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花の絵を前にして

「『なんだ花の絵か』と言う人の多くは、しかし実のところ、絵の中の『花』を見てはいない。『花』を見ることが出来るのだったら、『きれいな花だ』とか、『花は好きじゃない』とか、そんなことを言っていいはずなのである。ところが、特に男の多くは、そんなことを言わない。ただ、『なんだ花の絵か』である。つまりそれは、『花の絵だから分からない』なのである。
たかが『花』でしかないものを見て、画家達は、その花を『自分自身の表現』に置き換える。つまり、ただの『花の絵』に描かれているものは、『花』ではなくして、『花を見てインスパイアされた画家自身の感情』なのである。それゆえにこそ、『他人の感情』というようなうっとうしいものに侵されたくない男達には分からない。だからこそ、『なんだ“花の絵”か』という言い方をして、目の前にある『理解しがたい他人の感情』を斥ける。
そういう男達がいる一方で、もう一つ別種の女達もいる。『花の絵』を見れば、どんな絵であっても、ほとんど即座に『まァ、きれい』と言いきってしまうような人達である。彼女達は『花』を見ても、『他人の感情』には触れない。他のことは分からない。『花を見て美しいと思う』という、自分自身の感情だけが大事なのである。そういう人達だっている。」

橋本治「ひたむきなもの」
(『ひらがな日本美術史4』)


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