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チャレンジチャンジ

今日は朝4時に起きて
朝ごはん。

今日から5日間
次男あんじが
東京の離島へ
夏休みチャレンジ。

私やひろしが
よく仲間の一人で
日本で1、2を争うトップ企業で
勤めて、めっちゃリッチな生活をして
いた人なんやけど
未来の大人達のためにと
世の中の人が羨むような生活を
さらっとおさらばして
子供達のために
活動をしてる団体が
毎年企画してる夏休みで
東京の離島で
離島の子供達と
交流をしたり
離島の暮らしを
学んだり
島でいろんなチャレンジをする
プロジェクト。

そんなんあるあらしいけど
あんじ行く?って聞いたら
即答で行くと。

去年の冬に
冬休みチャレンジで
新潟のスキー場で
元オリンピックの人と
パラリンピックの選手に
スキーを教わるチャレンジに
参加して
本人的にもすごくええ体験をしたし
他者とでも
安心して心を任せらると知ったんやろう。

あんじは
わたしと前の旦那が別れた時
一歳になったばっかりだった。

ひろしがパパになったのは
5歳。

4年間、一人で仕事も家事も
するとなると
育児は保育園に預けっぱなし。

生きていくために
しょうがなかったけど
あんじの大事な脳がしっかり成長する時期に
いろんな体験を
させてやれなかったし、
声かけもしてやらなかった。

母親失格な時期。

世の中シングルが
多いけど
血筋にこだわらずに
子供には一人だけの大人が
してあげれることって
ほんまに少ない。

中学生になったら
部屋与えて、飯食わせて
お小遣いやってたら
親の存在なんて
不要な時期。

難しいと思うわ。
一番親が必要な時に
親がいっちゃん忙しい。

もう日本全国、保育園足りへん。
預けらてもビルの一室。

シングルじゃなくても
共働き家族も多い。

家族ができたら
家のローンに、車のローン
いろんな保険に入って
固定費を払うために
働いてるみたいねね。

そんなんよう聞きます。

望むならば
子供と一緒におりたい。
思います。

でも難しい、
稼がなめし食わされへんもんね。

でも、やっぱり大事な大事な
時期。

子供ってどんなに元気で生まれてきても
環境で人と拘らず
話しかけられずに育てられると
死んでしまうらしい。

なんぼ病気で生まれてきても
たくさんの人の関わりや声かけ
想いが届いたら
元気になるらしい。

あんじは
発達障害と小学校に
入って検査して言われたけど
これはわつぃのせいだったなと
深く反省してる。

でも、済んでしもたもんは
しょうがない。

過去は、未来の改善のために
ある。

ひろしやすみれが生まれてきてくれた
ことで
子供をただ産んだ母体から
ちゃんとお母さんになっている
気がする。

徳島から出る時に
家族や親戚もいて
家もあるのに
なんで?って言われた。
なんで今更都会へと。

別に都会がええんじゃなくて
人が多く住む大きい街に
子供達を支援してくれる人たちや
子供達のために勉強して
考えて行動してくれる人が
団体が多い。

商売のためにというより
子供達の為に人生を賭けて
こっちにきた。

たまたま、ひろしが神奈川で生まれて
育ってきて彼のコミニティーが
ある中でのこともある。

そのコミニティーの中の
一人が今回の子供達の旅
チャレンジを
企画、引率してくれてる
団体ど代表者やし
さらにもう一人
子供の別の支援団体の代表の
人にもこっちにくる前に
言われてたのが

他者と関わることを
親がサポートしてやること。

家族でもなんでもない他人がいる
コミニティーの中にも
安心して加わったり、関わったり
相談したりできる場所と
どんどん大人になるまでに
増やしていってやること。

大人だって初めての場所や
始めてすることに
ドキドキする。
不安もあるし。

でも、勇気を一回振り絞ったら
なんてことない
ってことを体験させてやる。

体験を繰り返して
失敗もして大人の準備をする。

大人の世界はもっとえぐい。

そんな中へ飛び込んで
自分の世界を今度は
作っていかないとならない。

そういうことを
さんな体験をさせてあげらる。
そんなきっかけを与えてくれる
人たちがここには
いっぱいおると思った。

自然も大事。
ええ空気吸って、ええ水飲んで。

でも、人と関われないのは
人間として勿体無い。

大人になったr忙しい。
大人になったらいろいろ縛られる。

でも子供時代はいろんなことが
できる。
仕事せんでええし、家事も
せんでええ。

徳島時代。
5歳でまだしっかり言葉が出なかった。
小学校へ入ってすぐ行きたくないと
それで、いろいろ調べたら
市ですら支援する環境が整ってない
発達の試験を受けるしか方法がなく
結局学校内の支援学級へ3年間。

友達はできなかった。

こっちきて、4年生2学期から
引っ越してきて
普通級でスタート。

一年たって5年生になった今。

友達もできて
学校から帰ってきて
友達と遊んでくる〜。
って、いろんな子供たちと
遊んでる。

あのあんじが。。。

最近、またバスケットに熱が
入り
バスケ部に入りたいと言いだして
数ヶ月。

おれ、キャプテンになりたい
もっと上手になりたいと
家の中でも外でも
暇さえあればボールついてる。

あのすぐにちょっと頭痛いとか
足が痛いとか言うて
なんでも続かんかったあんじが。。。

学校も部活も
私らはいない。

自分の世界。
自分から勇気を出して踏み込んだ。
そして、うまく仲間として
認知されたのが
彼の自信に繋がったんやな〜。

こっちきてよかったと
心から思う。

わたしはどうにでもなるけど
子供たちが
なんぼ私らの子供を想って
行動したことでも
こっちの生活が嫌だったり
合わなかったどうしようと
心配したけどね。

ほんまによかった。
結果オーライってやつ。

おちづは母体から
母ちゃんになって
自分よりもなによりも
子供達の体験のために
稼いで、注ぎ込んで
サポートしたいと
思えるようになった。

母体の時は
自分の時間もっと欲しい。
って思ってイライラしてた。

でも、子供産んで20年。
3人目できて
思うこと。

子供達の元気と笑顔さえ
あれば
お金も家もなんもいらん。
今はそない思います。

そしてなによりも
子供達の成長を
一番にサポートしてくれて
一緒に成長を喜びあえる
パートナーひろしが
いたらもう
それだけでええです。

母親、父親なんて
いきなりなれるもんちゃう。

失敗してして
後悔してして
反省してして。

それでも親やらせてもろて
幸せなことやな〜〜。

親だけで育てられへん。

みんなで育てる。
いろんなかああちゃん、いろんな
父ちゃんが、
いろんな子供たちが好きな
子供達の可能性を信じてる
大人たちが
近所のおっさんおばさんが
声かけてくれる環境を
子供時代過ごしてくかどうか
全然ちゃうと思う、心の育ち方が。

一人でなんて育て上げれるなんて
大間違いやね。

私は親です!!なんて
おごったらあかん。

甘えたらええ。
頼ったらええ。

意外とみんな受け止めてくれる。

20年子育てして
感じた。

全然知らん人に
ちょっとだけ子供預けられても
みといてあげるから
ちょっと一人で
深呼吸しといでどっかにって
言うてあげれるもんね。


まだまだあかんたれの
あんじやけど
夏休みチャレンジ。

なにか親には与えられん
なにかピコーンって
気づき得て欲しいな〜〜。

他者からの愛を感じて
満たされて無事帰ってきて欲しい。

台風も心配してたけど
うまいこと反対側にそれてくれて
お天道様も応援してくれてるっちゅう
ことやね〜〜。

今年は徳島に帰られへんかったけど
そういうことやったんな。

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