「温泉と夢」 下
1分小説
この物語は2章構成になっています!
第二章 「色を持ち帰る」
翌朝、瑠璃は清々しい気持ちで目を覚ました。女将は朝食を運びながら、優しく微笑んだ。「良い夢は見られましたか?」
「ええ、とても不思議な夢でした。けれど、忘れてしまいそうな気もするんです」
「夢見の湯は、夢を映す鏡のようなものです。人が無意識に求めるものを形にして見せるのです。夢を持ち帰りたければ、その形を見つけるのですよ」
朝食を済ませた後、瑠璃は温泉宿を後にした。帰りのバスに揺られながら、彼女はふと思い立って、持ってきた古い地図を取り出してみた。そこには、昨夜訪れた温泉宿の名が、いつの間にか消え去っていた。地図全体がぼんやりとした白い霧に包まれているかのようで、夢の名残を彷彿とさせた。
その日、瑠璃は普段通り和菓子屋での仕事を再開した。だが、心のどこかに確かな変化を感じていた。職場の仲間たちに夢見温泉のことを話しても、誰もその名前を知らないと言う。不思議なことに、彼女自身も夢の詳細をすっかり忘れてしまっていた。
それでも、瑠璃の中には確かな温もりが残っていた。彼女はその感覚を頼りに、和菓子を作るときに新しい色を使うようになった。淡い青紫の羊羹や、霧のようなグラデーションの上生菓子。いつしかそれは評判を呼び、店の人気商品となった。
ある日、瑠璃は新作の菓子を仕上げながら、ふと微笑んだ。「あの夢の中で見た色だわ」
そう思うと、どこか満たされた気持ちになった。夢見温泉の記憶は次第に霞んでいったが、瑠璃の心には確かに「色」が宿っていた。そして、それは彼女が作る和菓子の一つひとつに表れていた。
夢と現実の狭間で見つけた、温かな色彩。瑠璃はそれをそっと胸に抱きしめながら、今日も店先でお客に微笑みかけたのだった。
おわり
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よろつよ
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