別れ

 俺と鹿内は、「美しい柳都を守る」という当初の目的の通り、公認探偵としてそれなりに活躍してきた。柳都の中心部から外れたあたり、柳都駅南口のそばの雑居ビルに、俺たち二人は住居兼事務所を構えて、捜査活動を行ってきた。事件数に比するようにして増えていった有象無象の探偵事務所の中でも、俺たちの̻̻鹿雲探偵事務所は一定の評判を得ていたし、よそから見ればその経営は順風満帆そのものだったろう。

 鹿内の助手として行動を共にした五年間で解決した事件をまとめたファイルは、今も事務所の書棚を占領している。鹿内が俺のもとを去ったあと、事務所はそのまま俺が一人で経営・管理しているが、もう何年も開かれず残されているあの書棚が、狭い事務所内でどんなにスペースを取っていたとしても、アイツの部屋をアイツが出ていった日のままにしているのと同じように、俺はそれを捨ててしまう気にはなれなかった。

 俺たちに転機が訪れたのは三年前のことだ。あの頃の鹿内は、それまでの自分の精力的な活動の成果と、相変わらず減らない柳都の犯罪件数とを見比べて、探偵としての自分の限界に気づき始めてしまっていたようだった。

「雲居君、柳都の犯罪は……本当に減らせるのかな」

俺は、いつも涼しい顔をして事件を解決に導いてきた鹿内が、こんな弱音を吐くのを聞いたことがなかった。それだけヤツも精神的に追い詰められてきていたという証左だったのだろうが、俺は高校の時から変わらず鹿内のことを超えるべき相手として考えていたし、だからこそ、弱り切った鹿内の様子に気づいてやれなかったのだ。それが、俺の三年前の大きな後悔だ。

 三年前の丁度今日、やつは事務所を出ていった。というよりも帰ってこなくなった、といった方が正確かもしれない。あの日は新しい依頼もなく、柳都には珍しく、清々しいくらいによく晴れていた。夏の始まりを感じさせる強い日差しに辟易したことを覚えている。鹿内は小さな窃盗事件に一人で関わっていた。俺は手すきの日の助手の仕事として、いつもの通り事務所で書類や依頼の整理を行っていて、その日は同行しなかった。

 小さな事件だったからすぐに帰ってくるだろうと思っていたが、鹿内は日没を過ぎても戻らない。夏の訪れに合わせ、俺は夕飯に冷やし中華をつくって帰りを待っていた。スマホに送ったメッセージにも既読がつかないまま20時半を過ぎて、伸びた二人分の冷やし中華をすすっていると、メッセージアプリが新着の通知を発した。鹿内からの返信だった。

「すまない、僕はほかにやることができた。雲居君、探偵になってくれてありがとう。明日からはその事務所のすべてを君に任せることになってしまうが、きっと君ならやってくれると信じているよ」

 このメッセージを最後に、俺からのメッセージに既読が付くことはついぞなかった。


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