見出し画像

第27章 アドマイアべガ

-「あの輝く星に・・・私は誓ったの。たとえひとりでも勝ってみせるって」
・・・亡き双子の妹の身代わりとなって走ると心に決めたウマ娘-

 
●実在馬
 
サラブレット オス 鹿毛
1996年3月12日 - 2004年10月29日
 
北海道早来町に生まれました。
父は歴史的種牡馬サンデーサイレンス。母は牝馬2冠を達成したベガという超良血でした。
生まれる前に二卵性双生児であることがわかり、片方を「つぶして」生き残った方がアドマイヤベガです。
テイエムオペラオーとナリタトップロードの同期。
皐月賞では1番人気でしたが、体調不良で6着に敗れます。
しかし体調を戻して出走した日本ダービーでは、テイエムオペラオーとナリタトップロードまとめて差し切って優勝。
しかし菊花賞ではナリタトップロードの勝利に対して6着に終わります。
生まれつき左前脚が曲がっていましたが、状態が悪化し、しばらく治療に専念します。
翌年の宝塚記念での復帰をめざしていましたが、調教中に左前脚繋靭帯炎を発症し、即日引退が決定します。
種牡馬となって数百頭の種付けをしましたが、8歳の時、偶発性胃破裂で死去しました。
通算成績:8戦4勝。2着1回。
主戦騎手は武豊であり、日本ダービー制覇は、前年のスペシャルウィークに引き続いてのものでした。
 
ゲームの声:佐々木瞳
 
*****
 
前からみると肩までの髪(自分で切っているそうです)、後ろ髪は長く、ひもで結わえています。
長い耳。
勝負服は紺色で身を固めています。
物憂げな表情をしていて、悲愴感のようなものも感じられます。
いつも夜空をあおぎ見ています。天体観測が好きで、プラネタリウムにも通います。
人に自分の心の内をのぞかれるのをひどく嫌がります。
夜遅くまで練習していていますが、何か思いつめたものを感じます。
身を削ることへの覚悟。

「もし『あなた』がいたらこんなふうだった?」

*******

母は大活躍した名ウマ娘。
少女だった彼女に、ある時、知り合いから「ポニーカップに出たら」と誘いを受けます。
「出たい!」
無口だった彼女は、別人のように返事をします。
走ることの気持ちよさ。嬉しくて涙が止まらない。
でも、同時に寂しくて悲しいとも感じてしまったのでした。
幼い彼女に母は打ち明けます。
「あなたにはほんとうは双子の妹がいた。でも生まれて来ることはできなかった」と。

*******

「待たせてごめんね。もうすぐだから。『あなた』に勝利を捧げます」

妹が私を走らせてる。
きっと走って勝ちたかったのよね。
それなら、私が全部かなえてあげる。

「私は、『あの子』に栄光を捧げ続けるために生きている」

ひょっとしたら、死んだのは私の方かもしれない。
妹は私の身代わりに死んだのだ。

*****

そうした彼女の姿を見た新人トレーナーは、何をしてあげられるのかわからない。
スカウトも、今は受ける気がないというのです。
新人トレーナーは言います。

「君をひとりのままにしたくはなかった」

私がひとりで背負うべきことです。
でも、このままでは、トゥインクルシリーズに出られないから、あなたということにしておきます。

「君がひとりで生きたいというのならそれでもいい。勝手について行って、勝手に支えるから」

******

「楽しい? お姉ちゃん」

という声がきこえます。

*****

ルームメイトは、ウマスタグラマーとして圧倒的な人気を持つカレンチャン。
彼女の、寝物語をしてというおねだりを、アドマイヤベガはウザく思いつつも、結局は受け入れます。

*****

同期にはテイエムオペラオーとナリタトップロードがいます。
アドマイヤベガは、雑誌の人気調査では一番。
しかし、相まみえた皐月賞では、体重が15キロ減っていて、敗れます。
日本ダービーで3人は再び対戦します。
アドマイヤベガは、テイエムオペラオーのことを、「あのふざけた王様」と呼びます。

*****

物語は、3人がしのぎを削る、ライバル熱血物語になります。
ところが・・・夏合宿の新月の晩、彼女は突然気づいてしまいます。
いつの間にか、妹のことを忘れていたことに。
オペラオーは、

「グリム・リーパーの影だ」

といいます。
グリム・リーパーとは、英語で「死神」のこと。

「私は使命を忘れ、罪過を忘れた。私がなぜ生かされているのかを忘れ、満足のために我欲の中に。悦楽のために。『私自身』なんかのために」

ごめんなさい。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

という声がきこえます。

*****

菊花賞の時を迎えます。

アドマイヤベガは、38回目の夢をみる。
さかさまの病室。うらおもて。光と影。背中あわせで。
妹の声がします。

どちらでもよかったもの。
どちらでもあり得たもの。
生き残るのは。
生きていくのは。
自由に大地を駆け回るのは。
それなら私でもよかったのよね? お姉ちゃん。

レースで勝利している妹の姿。それはアドマイヤベガと、うり二つでした。

*****

どうして償(つぐな)ってくれないの?
ねえ、ちゃんと使わないなら、全部返してよ。
身体も、脚も、心も、魂も、命も、
全部全部全部全部、私に返してよ。
それができないというのなら、
せめて私と同じところまで、堕(お)ちて来てよ。

*****

アドマイヤベガの左脚に、激痛が走る。

*****

トレーナーは気づきます。

夏合宿が終わってから、アドマイヤベガの様子がおかしい。
よく眠れていないのか、顔色が悪く、思いつめたような。
皐月賞や日本ダービーで持っていたような、燃えるような心を見失っている。

*****

オペラオーは言います。

「それほどまでに闇のにおいがあまりに濃い・・・とはいえ、彼女の放つモノが、あまりに眩(まばゆ)いことには違いはない」

*****

菊花賞は惨敗。

トレーナーは、長い休養をとるべきだと感じます。
彼女が「目標」を果たし続けるためにも。

ところが、その晩から彼女は猛練習を再開します。

追い込まないと。削らないと。
もっと、もっと、限界まで。
私を使い果たすまで。

*****

心配になったナリタトップロードが声をかけます。

皐月賞でも、日本ダービーでも、菊花賞でも、同期として一緒に走ってきたじゃないですか!
お願いだから、今日はもう寮に戻って休んでください。

「やめて! いい加減にして!
あなたは眩(まぶ)しいから。だから来ないで。
これ以上私を照らさないで。
だって、そうしないと、見えなくなってしまう。『あの子』と語り合えなくなる」

妹の声。

お姉ちゃん、あなたがそうしたいのなら、罰としてちょうどいい。
きちんと栄光を捧げられなくって、罪をつぐない切れなかったぶんの罰としては。

*****
トレーナーが駆け寄ります。

やり過ぎだ、アヤベ。

「トレーナーの管轄時間外よ。自由時間に何をやろうと勝手でしょ?
あなたは『勝手について来る』はずでしょ?」

君の目標を果たすことは大事だ。
それと同じくらい君自身のことも大事だ。

*****

・・・もっと続きのストーリーまで書きたい筆者ですが、もう、これ以上、皆さんの楽しみを奪いたくないので、このへんまで。

*****

身近な愛する人が死んだ時、自分がその人を「殺した」という罪意識を持つことが少なくない。

そのことへの「つぐない」として、自分の身を粉にして、まるで自分の身を犠牲にしなければならないかのように生き急ぐ場合がある。

そして「自分自身の」人生を見失う。

しかし、死者が望んでいたのは、そんなことではないはずだ。

遺(のこ)した人が自分自身の人生を生きていくことを望んでいたはずだ。

あの世で望んでいるはずだ。

いつか、あの世に旅立った時、再び出会えたふたりは、共に喜び合うだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?