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なついろレシピ(感想)_自然豊かな過疎の村で食にこだわるラブコメ

『なついろレシピ』はPULLTOP Airによる2015年発売のADVゲーム。
面識の無かった若い男女が腹違いの兄弟として、自然豊かな村で一緒に暮らし始めるのだが、本当は二人の血は繋がっておらず、兄の岳史は血の繋がりの無い事実にすぐ気付くが、兄弟としての暮らすことを選択する。
以下はネタバレ含む感想などを。ただしメインヒロイン以外のストーリーには特に触れない。

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閉ざされた田舎の村で暮すということ

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白珠村には美しい自然が豊かに残っているが、コンビニが無いほどの田舎の村。店は少なく街灯がないために夜道は暗くて慣れないと歩くことも危ない。
公共交通機関は遠くまで行かないと乗れず、隔離された狭いコミュニティ内での濃密な人間関係がある。
だから噂がものすごい早さで一人歩きしたり、新参者へ辛く当たったり、因習にこだわる頑固な老人がいたりと、田舎ならではの負の側面もある。

主人公の岳史の性格は無口で真面目な性格で凝り性、顔は怖いが他人を思いやれる優しさを持っている。
大学を卒業し東京で暮らしていたが、内定の出ていた会社が倒産してしまう。親しい友や都会へのこだわりは無いので、腹違いの妹だと言う柚の申し出を受け入れて白珠村の生活にすんなりと馴染んでいく。

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メインヒロインの柚は不器用で頑固な性格。母親と二人東京で暮らしてきたが、母を亡くしてからは親戚をたらい回しにされ、やっとのことで祖母のいる白珠村へやって来た。そこで友達も出来てやっと馴染んできたと思った矢先に祖母が亡くなってしまい、仕方なく手紙を出して岳史を頼ることに。

しかし、柚は不幸な生き方をしてきたため「この世界は悪い方へしか変わっていかない」と、捻くれた性格になってしまっている。
柚のこういう極端に不器用で、知識が偏っていたり思い込みの激しいところは、美少女ゲームにありがちな「頭の弱いヒロイン」を思わせて、鼻につくところはあるのだが、岳史と柚が自らの気持ちを見つめ直し、悩んだ末に一緒に暮らすまでの感情の起伏の描写はなかなか良くできている。

兄であることを受け入れた岳史、兄妹でいることに満足しない柚

二人の出会いのシーン、岳史は家の前にたたずむ柚の外見について「可愛らしい娘」と思っている。
そうして岳史は白珠村へ来て早々に柚と血の繋がりの無いことを知るも、柚を孤独にしないため柚を異性の女性として見る気持ちを封じ込めて本当の妹のように扱うことにする。
対して、柚は岳史との兄妹としての暮らしが馴染んできた夏祭りの後に、母の残した手紙によって岳史と血の繋がりの無いことに気付く。しかし血の繋がりの無い事実を知って岳史が去ってしまうのを恐れた柚は、偽りの兄弟としての関係を続けることにする。

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しかし兄妹の関係に満足出来なくなった柚は、一年後の夏祭りで岳史との関係を変えるために事実を打ち明けるも、岳史は異性として見ることを封印したこともあって柚の恋愛感情に気付かず、偽りの兄妹であっても柚のために食堂に残ると言う。
岳史としては、独り残される柚子が生活していくのは不可能だという親切心から出た言葉だったのだが、柚は異性として岳史から見られたかったので二人の気持ちはここですれ違ってしまう。

岳史の役に立てない柚の気持ち

岳史の親切心は柚の立場からすると、不器用で何も出来ない自分自身の生活力の低さが際立った。
片思いの人の足手まといにしかならないことへの不甲斐なさが際立ってしまい、存在意義が薄くなってしまう。
また、本来食堂は祖母がやっていた店であり、血縁でもない岳史を白珠村へ縛りつけておく理由には薄い。
岳史が白珠村へ来たのは柚の勘違いが原因という負い目もあるだろうし、男女の仲になることさえ出来ずに、惨めな気持ちを持ったまま一緒に暮らし続けることに耐えられない柚は頑固な性格も相俟って拗ね始める。

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感情的になった柚は歯止めが効かず、兄妹ごっこを続けてもいずれ終わりが来ると岳史に冷たく当たる。天涯孤独の柚からしたらこの発言の意味は重く、岳史にしてみたら柚から必要とされないのなら白珠村へ残る理由は薄い。
お互いに好意を持っているので、柚から正直に気持ちを打ち明ければ、あっさり終わる話しなのかもしれないが、岳史から受け入れられなかったら本当に出て行ってしまうかもという思いから、柚からは言い出せない。

自分の望みを優先する岳史

岳史のこれまでの人生は父親がほぼ不在で、母親とも若くして死別しているためそれなりの苦労はしていることが想像されるが、性格的に特徴的なのが他人の為に無茶をしてでも尽くすというところ。
しかも親切心によって尽くすのではなく、自己肯定感が低いために自分を大切にしない面があって、これは岳史自身も理解している。
だから、白珠村で食堂の料理人としての役割をこなして他人に必要とされる生活だけで満足していた。そうやって自分の望みを後回しにして生きてきたせいで、一度は封じ込めた柚を異性の女性として見る恋愛感情になかなか気付けない。

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最終的には疎遠だった父親からの手紙に後押しされる形で、柚に対する自分の正直な気持ちを優先させ、やっとことで二人は偽りの兄妹の関係から抜け出すことになるのだが、このあたりのくっつきそうで、なかなかくっつかないじれったいやり取りが長々と続く心情の変化が丁寧に描かれており好感が持てる。
告白して受けれて貰えない場合、やっと手に入れた日常を手放すことへの恐れがあるから自分の気持ちを優先させることが出来ない。そういう二人の気持ちがよく伝わってくる。

閉鎖的な村社会で食の持つ力

少し横道に逸れる。
かつてフランスはナポレオン戦争の代償を求められて、オーストリアやプロイセンと対峙したウィーン会議で、アントナン・カレームという天才料理人のつくり出す美食によって、敗戦国であるにも関わらず自分たちのペースに持ち込むことが出来たという。
各国の外交官は国の代表として会議へ挑んでいるわけで、饗応にあずかったからといって敗戦国に寄り添ってはいけないはずなのだが、美食はそれほどに人を惑わし、関係性を構築するのに有効な手段だった。

この『なついろレシピ』では、男女の仲を取り持ったり、閉鎖的な村人たちと打ち解けるために「食」がついてまわってくる。
日常を描く美少女ゲームとしては珍しく食についての描写が丁寧で、食材を調達し、調理して食べるところまでが描写されていたり、料理のバリエーションも充実していたりする。
饗宴と呼ばれるようなコース料理が出てくるわけでは無いのだが、男女の仲や閉鎖的な村にあって人々の関係性を取り持つツールとして「食」に重点を置いたのが良かった。

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