「花束みたいな時間」 下
1分小説
この物語は2章構成になっています!
第2章:取り戻した時間
次の土曜日、午後3時。瑠璃は意を決して、彼に話しかけることに決めた。店内にはいつもの常連客が数人いたが、彼が現れると、周囲の喧騒が急に静まり返る。瑠璃は緊張を押し隠し、彼の方に歩み寄った。
「お客様、いつもこの時間にお越しですが…その花束は何のために?」瑠璃の声は震えていた。彼は一瞬だけこちらを見つめた後、小さく笑った。その笑いには、底知れぬ悲しみと何か危険なものが混じっていた。
「これは、あの時の時間を再現するためのものなんだ」と彼は呟いた。
瑠璃は理解できなかった。だが、彼の言葉に続く恐ろしい真実が、彼女を凍りつかせた。「10年前、ここで…君がいなかった時間をね」
その瞬間、店内の時計がまた止まった。だが今回は、それだけではなかった。周りのすべてが静止し、まるで空気が重く押し寄せるかのような圧迫感が襲ってきた。瑠璃の心臓が激しく鼓動を打ち、彼女の頭に閃光のような映像が飛び込んできた。
10年前の店。彼はそこにいた。和菓子を選ぶ若い女性、その手に白い花束が握られていた。しかし、次の瞬間、彼女の姿は消え、店内に残されたのは無残な死体だけ。花束は彼女の胸元に置かれ、犯人は誰にも見つかることなく姿を消した。彼が今持っている花束は、その時の記憶を象徴しているものだった。
「彼女は…消えた。そして時間も一緒に消えたんだ」と男は続けた。「あの時の時間を取り戻すために、俺は毎週ここに来ている。彼女に贈るはずだった花束を持って」
その言葉を聞いた瑠璃は、息ができないほどの恐怖に襲われた。自分が、彼の狂気の中に取り込まれていることを確信した。そして、次に訪れる「その時」――彼が過去の時間を取り戻すための犠牲者として、自分が選ばれていることも。
店内の時間が再び動き出し、彼は静かに店を後にした。その後、彼は二度と姿を現さなかった。しかし、瑠璃の心には、彼が去った瞬間の奇妙な静寂と、時計の針が動き出した瞬間の感覚が、花束のように儚く、そして決して忘れられないものとして残った。
瑠璃はその後も時計が狂い始める時間に怯えながら、何度もその場面を夢に見た。「あの花束みたいな時間」が再び彼女の前に現れるのではないか――その不安が、彼女を静かに追い詰めていた。
おわり
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よろつよ
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