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媚肉の香り(感想)_毒婦は正体を隠すから騙されるということ

『媚肉の香り~ネトリネトラレヤリヤラレ~』はelfから2008年発売の美少女ゲームで、シナリオは土天冥海、原画は市川小紗。
終盤に凌辱シーンがあるものの下品な作品タイトルからは想像し難いほどの、不器用な男女の恋愛が話しのメインと思われ、静かな感動もある作品だった。
以下はネタバレ含む感想などを。

複雑な人間関係の三澤家

季節は夏、大学生の拓也と由紀は付き合いはじめてまだ3ヶ月で、二人には卒業旅行の資金を貯めるという目標があった。
拓也のバイトは由紀が紹介してくれた三澤家の家庭教師となり、その乙葉が志望校のランクを上げたいとのことで、夏の間は家庭教師のバイトを通いではなく住み込みで引き受けることになる。

三澤家は3階建ての豪邸で2家族が同居しており、主の松太郎は一代で財産を築き上げた豪快な男だが性格は我がまま。自分の思う通りに物事が進まないとすぐに不機嫌になる。
妻の香織はお三澤家のお手伝いとして働いていたが松太郎に気に入られて後妻の座に収まった。拓也が勉強を教える乙葉は先妻の娘で、その豪邸には先妻の妹家族となる3人も一緒に住んでいる。

バイト代は破格で依頼者の香織は色気を漂わせる若妻。拓也に優しく接してくれるし、乙葉は素直でスレていないお嬢様といった感じで勉強も教えやすいから拓也はこのバイトを気に入っていた。

しかし、拓也にあてがわれた部屋はかつて先妻の使用していた部屋となるが、壁の穴からは隣の部屋にいる香織の着替えを覗き見出来たり、先妻の妹である律子はいちいち拓也にキツイ言葉を投げかけ、その子どもである沙耶と隆司の接し方も感じが悪い。

先妻の死因は明かされず、三澤家の複雑で違和感だらけの人間関係にはなんとも言えない不穏な雰囲気があって、序盤は先の読めない展開が読めない。

やがて律子が襲われ、さらには松太郎まで襲われたりと三澤家に複数の犠牲者が出るも犯人は分からないまま。
警察の取り調べを受けた後、終盤で一気に種明かしをされるのだが、それまで疑問だった謎が一気に解決する展開には爽快感があった。
そうして三澤家の裏側が詳らかになると、プレイ途中まで感じていた香織、沙耶、律子、由紀らに対する印象がガラリとひっくり返るのがユニーク。

数々のハニートラップを仕掛けてくる毒婦

本作のヒロインは、香織、沙耶、乙葉の3人となるが、その魅力はやはり香織と沙耶の二人が抜きん出ている。

序盤では温和で優しい性格の香織が律子に虐げられていたり、覗き穴から見える松太郎との夜の営みでの悲しげな表情であったりと、プレイヤーが香織に対して同情的になる演出がなされていて、律子の忠告の意味や香織の行動がヤラセであることすら気付きづらい。

シナリオを進めるためにはいくつかの選択肢を選ぶことになり、選択肢を誤ると理由も分からず家庭教師を解雇されたり、または刑務所へ放り込まれたりと直ぐにバッド・エンドに辿り着いてしまう。
しかし香織視点で進行する「媚肉の香織」ルートをプレイすると、香織の描いたシナリオの通りに拓也が行動しなかったり、香織の策に嵌まることがバッド・エンドの原因だったと腑に落ちる仕組みになっている。

つまり、本作は通常ルートと香織視点の2つで種明かしがされていて、プレイ途中に想像していた展開との答え合わせをしているような楽しみもある。
ちなみに、香織視点での「媚肉の香織」ルートでは香織が由紀を追い込む時のドスのきいた声の凄みもあって、そのあからさまな二面性に苦笑するしかないのだが、ギャップの大きさを知るとますます香織が魅力的に見える。

改めて香織の怖さとその魅力を考えてみる。
幼少期に両親から愛されなかったという同情すべきエピソードは語られるも、身勝手な性格の香織は罪を暴かれて改心する兆しなど1mmも無く、むしろ開き直って最後まで悪役として終える潔さがあった。(だからこそ他人を思いやれる性格の拓也とハッピーエンドになることは無いのだが)
一応、松太郎の死後に拓也と香織が三澤邸で暮らすエンドはあるものの、拓也は香織に掌で転がされていることに気づかず、自ら生命保険に契約して肥満体で若死にしているのだからハッピーエンドとは言い難く、むしろ香織の腹黒さが際立つ。

悪事の片棒を担いだ由紀には別途、番外編が設けられており、由紀も香織の被害者だったことが強調される。だがしかし人間不信で金銭に対して重きを置く不器用さを持つ香織の方が断然興味深い。
だいたい好きでもない松太郎に対して家政婦として6年、妻として3年も奉仕し続ける忍耐力と計画性、そして臨機応変に機転を利かせて拓也を陥れようとする行動力には感服するしかない。
そうして、あらゆる男を魅惑してきた自らの色香を「媚肉」と、聞いたことも無い造語で例えて自画自賛しているのは、もはやお茶目だと思う。

拓也と沙耶、お互いへの気遣い

序盤は影が薄く登場機会の少ない沙耶は、稀に登場しても理屈っぽくてとっつきにくい印象だが、乙葉が熱を出して看病をするタイミングでその印象がガラリと変わる。

女の価値は男が決めるのだから「男へ媚びない女のどこに価値があるのよ」と女性蔑視に正面から反発する言動は、肉体を武器にして男へ媚び、篭絡する香織と対照的だ。

沙耶がキスやセックスはおろか恋愛すら嫌悪していたのは、本来は知的で凛とした母の律子が恋愛感情によって冷静さを欠いていることが大きく影響しているが、律子の恋愛対象が身勝手な性格で女を見下して利用する松太郎だから然もありなんといった感じ。

しかし拓也の素直な性格や、他人を思いやる優しさに接するうちに徐々に沙耶の態度が軟化していくことになり、深夜の2度のキスシーンはとても密やかで美しく、感動的ですらある。
口の達者な沙耶のことだから、言葉では突き放すようなことを言うのだが、それでも拓也のキスを拒まない矛盾には、徐々に拓也へ惹かれていくことへの戸惑いや照れ隠しがあったのかもしれない。

また、言い方はキツイものの沙耶による独特な言葉選びも良かった。
警察による取り調べで疲弊してた拓也が思わず泣き出した際、出した料理について「…少し辛かった?」と訊きながら、「わざとそうしたの」とさりげなく言うシーンでは、”男が人前で涙を流しても構わない”等と直接的に言うのではなく、見栄っ張りな拓也のプライドを気遣いする優しさがある。

さらに香織と由紀が、複数の男たちに監禁されたシーンでは、拓也が土下座しながら沙耶を引き合いにしたことに対して「…今までで一番カッコ良かったわ、あんたの土下座」と拓也を労う。
土下座を褒めるというのもかなり歪な愛の告白だが、これは身の危険を感じるような修羅場であっても沙耶への気遣いを忘れなかった拓也への最高の愛情表現だろう。

全体を通して振り返ってみると、下衆なタイトルで敬遠してしまうには惜しいほどシナリオが良くてプレイ後の充足感があった。
欠点として3Dマップ移動の面倒さはあるが、家の間取りを想像しやすいから本当に三澤家に居るような気持ちになれる。
さらに移動していると思わぬ場所で昭彦や松太郎にエンカウントする驚きも、一瞬だが初期ウィザードリィ作品を思い起こさせて楽しい。
凌辱シーンがやたら長く、沙耶や乙葉まで巻き込まれる救いようの無さにはエグいものがあるが、だからこそ沙耶と結ばれる結末が際立つと考えたらギリギリだが許容もできる。

余談だが、毒婦というワードから近年では木嶋佳苗、上田美由紀などが思い浮かび、後妻業では筧千佐子なんて人もいる。ルックスは嗜好によ依るところもあるので言い切りづらいところだが、3人とも本作の香織のように大多数の人間が美人と認める容姿をしていないと思われる。
ここから推察するに、ルックスだけでは男を手玉に取るようなのか否かを判断出来ず『気付いたらこういう女性にどっぷりと依存してしまっていた』となっているのが現実の怖いところだと思う。


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