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2020年のダウンテンポ/アンビエント・ミュージック_感想

2020年も残り1ヶ月を切り、振り返ってみると今年は在宅の時間が多かったせいか、ダウンテンポやアンビエント・ミュージックと括られるジャンルの音楽を聴く機会が多かったのでいくつかの盤の感想をまとめておく。

選定ポイントとしては読書や作業の邪魔をしないというのと、街歩きに適した音楽となる。アンビエント・ミュージックって音の密度やリズムが希薄な楽曲が多いため、外で聴くと音楽そのものだけで完結しないと思っていて、街歩きしながら聴くと視覚と街の音と音楽が溶け込んでしまって自分の存在感が希薄になってしまうことがあると考えていて、そういう楽しみ方に適したものも選んでみた。
また、古いものを挙げていくとキリが無くなるので2020年に発表されているものに限定し、耳に衝撃を与えるような刺激の強いノイズ系を聴きたい人にはおすすめしない。

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Nordhem/Henrik Lindstrand

TVや映画音楽なども手掛けるスウェーデン出身のアーティスト、Henrik Lindstrandによるアルバム。
ピアノを中心としたポストクラシックで、全体的にメランコリックだがどの楽曲も温かみがあって優しい。とても穏やかな気持にさせられる音楽は、音数は少なくこもったような音なのだがキレイな音響のために音質は良いために空間的な拡がりを感じることができる。
『Leken』(2017年)、『Nattresan (2019)』からつながる3部作の3作目とのこと。


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Galerie/Perko

Posh Isolationレーベルから、コペンハーゲンを拠点にするPerkoによる8曲入りのアルバム。
シンセサイザーの音色に混ざってフィールドレコーディングされた鳥の鳴き声や水が混ざっていて厳かな空気をまとっているため瞑想に良さそう。
音の揺らぎのせいかちょっと不安な気持ちになるのだが、夕焼け(朝焼けかも)の静かな水面に1艘の船が浮かぶカバーのせいか、深い水の中へ沈み込んでいくような感覚にとらわれる。包み込まれるように重力の感覚を奪われていくような静かなアルバム。カセットテープでも販売されているのだけど、こういう音楽をいまどきテープで聴くのも、さぞ味わい深いだろうね。
レコードもそうだけど、アナログの音楽メディアにはなんともいえない温かみがあるのでこういう音楽いんはピタッリだと思う。

ちなみに、このPerkoの過去作品はドラムンベースや2ステップで浮遊感のある質感は一緒で、リズムがそんなに激しくも無いため聴きやすい。


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Tripping with Nils Frahm/Nils Frahm

Erased Tapesレーベルから2018年にベルリンで録音されたライブアルバムで、ドイツのハンブルク出身のアーティストNils Frahmによる作品。
Keith Jarrett George Winstonに影響を受けたピアノ作品が美しい人なのだけど本作でのピアノの音はほんの少しだけ。
生楽器だけでなく電子楽器(Roland Juno-60、SH 2、Moog Taurus)やテープディレイをつかっているため、実験的な音楽のようでもあって、陶酔感をもつ曲もあるが多少憂鬱な空気もまとっているせいか楽曲は上品。ライブ演奏とは思えないほど緻密。


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CZ-5000 Sounds & Sequences Vol. II

1990年代から活躍する双子の日本人ユニット、SATOSHI & MAKOTOによるアルバムで、アムステルダムのレーベルSafe Tripから発売。
素朴で優しく浮遊感のある楽曲が多くて、聴いていて心地よい気分になれる。リズムの音色もドラムマシンのようなタイトものではなく合成された音色のため、耳の感じ方が全体的に丸い。
どことなくスペイシーな空気があるのだが、現在的な宇宙ではなくてどこか懐かしい80年代的な印象があると思っていたら、アルバム・タイトルにあるCZ-5000というのは1985年にカシオから発売されたシンセサイザーのこと。アルバムを通してひとつのシンセサイザーが使われているために、音のまとまりと個性がある。
CZ-5000は、8トラックのシーケンサーを内蔵し16音ポリフォニックのデジタルシンセ(1985年当時、¥198,000で発売)となり、メーカーはG-Shockや計算機のカシオだ。RolandやYAMAHAではないというのが渋い。


画像5Florian Ross: Architexture/Music for Jazz Quartet and Wind Ensemble

レーベルはNaxosで、クラシックを発売するようなレーベルだと思う。(そのせいかYouTube MusicやSpotifyで探しても視聴出来るサイトが見つからない)

サックス、ピアノ、ベース、ドラムのカルテットによる耳馴染みのいい休日に寛ぐときに最適なジャズといった印象。こういうのは下手するとスーパーマーケットで流れるインストナンバーのような感じになってしまうのだけど、豪華なロココ調の装飾から、米国郊外のガレージハウス、ガウディ、ニーマイヤーなど、アーキテクスチャーをテーマにしているせいか、キレイにまとまっていて、ダサくはないと思う。また音質の良さもあってとても上品で耳に優しい。ポジティブで前向きな印象の曲が多い。


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hazel/Dukes of Chutney

Beats In Spaceレーベルから、L.A.の3人組によるダブ、エレクトロニカといったジャンルの音楽でこれがデビューアルバムとなる。
PETRAによるウィスパーな女性ボーカルと、パッド系のシンセサウンドで、ゆったりとした時間が流れる。リズムはワールドミュージックのような感覚も混ざっておりまさしくカバー写真のように草原で寝転びたくなるような音がひたすら穏やか。
紹介記事にはサニー・サーフ・バレアリック・ロックとあり、確かに西海岸の音楽特有の緩やかな空気感が漂っている。

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Transmissions/Global communication

Global Communicationは、Middleton & Mark Pritchardによるユニットで、このアルバムは以下3枚が組み合わさって、2020年にリマスタリングして再発売されたもの。

Chapterhouseの2ndアルバム『Blood Music』を再構築した『Pentamerous Metamorphosis』(1993年)
・唯一のオリジナル・アルバム『76:14』(1994年)
・レア楽曲集『Transmission』

デトロイト・テクノからビートを除いたかのような宇宙を感じさせる無重力感は、確実に睡魔に拉致られていつも最後まで聴けた試しがない。『76:14』の曲名が楽曲の長さになっていてもはや曲名が記号と化しているあたりからアーティストの真面目さが感じられる。全体的に暗い雰囲気で今回紹介するアルバムの中で最も暗く気軽さはない。
また、テックハウスとなるがアルバム終盤に収録されているThe Way (Secret Ingredients Mix)の反復する声が耳に張り付いて離れない名曲。

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There Is Love In You (Expanded Edition)/Four Tet

Kieran Hebdenのユニット、Four Tetによる2009年作品を自身のレーベルText Recordsから2020年にリイシューしたエレクトロニカ作品。
ダウンテンポの4つ打ちと、切り貼りされた音の粒がマッチしてダンスフロアでも使えそうな曲が多い。1曲目のAngel Echoesからしてサンプリングされた女性の声と逆再生されたような音がサイケデリックに混ざり合って反復する陶酔感が心地よい。
Expanded Editionということで、リミックスも収録されている。

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Figures/Aksak Maboul

ダウンテンポというよりワールドミュージックやといった感じだが、少し実験的でとらえどころがない。(雰囲気としてはStereolabが近いか)しかし全般的にポップで聴きやすく不思議なバランス感覚のアルバム。3枚めのアルバムとのことだが、前作『Un Peu De L'Âme Des Bandits』(1980年)から40年ぶりとのこと。ベルギーのレーベルCrammed Discsから発売。

アルバム最後に収録されているTout a une finが素晴らしく、オリジナルは8分以上の長さの曲なのだけど、後半になるにしたがって混沌としてくる展開が良い。平日の午前中にこの曲がNHK-FMで流れてきて、あまりにも良かったので2枚組のCDを購入してしまった。


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L'sonnet, Vol. I/Causeyoufair

少しこもった音色にリバーブをきかせた繊細なパッド系の音がひたすら流れる。しかしアルバムを通して曲にあまり変化が無い。悪くいえば単調だがそれ故に眠れる。しかもこのアルバム、似たようなカバーイラストのVol. IIもあるのだが、やっぱり同じような曲のみが収録されている。
トルコのイスタンブールに住むYigitDemirelによるユニットということで少しエキゾチックな印象も。

明るくとろけるようなイラストのカバーだが、少し暗い音色で、喪失感というか悲しみを感じさせてくれる。


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Virtual Dreams: Ambient Explorations In The House & Techno Age 1993-1997

アムステルダムのレーベルMusic From Memoryから、90年代の楽曲をあつめたコンピレーションが2020年末に発売。
MLO(現SeahawksJon Tye)、Global CommunicationMark PritchardによるユニットPulushaなど、90年代なのでアナログシンセやハードウェアサンプラーの音色も混ざっていると思われるが、昔の機材によって丁寧につくり込まれたに心地よい電子音が奏でられている。
SideralによるMare Nostrum ではRoland TB-303と思われるレゾナンスの効いたベースラインが聴けるのだけど、こういう粘っこいダウンテンポにやたらと合って緩やかなグルーヴ感もあってよい。20年以上前の楽曲なのでプリミティブだが、現代の空気感と不思議とマッチしていると思う。


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Midnight Fairytales/Valotihkuu & Dynastor

検索しても情報がほとんどヒットしないのだが、おそらくロシア人のユニット。虫の鳴き声や水の流れる音などの自然の音と電子音楽を織り込んだ丁寧なつくりの音楽。神秘的で厳かな雰囲気を纏っていて、アルバムタイトル通り妖精が出てきそうなエレクトロニカ作品。早朝や深夜に仄暗い場所で聴きたい。


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Pacific Northwest/Kyle Preston

シアトル出身でクラシック音楽を作曲し、ピアニストでもあるKyle Prestonによるアンビエント・ミュージック。
天文学と天体物理学のバックグラウンドを持つ作品は、科学的実在論に基づいているらしいが、ちょっと私にはよくわからない。
空間の拡がりを感じさせる女性の声の響きからは厳かな雰囲気が漂っていて神々しさは感じる。


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個人的な体感では、2020年はアンビエント・ミュージックが豊作アンビエント・ミュージックというと、私の場合KLF、Orb、Ash Ra Tempel、múm、Caribou(元Manitoba)、März、Aphex Twinなど、比較的古い音楽を聴いてきたのだけど、それらと比較してもここ1年くらいで良い楽曲がたくさん出てきたという印象がある。それにはいくつか条件が重なっていると思っていて

[制作側]
・在宅ワークを邪魔しない作業に適した音楽
・外出できないから趣味で楽器を買う人が増えて、楽器が売れている(Rolandが2014年の上場廃止依頼、再上場)
・バンドで集まらなくても、それこそ一人でつくれる
[聴く側]
・閉塞的な空気によって疲れた心を和らげてくれる

風が吹けば桶屋が儲かるじゃないけど、世相を反映しているのではないかと。

楽器を買ったからといって複数人がバンド形式で音楽をやるわけにもいかない(オンラインで複数人が同時演奏する技術は既にあるが、レイテンシーやコミュニケーション効率の問題がある)状況なので、一人で音楽をパッケージ化するには、アンビエント・ミュージックというのは手っ取り早いのだろう。
また、制作側だけではなくて聴く側にも、直接のコミュニケーションを取りづらい現在の状況で「疲れた心を癒やす」需要があるということなのだと思う。しかしこうなると来年あたり反動で激しいのを聴きたくなるのだろうか。

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