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道中想う。行き

平日にもかかわらず人が混みあっている車内からは、賑やかな話し声が聞こえてくる。これからの行楽シーズンに向けて電車も彩りを浮かべているようだ。道中することも無いので、ふと筆を取ってみることにした。誰を想うかとか、何を想うかは決めてはいないけれど、この一時の時間を感じていきたい。

外は快晴、台風が来るのではないかとか、道中事故が起きたらどうしようといった心配事は全て杞憂に終わるようだ。世の中杞憂に終わった方がいいことは沢山ある。楽しみな事の前に杞憂はよくあることで、解消してみると何だかそれすらも旅の思い出になるように思う。この旅が無事に終われることを願う。

駅員さんに切符を確認される前に、切符の確認をする。確認作業は好きだ。合っているととても安心するし、間違っていたら旅のスパイスである。駅に売っている高めのアイスクリームが美味しそうに見えるのも、旅の醍醐味だろうか。

子供の頃は車内販売に憧れた。車内販売のお姉さんがポットから熱いコーヒーを注ぐ。どうして車内で飲むコーヒーは美味しいのだろうかと考えるが、これはただの憧れであって、いつも頼んだ人を見つめているばかりだ。いい大人なんだから頼めばいいのにと言われかねないが、こういう小さな憧れは憧れのまま取っておきたい気がしてしまうのと、日頃の癖で飲み物を持参してしまったので、少し決まりが悪そうにお茶を飲む事にした。

よく、道中で飲み物を買うから雰囲気が楽しめるんだと言う人と、道中をより楽しみたいから飲み物を持参すると言う人がいるが、どちらも正解だと思う。お互いがそこの不可侵領域を踏み越えない方が、諍いにならなくていい。旅の思い出は楽しい方がいいと思う。

今回の道中は、端の窓際の席が取れた。車内販売を頼むのであったら通路側の座席がいいのだが、道中の景色を楽しむならこちらの席だろう。何を考える訳でも無く外を眺めているだけで楽しいのが行きの道中と言うやつだ。田園風景、住宅街、自然。時にトンネルで視界が遮られた時すら休息時間として捉えられる気がする。長いトンネルになると頭がキーンといたんでくるので、対策を取りながらまだ終わらないかなあとトンネルを眺める。幼少期は、まだ終わらないの?まだ?と家族を困らせていたなあと、大人になった今ふと考える。息を止められているような窮屈感と頭を締め付けられる感覚に慣れる人はいないように思う。

ところで、道中で困る事と言えば、座席を倒す時の後方確認である。「倒してもいいですか?」この一言がなかなかいえなくて腰が痛い思いをすることは本当によくある。そしてタイミングを逃して乗車してしばらくしてから後方確認をすると、後ろの人が眠っていて気付かないなんて、なかなか気まずい事が起きてしまう事もある。今しがた後ろに声をかけた時も、後ろの人が寝ていて、斜め後ろの人からの視線を感じた。何事も無かったかのように座り直して筆を取り直すことにする。

そんな事を言っていたら道中が半分程進んだようだ。この話にもオチを考えなければ。帰りの道中はかっこつけてお酒を飲んでみようかと思いつつ、持参したチョコチップクッキーを食べる。

旅にチョコレートは向かない。少し溶けている。ちょっと失敗したなあと思いつつ、それでも美味しいので頬張る。

隣に座っている人がいるので御手洗にはあまり行きたくないと思うのだが、お茶は飲みたい。我慢しなくていいところを我慢している気がする。

想うと書いたのに誰も想っていない事に気付く。初めて向かう旅先なので、思い出はない。自分にとっては未開の地である。ねえ、そうだよねと窓に映った自分に頷いてみる。

お土産は何にしようか、旅先では何を食べようか。そういったわくわくした事を考えながらたどり着くのも悪くない。事前に仕入れた情報で、あそこはあれが美味しい、ここに行くならここ。みたいな情報は予め持ってはいるが、結局行ってみないと分からないだろうなと思い、あまり深くは調べなかった。そこは旅のスタンスと言うやつだ。が、やはり旅で失敗する事はなるべく避けたいと思うのが人間というものなので、スマートフォンで観光予定地の情報を調べ始める。旅に不都合な新しい情報はないようだ。

隣のレーンの方が落し物をする。車内でよくある事としては、後ろの座席の方まで落し物が転がってしまう事だ。これは本当によくあるので、横目で見てちょっと可哀想に思う。そんな事もあるよと心の中で頷いてみる。

書く事は沢山あるのにまとまらないのはとてもウキウキしているからだろうか。窓越しの自分の表情を確認しようと見てみると、そこには見たことが無い景色が広がっている。同じ国なのに違い始めている。屋根がキラリと光った。

道中はまだ続くが、少し疲れてしまった。まだたどり着いてすらいないのに。少し筆を休めて休もうと思う。また目覚めたら筆を再開するか、そのまま跳ね起きて足早にその場を去る、なんて事がないようにしたいものだ。

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