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作者の主張より描写を

「年に一遍ぐらいひさうちさんの単行本が出て来ると、はっきりいって焦る。小説とマンガとテレビと映画と演劇と─まァ、どれでもいいけども、すべてのドラマジャンルを含めて、今現在最も優れたドラマ作家はこの人である。この人以外に私を脅かす“作家”というものはいない。私にとって今までのところ、ドラマとは“ひさうちみちおの作り出すようなもの”である。
ひさうちみちおが何故優れているかというと、ここには作者の“主張”というものがないかわりに、徹底した“描写”があって、その描写の中に“人生”がそっくり閉じこめられているからである。そこになんとも言いようがないまでに人生がある、なんていうことはずーっと日本のドラマの基本だったのである。ローアングルの長回しでなんのヘンテツもないドラマを作る小津安二郎の映画が高く評価されるのは、こういうところである。そして、これは実に大変なことなのだ。作者は、ただひたすら冷静の極みにいるということが義務として課せられているようなもので、ここにちょっとでも乱れが入るといやらしくなる。“作者の主張”などというのは“乱れ”の最たるものだから、そういうものは一切排除される。」

橋本治「ロットリングで描くマンガ
─ひさうちみちおの『人生の並木道』」
(『橋本治雑文集成・パンセⅡ 若者たちよ!』)


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