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憂鬱の呪いを解いた、私のかわいい王子様

昔々。私がまだ小さーい頃から神社が好きだった。

神様が祀られている神秘的な空間が、その一瞬だけは願いに集中できる時間が、テリトリーに存在しているだけで浄化されるようなあの雰囲気が、好きだった。

今も変わらず、大きくて有名な神社に行くこと、小さくてアットホームな神社に行くことに何の抵抗も持っていない。

だけどある道だけは別だった……。

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父の実家は神戸市の向こう、山を越えた少し先にある。
1月2日の ちよこ家の恒例行事。それは「帰省」だ。

大阪を出発し、車で走ること1時間弱。三宮で一旦下車する。なぜかって? 生田神社に詣でるためだ。そしてその後、祖父母の家を目指して1時間強、車に揺られる。

それが ちよこ家 に伝わる1月2日のスケジュール。
新年早々、この日は毎年、憂鬱だった。

駐車場に車を止め、初売りの列に並ぶ人を横目にセンター街を南から北へと突き抜けるように歩いていく。ゆっくりしていると駐車料金が上がるという小さい理由のために、だ。そしてマクドナルドの前で叔父と祖父母と合流し、生田神社へと続くゆるい勾配の坂道、生田ロードを歩くのだ。

学童期はどうして手を繋いで歩かなければならないのかという疑問と戦いながら歩いた。
思春期にはどうして家族で初詣に行かなければならないのだという疑問と戦いながら歩いた。

家族みんなに気を遣いながら過ごす今日という一日の始まり。体から醸し出される“憂鬱度”の計測機があったなら、365日のうちで一番の値を叩き出していた自信がある。

私は生まれも育ちも大阪で、神戸には縁もゆかりも思い入れも無かった。神社は好きだけれど、生田神社へと続く道だけは好きになれなかった。左手に東急ハンズを見つけては「ここに逃げ込んでしまいたい」と毎年思っていた。生田ロードは私にとって憂鬱な場所になっていった。

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社会人になり、帰省から開放された。

しかし蓋を開けてみると就職した先は神戸の企業。なんという巡り合せだろう! 当然、大阪住みの社員より兵庫県住みの社員が圧倒的に多く、飲み会となると三宮へ繰り出すことになる。社会人になって帰省に行かなくて済むようになったのに、昔よりも三宮を訪れる機会が増えたのだ。生田ロードを登る機会は殆ど無かったけれど三宮に足を踏み入れるたび、いつもドキドキしていた。

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入社して3年目のことである。
美味しいオムライス屋がある、と上司が声を掛けてくれた。以前に私の大好物がオムライスだと話したのを覚えていてくれたのだ。

「是非、行きましょう! どの辺ですか?」

すると店があるのはまさかの生田ロードの辺りというではないか! 因縁の生田ロード! しかしここで怯んではオムライス好きが廃るということで私は食い気味に言った。

「行きましょう」

そうして訪れたお店が『欧風料理 もん』。


生田ロードの正面に向かって左側の歩道を登り始めてすぐのところ。見落としてしまいそうな、人1人通れる位の小さな入口があった。
ゆっくりと扉を開くとすぐ右手側にカウンター席が、奥に広がる店内にはテーブル席が沢山並んでいた。(2回目の訪問時に知ったのだが、2階席もある。)

テーブル席に案内され、メニューを見る。
とんかつ、ビーフカツ、オムライス、サンドイッチ……。
魅力的なメニューが並ぶけれど私の心は決まっていた。

「オムライスで」

店内を見渡せばレトロな空間。茶色、黒色で統一感がある店内はThe・昔なつかし洋食屋だ。私は芸術には疎いのでよくわからないのだけれど壁にかかった画や置物なんかも全て、それらしいものに見えた。

しばらくすると店員さんがオムライスを運んできてくれた。

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「……かわいい」
第一声がこれだった。
オムライスには3種類ある。しっかりと卵に包まれたタイプのスタンダードオムライス。ライスの上にふわっふわのオムレツを乗せ、食べる前にナイフを入れるたんぽぽオムライス。そしてオムライスに様々なソースをかけて楽しむ創作オムライスだ。

『もん』のオムライスはスタンダードオムライス。
中身、詰まってますよ! とアピールしてくるまるまるとしたフォルムが可愛くてたまらなかった。

他の店ではあまりないのが横に添えられているソースだ。店員さんによると、お好みでおかけくださいとのことだった。少ししゃばめのケチャップベースのソース。初めてだったので半分だけかけて、味の濃さによって調節することにした。

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「いただきます」

ワクワクしながらスプーンを手に取り一口分のオムライスを口へ運ぶ。

――……絶妙!

ソースはケチャップの酸味は程よく、しつこくない仕上がり。ライスはチキンライス。玉ねぎ、鶏肉と至ってシンプルな具材なのに飽きが来ない。

この「飽きが来ない」というのはオムライスにとって重要な要素だ。(……と私は思っている。)どれだけネットの口コミや評判が良くても、オムライスを1つまるごと平らげるには“量”の問題が発生してくる。途中で味の変化が起きないため最後の方はお腹がいっぱいになってくる。これはどれだけオムライスが好きでも避けられない問題だ。

『もん』のオムライスはボリュームがある。だからシンプルなのに飽きが来ない美味しさは最高の長所だと思う。オムライス好きの私が言う。
三宮にあるスタンダードオムライスを出すお店の中でも1,2を争う完成度だ。

美味しいオムライスによって、『欧風料理 もん』との出会いによって私を蝕んでいた生田ロードの憂鬱の呪いはあっさりと解けた。ありがとう、オムライス。あなたは私の王子様!

だけど私はこのとき気づいていなかった。

「生田ロードの憂鬱の呪い」が解けたのと引き換えに「兵庫が私を離さない呪い」に長年かけてかかっていたことを……。

そのお話はまた別の機会に。

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タダノヒトミさんのこちらの企画に参加させていただきました。

私、「神戸に縁もゆかりもない」と書いているのですが思い返せばそうでもないのです、実は。考えるいいきっかけになりました。ありがとうございました!

(最近訪れていないのでまた近々 もん へ行かなくちゃ!)


いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)