数年前のこの時期である、私がこの家に越して来たのは。築うん十年の古い家で、流しの上の木の戸棚は湿り、淀み、置いたものは腐敗する。扉は重く嘶き、襖はただでさえ狭い部屋を仕切り圧迫感を与える。そういう家だった。

 数年経った我が家は未だに古い。夏は暑く冬は寒いし、凡そ快適とは言えない。しかし、あの頃の暗さは不思議と何処にもなかった。物は増えたが寧ろ広々としているし、人が居る分埃も増えるが空気は清々しい。


 人が居ない家はすぐ駄目になると聞く。人の居る家は人と共に生き、呼吸をするのだろう。私は家に誰がいずとも「いってきます」と「ただいま」を言う。それは家人に投げかける言葉であると共に、家に対する挨拶なのだ。

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