0064】),クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minは,中等度腎機能障害と判断できること(【0066】),ク レアチニンクリアランスが50以上80未満ml/minは,軽度腎機能障害と判断できることが記載されている。
そして,実施例1においては,本件3条件の全てを満たす高リスク患者について,PTHの週1回100単位投与群は同5単位投与群に比べ,有意に高い骨密度の増加,有意に低い新規椎体骨折発生及び有意に低い椎体以外の骨折発生が認められたこと,実施例2においては,本件3条件の全てを満たす高リスク患者について,PTHの週1回200単位投与群は対照薬(プラセボ)投与群に比べ,新規椎体多発骨折及び増悪骨折の抑制効果が認められ,血清カルシウムに関する安全性及び副作用発現率に関する安全性が,腎機能正常の骨粗鬆症患者群と軽度及び中等度の腎機能障害を有する骨粗鬆症患者群で同等であったことが記載されている。

(イ) 前記(ア)によれば,本件3条件は,骨折の危険性の高まった骨粗鬆症において,骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に対して治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいとの認識の下,当該危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者を特定する条件として設定されたものというべきであるが,本件条件(4)は,腎障害を有する骨粗鬆症患者に対しても有効かつ安全な薬剤を提供することは重要であるとの認識の下,腎機能障害が軽度又は中等度であっても腎機能正常者と安全性が同等であるとの知見を踏まえ,軽度又は中等度の腎機能障害を持つ患者の中から軽度腎機能障害を有する患者を取り出し,当該患者を投与対象とできることとして設定されたものであると認められる。他方で,実施例2においても,本件3条件の全てを満たし,軽度及び中等度の腎機能障害者を有する患者に対して,新規椎体骨折抑制効果及び骨密度増加効果が奏されるとの記載はあるが(本件明細書【0126】,【表25】,【0127】,【表26】),本件条件(4)を加えたことによって骨折抑制効果が奏されるとの記載はなく,また,本件4条件の全てを満たす者と本件3条件の全部又は一部を満たさないが本件条件(4)を満たす者との間での安全性の対比はしておらず,本件3条件の全てを満たすことによって腎機能正常者と同等の安全性がもたらされるとの効果を奏するとの記載もなく,原告も,本件発明がこれらの効果を奏するとまで主張するものではないと認められる。したがって,本件条件(4)が,骨粗鬆症の患者群の一部を構成する,本件3条件の全てを満たす患者群を取り出して,当該患者群に対する安全性を確認したにすぎないものである以上,本件3条件と本件条件(4)とはその目的を異にする独立の条件であると理解できる。
原告は,本件4条件が有機的に結合した一体のものである旨主張するが,上記のとおり,その主張を採用することはできない。

エ 本件4条件について
(ア) 本件3条件について
a 甲7発明と本件発明とは,「1回当たり200単位のヒトPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする」との用量の点において一致し,その投与の対象となる骨粗鬆症患者の範囲を一応異にする。
b 甲7発明で投与対象とされた患者は,前記(1)のとおり,1989年基準で骨粗鬆症と診断された患者であるところ,甲7発明に接した当業者が,甲7発明のPTH200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する対象患者を選択するのであれば,より新しい基準を参酌しながらその患者を選別することは,当業者がごく普通に行うことであるから,1989年診断基準とともに,より新しい,1996年診断基準又は2000年診断基準を参酌するといえる。
そして,前記イ(ア)b及びcのとおり,1996年診断基準で骨粗鬆症と診断される者は,①骨萎縮度I度以上又は骨密度値がYAMの80%以下の低骨量で非外傷性椎体骨折を有する者か,②X線上椎体骨折を認めないが,骨萎縮度II度以上,又は,骨密度値がYAMの70%未満である者であり,2000年基準で骨粗鬆症と診断される者
は,③骨萎縮度II度以上又は骨密度がYAMの80%未満の低骨量で,軽微な外力による非外傷性椎体骨折等(脆弱性骨折)を有する者か,④脆弱性骨折がないものの,骨萎縮度II度以上,又は,骨密度値がYAMの70%未満の者である。
本件条件(2)及び本件条件(3)は,上記①と同じであるから(既存の骨折」は「非外傷性骨折」を含む。)。当業者が甲7発明の200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する骨粗鬆症患者を本件条件(2)及び本件条件(3)で選別するのには何ら困難を要しない。また,前記イ(イ)のとおり,骨粗鬆症は,加齢とともに発生が増加するとの技術常識があり,高齢者は加齢を重ねた者であるのは明らかであるところ,高齢者を65歳以上の者とすることは常識的なことであり,平成5年12月2日薬新薬第104号厚生省薬務局新医薬品課長通知「「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」について」(甲13)においても,「高齢者」を「65歳以上」と定めている。したがって,これらを参酌し,骨粗鬆症による骨折の複数の危険因子として,低骨密度及び既存骨折に並んで年齢が掲げられていることに着目して投与する骨粗鬆症患者を65歳以上として,本件条件(2)及び本件条件(3)に加えて本件条件(1)のように設定することはごく自然な選択であって,何ら困難を要しない。
そうすると,甲7発明に接した当業者が,投与対象患者を本件3条件を全て満たす患者と特定することは,当業者に格別の困難を要することではない。

(イ) 本件条件(4)について
a 前記(1)のとおり,甲7発明は,腎機能障害者の中から重症の者を投与対象から除外しているところ,患者の中に重度の腎障害を有する者と腎機能が正常の者のみの両端しかいないということは不自然であるから,投与対象の患者には腎機能正常者のみならず,軽度又は中等度腎機能障害を有する者も含まれていることを当然の前提にしていると解される。そして,前記ウ(イ)のとおり,骨粗鬆症と腎機能障害の罹患率はいずれも加齢とともに増加することや,大規模な疫学研究では骨粗鬆症女性の85%が軽度から中等度の腎機能障害を有していたことが知られていたから(甲10文献の61頁右欄下から2行目ないし62頁左欄1行目には「ベースラインにおいて血清クレアチニンを測定した1,621人の患者のうち,736人(45.4%)が軽度,中等度または重度の腎機能障害を有していた。」との記載があるが,甲10文献においてそのような構成比であったことは上記技術常識の認定を左右しないし,いずれにせよ,この腎機能障害の割合も高いものであることに変わりはない。),重度の腎機能障害患者を除くと明記された甲7文献の記載に接した当業者であれば,甲7発明の投与対象患者に軽度又は中等度の腎機能障害を有する患者が相当程度含まれていると認識することは明らかといえる。
さらに,前記ウ(イ)のとおり,骨粗鬆症治療薬についても腎機能障害を有する患者における安全性の確認が求められていたことが明らかであるから,甲7発明に接した当業者が,投与対象患者の腎機能に着目することは,当業者が当然に行うべきこととして格別なものではない。
b ここで, クレアチニンクリアランスは,糸球体濾過値(GFR)をクレアチニンをマーカーとして測定したものであるところ(甲44の44頁,68頁),前記ウ(ア)aのとおり,甲10文献では,「軽度」の腎機能障害を有する患者は,「GFR 50~79ml/分」の患者であると定義され,クレアチニンクリアランスが50ないし79ml/分である患者を,軽度腎機能障害を有する患者としている。また,前記ウ(ア)b②の審議結果報告書(甲15)には,腎機能障害の程度を,クレアチニンクリアランスを指標として,この値に沿って,「80以上」,「50以上80未満」,「30以上50未満」及び「30未満」と区分している(98頁,表50,51)。
そして,前記ウ(イ)のとおり,腎機能正常者と腎機能の障害が軽度又は中等度である者との間でPTH製剤の投与によって発生する有害事象の発生割合には差がなかったことが知られていたと認められる。
そうすると,甲7発明の投与対象患者の中から,腎機能障害の程度をクレアチニンクリアランスの値で表して,「50以上80未満ml/min」の者をその投与対象とすることは,当業者であれば何ら困難を要しないものである。
c 以上のとおりであるから,甲7発明の骨粗鬆症治療剤の投与対象患者を本件条件(4)を満たす者とすることは,当業者にとって格別困難を要することとはいえない。

(4) 効果について
発明の効果が予測できない顕著なものであるかについては,当該発明の特許要件判断の基準日当時,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することのできなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討する必要がある(最高裁判所平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷判決・集民262号51頁参照)。もっとも,当該発明の構成のみから予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから,当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される。
前示のとおり,本件発明の構成は容易想到であるが,これに対し,原告は,前記第3の1(3)のとおり,本件発明は,本件3条件を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果(以下「効果①」という。),②本件条件(4)を満たす患者に対する副作用発現率と血清カルシウムに関する安全性が腎機能が正常である患者と同等であるという効果(以下「効果②」という。)及び③BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果(以下「効
果③」という。)を奏し,これらの効果は,当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものである旨主張する。
以下,これらの効果について検討する。

ア 効果①について
(ア) 前記(2)イ及び同(3)アのとおり,骨粗鬆症は,骨強度の低下を特徴とし,骨折の危険性が増大した骨疾患であり,骨粗鬆症の治療の目的は骨折を予防することであり,「骨強度」は骨密度と骨質の2つの要因からなり,骨密度は骨強度のほぼ70%を説明するとの技術常識があったから,当業者は,骨密度の増加は,骨折の予防に寄与すると理解するところ,甲7文献には,「ここに挙げた薬剤を投与することによって骨密度(BMD)が増加するため,骨折予防は飛躍的に進歩した」(296頁右欄10行ないし297頁左欄25行目)と骨密度の増加が骨折予防に寄与することが記載され,その上で,48週で骨密度を8.1%増大させたことが開示されている(300頁左欄11行ないし右欄6行目)。そうすると,甲7発明の骨粗鬆症治療剤が骨折を抑制する効果を奏していることは,当業者において容易に理解できる。
(イ) 効果①の骨折抑制効果とは,単なる骨折発生率の低減ではなく,プラセボの骨折発生率と対比した場合の骨折発生率の低下割合を指すものであるが,本件明細書の記載からでは,本件3条件を全て満たす患者と定義付けられる高リスク患者に対する骨折抑制効果が,本件3条件の全部又は一部を欠く者と定義付けられる低リスク患者に対する骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。
すなわち,効果①を確認するためには,高リスク患者に対する骨折抑制効果と低リスク患者に対する骨折抑制効果とを対比する必要があるが,前記1のとおり,本件明細書には,実施例1において,高リスク患者では,100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折発生率は,いずれも実質的なプラセボである5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められるが,低リスク患者では,100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率は,いずれも,5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められなかったと記載されているのにとどまる(【0086】ないし【0096】,【表6】ないし【表11】)。
ここで,低リスク患者の新規椎体骨折についていえば,100単位週1回投与群11人と5単位週1回投与群10人(令和2年10月19日付け原告第3準備書面2頁における再解析の数値による。)について,それぞれ,ただ1人の骨折例数があったというものであり,また,椎体以外の部位の骨折は,上記5単位週1回投与群について,ただ1人の骨折例数があったというものであって,有意差がなかったことが,症例数が不足していることによることを否定できない。このように,低リスク患者において,100単位週1回投与群の新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率が5単位週1回投与群のそれらの発生率に対して有意差がなかったとの結論が,上記のような少ない症例数を基に導かれたことからすると,高リスク患者における骨折発生の抑制の程度を低リスク患者における骨折発生の抑制の程度と比較して,前者が後者よりも優れていると結論付けることはできない。
したがって,実施例1 をみても,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず,さらに,本件明細書のその他の部分をみても,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず,ましてや,200単位週1回投与群に関し,高リスク患者における骨折発生抑制が,低リスク患者における骨折発生抑制よりも優れていると結論付けることはできない。
以上によれば,効果①は,本件明細書の記載に基づかないものというべきである。

(ウ) 原告は,効果①を明らかにするものとして,甲56証明書及び甲5
7証明書を提出する。
しかしながら,本件明細書の記載から,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することができず,また,これを推認することもできない以上,効果①は対外的に開示されていないものであるから,上記各実験成績証明書を採用して,効果①を認めることは相当ではない。
仮に,上記各実験成績証明書を参酌するにしても,本件3条件の全てを満たす患者(高リスク患者)のグループと,本件3条件の全部又は一部を満たさない患者(低リスク患者)のグループのうちごく一部のグループとを比較しているものにすぎないから,本件3条件の効果が明らかになっているとはいえない。また,甲56証明書には,本件条件(1)を満たし,本件条件(2)又は本件条件(3)のいずれかを満たさない患者とされる「非3条件充足患者」につき,「非3条件充足患者においてもPTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が抑制されたが,3条件充足患者においては,PTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が『有意に』抑制された。」旨が,甲57証明書には,本件条件(1)及び本件条件(4)を満たし,本件条件(2)又は本件条件(3)のいずれかを満たさない患者とされる「非4条件充足患者」につき,「非4条件充足患者においてもPTH投与群では,コントロール群よりも骨折の発生は抑制されたが,4条件充足患者においてはPTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が『有意に』抑制された。」旨が記載されているだけである。すなわち,本件3条件を満たさない患者については,PTH投与群においてコントロール群よりも骨折発生が抑制されたものの有意差がなかったことが理解できるのみであり,それら有意差がなかったとの結論も症例数が少ないことによるものと推認されることからすると,本件3条件の全てを満たす患者の骨折発生の抑制の程度が本件3条件を満たさない患者に対する骨折発生の抑制の程度より優れていると結論付けることはできない。そうすると,上記各実験成績証明書をみても,本件3条件を全て満たす患者に対するPTHの骨折抑制効果が,本件3条件を満たさない患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。

(エ) 以上によれば,いずれにしても効果①を認めることはできないから,その他の点について判断するまでもなく,効果①を予測することのできない顕著な効果という余地はない。
イ 効果②について
前記(2)ウのとおり,甲10文献の記載によると,PTH製剤であるテリパラチドの20μg又は40μgの連日投与について,PTHによる腎臓に関連する有害事象の発生率は,腎機能が正常,軽度障害,中等度障害のサブグループのいずれでも一貫しており,また,軽度から中等度の腎機能障害者と健常被験者の間には,あらゆる薬物動態パラメータに有意な差がないことが知られており,薬物動態パラメータは,薬物の薬理効果や有害反応の発現強度の指標であるといえるから,PTHに関して軽度又は中等度の腎機能障害を有する者と腎機能が正常である者との間には,薬物の有害反応の発現強度も異ならないものと理解できる。
また,原告は,甲7文献では,腎機能正常者と腎機能障害者との間での比較は行われておらず,腎機能障害者においてPTH200単位週1回投与の際の安全性は不明であった旨主張するが,前記(2)エ(イ)のとおり,当業者であれば,甲7発明の投与対象患者に軽度から中等度の腎機能障害を有する患者が含まれていると認識するといえるところ,甲7文献には,200単位投与群も含めて重篤な有害事象は認められなかったこと(301頁左欄1行ないし右欄4行目),200単位投与群においても投与開始から48週目までの血清カルシウム値の平均値は10.6mg/dlよりも低い値で推移していることが見て取れる(図2)のであるから,当業者は,PTH200単位の投与についても,軽度又は中等度の腎機能障害者における安全性と,腎機能正常者における安全性とは同程度であると予想するものと解され,甲7文献において腎機能正常者と腎機能障害者での比較が行われていないことは,この予想を何ら左右しない。そうすると,効果②は,甲7発明と用量・用法・有効成分等が同じである本件発明の構成から当業者が予測し得る範囲内のものというべきである。

ウ 効果③について
原告は,PTHの連日投与から想定されるBMD増加率に対する骨折相対リスクと対比して,BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果が生ずるとして,これを本件発明の予測できない顕著な効果とするが,本件明細書には,PTHの連日投与から想定されるBMD増加率と骨折相対リスクとの関係を記載した部分は見当たらず,上記主張は,明細書に記載されていない効果を主張するものであって失当というほかない。

エ そのほか原告がるる主張するところも,前記アないしウの判断を左右するものではないから,効果の程度等につき更に検討を加えるまでもなく,本件発明が,当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものであると認めることはできない。

(5) 小括
以上のとおりであるから,相違点1及び相違点2に係る本件発明の構成は,いずれも当業者が容易に想到し得たものである。

3 結論
上記2のとおり,相違点1及び相違点2に係る本件発明の構成は,いずれも当業者が容易に想到し得たものであるから,本件発明が容易に発明できると判断した本件審決の判断には誤りがなく,取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

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