二度目の挨拶

「教授、こういうのはどう?」

「ん-いいネ!君らしく悪辣さのかけらもない、児戯のようなイタズラだ!」

「それ褒めてるの?」

「もちろんだとも!私は君の善性を大きく買っているのだから」

「……少なくとも悪事を計画するときにはあまりうれしくない言葉だってことは俺にだってわかるよ」

 藤丸は顔をしかめて見せる。それでもモリアーティの顔はやさしい笑みをたたえたままだった。今、彼らは藤丸の自室で、悪だくみの真っ最中である。


 人類最後のマスター、藤丸立香によりカルデアにおいて召喚された最初のサーヴァント。それが、新宿のアーチャーだった。マスターにすら真名を封印するという謎のサーヴァントではあったが、協力的な彼とともに、藤丸立香は7つの特異点を修復していった。

 そしてついに、藤丸と新宿のアーチャー、マシュ・キリエライト。彼らとカルデア所長代理たるドクター・ロマン、技術顧問レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする人員の尽力によって、人類史上最大の殺人事件の首謀者、魔術王ゲーティアは打倒されたのだった。のだが。


 魔術王が打倒されたのちに観測された4つの亜種特異点。そのうちの一つである新宿。そこで初めて、「新宿」のアーチャーは、同行を拒否した。

「私は、新宿にマスター君とともに赴くことはできない」

「どうして?」

「……新宿から帰ってきたらわかるサ」

「無事に帰ってこれるかどうかわからないし、今教えてよ」

「いいや、君は絶対に無事に帰す……ゴホン、帰れるとも」


 そうして結局、理由も聞けぬまま、悲しげな笑みを浮かべるアーチャーに見送られつつ、藤丸は新宿にレイシフトした。そして女装させられたり、頭の上に小惑星を落とされそうになったりしながらも、アーチャーの言葉通りにその自室へと無事帰還したのである。

「……アーチャー、このことを知っていたんだね」

「その通りだ。……黙っていてすまなかった」

「いいんだ。アーチャーは確かに俺を大事に思ってくれていたってことは今までの旅路で身にしみてわかってる」

「私は、私の目的のために一度マスター君の命を危険に晒した。マスター君はこれから先も、そんな私を連れて戦ってくれるだろうか」

「ああ。あたりまえじゃないか……。俺たちは伊達にここまでの時間を過ごしてきたわけじゃないだろ、アーチャー」

「そうか。……ありがとう、マイボーイ。サーヴァント、アーチャー。真名、ジェームズ・モリアーティ。改めて、君の力になることを誓おう」

「よろしくな、モリアーティ」

 藤丸とモリアーティは、真名がわからなかった間のほんのわずかな心の溝を埋めるかの如く、一瞬固く抱擁し、そして離れた。

「ところで、実は俺、モリアーティ教授のファンなんだ」

「ほう…………え?……あのいけ好かない探偵じゃなくて、この私?嬉しいなあ!サインでもどうかネ、観賞用のほかに保存用と布教用と売却用もつけちゃうぞ」

「マスター、考え直したまえ。賢明な君ならわかっているとは思うが、その男はろくなことをしないぞ」

どこから聞いていたのか、その「いけ好かない探偵」ことシャーロック・ホームズが、藤丸の自室に入ってきた。

「ゲッ……シャーロック・ホームズ!」

「やあ、教授に置かれましてはご機嫌麗しゅう」

「気色の悪い物言いをするな!あとそのキラキラ顔面法具をやめろ」

モリアーティは、ホームズの首をかみちぎるかと思われる勢いで食って掛かる。

「はっはっは」

ホームズは満面の笑みを浮かべ、そんなモリアーティを全く意に介さない。

「ホームズ、もちろん俺はホームズのことも大好きだよ。中学では毎日ホームズとワトソンの冒険に胸を躍らせていたんだ」

「いやはや、うれしいことだ。きっとわが友ワトソンも喜んでいるよ」

ホームズは照れ隠しのように右眉をあげた。

「でも、モリアーティ教授もやっぱり、そんなホームズたちの活躍に欠かせない人物なんだ。ホームズも言ってたでしょ。彼が死んでからのロンドンはつまらなくなったって」

「ああ。教授がいなくなってから、ロンドンはあきれるほど平和になってしまった。それは否定できないことだ」

「この人格破綻者め!」

モリアーティが毒づく。

「ふっ、それはお互いさまではないかな。教授」

「つまり、そういうことなんだ。探偵であるホームズの活躍に彩りを与えて、ライヘンバッハで華々しく散っていったその姿。それが、俺にはたまらなくかっこよく思えたんだよ」

「……マスター君、それ、私の負けざまが良かったってこと?」

モリアーティが鼻白んだ。

「ははは、ワトソン君のおかげで君の活躍も後世までしっかりと語られているわけではないからね。無理もないことさ」

「ホームズゥ……」

「まあまあ、それでもモリアーティ教授がかっこよかったのは事実だから」

「マスター君……」

「マスターはヴィランが好き、ということか。さすが、この一癖も二癖もある男とともに人理修復をなしただけのことはあるな」

そういうとホームズは笑いながら退散していった。二人はそんなホームズを見送ると再び向き合った。

「……まあそういうこと。だから、尊敬するモリアーティが召喚に応じてくれていたっていう事実が、俺にはたまらなくうれしかったんだ」

そういうと藤丸は、目を伏せた。

「マスター君?」

「……モリアーティ」

意を決し、顔をあげる。

「俺も、あなたへの尊敬を込めて、『教授』って呼んでも、いいかな……」

声が、しりすぼみになってしまう。

「……マスター君。もちろん、もちろんだとも……」

 そう告げるモリアーティの顔は、いつになく慈愛に満ち溢れていた。とは、ドアの向こうからコッソリと覗いていた探偵の弁である。

「よし、マスター君」

「何?教授…………改めて呼ぶと照れくさいなあ」

「私も立香君と呼ばせてほしい」

「……心臓に悪いなあ」

「ダメかナ……」

露骨にしょんぼりしている様子はまるで叱られた後の仔犬のようであった。とは、盗み聞きが職業病の探偵の弁である。

「……いや、俺としてもうれしいよ。これからもよろしく、教授」

「こちらこそ。立香君」


 こうして改めて親睦を深めた、マスターとサーヴァント。その二人が始めたのが、初めての共同悪事計画、「ホームズにイタズラしよう大作戦」なのだった。しかし、その計画の顛末はまた別の機会に語るとしよう。


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