Disturb the water

ちくり。
手元が狂い、目標を見失った細い針が指を刺す。

「痛っ…」

滲み出た赤い血がまだほとんど真っ白な布に落ちる前に、散葉は慌てて手を引っ込めた。
少し前の客船での戦闘、ファイヴから受けた圧倒的な「暴」の感触が、未だにこの手に残っている。

今のように自宅で裁縫が出来るぐらいに回復するのにもしばらくかかった。
こうして生きているのが不思議に思える程だ。

結局時間を稼ぐだけで、奴の不死身さの源を特定することは出来なかった。
突貫で作ってもらった四物デリンジャーも、奴の一撃で簡単にお釈迦にしてしまった。
今は地獄めいた対応をした開発/整備係の面々が、順番に振替休日を取っていっている最中だ。
その穴埋めとして仕事出来るように、手は休めておくべきではある。
新装備を使いこなせなかった試験係が出来るのは、それぐらいなのだから。

ファイブは、とても楽しんでいるように見えた。
実際は私が遊ばれていただけだった気もするけれど。
夜八ちゃんのサポートがなければ、遊びにもならなかっただろう。
イカれた「力」に、武装を使いこなす「技」も併せ持ち、加えてあの不死身さだ。戦闘における理想像みたいなやつだ。

戦っていた感触は、やっぱりガメザに近いものだった。
あの2人が出会えば、それはそれは楽しく戦うのだろう。
少しうらやましくて、同時に自分の力に落胆する。
本気でぶつかり合い、斬って、殴って、裂いて。そうして最後には――

想像しそうになったその先を、頭を振って振り払う。
その先を夢でなく現実にしないために、記録と経験から有用な情報を見つけ出さなければならない。

蹴り飛ばしたワインボトルを豪快に飲み干すファイヴの姿を思い出す。
あれはちょっと…気取った感じで腹が立った。
シャッター街の老婆の真似からして、そこで蒸留酒を買っていったのもあいつだろうか……
そういえばガメザも酒はだいぶ強かったな。私は飲んだらすぐ寝てしまうから、最後まで付き合えたためしが無いけれど。
そういうところも、あいつらは似ている。

「時と場合が違えば、馬鹿言いながら一緒に仕事が出来てたのかな……」

そんなこと考えても、意味なんてないことは分かっている。


けれど、時と場合が違っていた者も存在する。存在してしまった。


『良い寝床』ってどういう観点で決まるの?そんな感じのことを以前聞かれたことがあった。
あれは、どういう感情で聞いてきていたのだろう。

ファイヴが好敵手を求めるように、彼女も「目的」を手に入れるために行動していたのだろう。
環境課を裏切って。いや、仲間なんてつもりは元から無かったか?


だとしても、あの時の彼女はその覚悟の大きさと、戦闘の際の行動にかなりの差異が感じられた。

堺とファイヴが現れた後、天井を撃って目くらましを狙ったのはまだ分かる。堺という最大の矛を有効活用するために。
しかし3者が分断された後の映像を見ても、「即殺権有」をその腕にマゼンタ色に輝かせながらも、「殺して排除する」という意思がほとんど感じ取れなかったのだ。
いつでも決定打を与えられたのに、徹底した武装破壊による妨害と牽制に傾倒している。
「そういう性格」だと言ってしまえばそこまでかもしれない。

しかし最後の、崩れ落ちる天井への射撃。
あれは妨害でも牽制でも、ましてや攻撃でもなく、瓦礫がせまる課員達を――

あの中で一番傷付いていたであろうフォスフォロスが「助ける」と決めた時、私は止めなかった。
悲しみ以上に強い意志を持ったその瞳が、多くを物語っていたから。


「……できた。」

考えを巡らせながら動かしていた針を置く。
その針を通していた袋状の布に、少し硬めな高反発ファイバーを詰める。
そうして出来た枕――「海原を尋常でない速度で走るデフォルメされた船」の刺繍が施された――の感触を確認する。

機会があれば、頭に投げつけて渡してやる。

機会が、
「……もう、無いのかな。」
そんなことを呟きながら。


今はその枕を、ロッカーの奥へしまいこんだ。

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