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眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #10

扉の先は自然に溢れた周囲の様子とは大きく異なる、硬く冷たいコンクリートの壁にところどころ蛍光灯が光る通路が続いていた。

明らかに雰囲気が違う。

「ちょっと、待ってくれって!お前は咲夜なのか?ここは何なんだ!?」
追いついた散葉の質問に、咲夜?は歩きながら答える。
「わたしはこの世界を管理する自律型保守システム、開発コード『REarth』(リアース)と申します。咲夜はあなたのサポートをする為に生まれたわたしの人格の一つです。ですので咲夜と呼んでいただいて問題ありません。彼の記憶はわたしも持っていますし、主導権を彼に戻すこともできますが、今は私が担当させて頂きます。」
「そしてここは世界の裏側、プレイヤーの皆様には本来見せるべきではない場所。――着きましたよ。」

通路の先の開けた部屋の中には、大型のデクストップPCにいくつものモニタ――型落ちと言うレベルでない、散葉が生まれる以前の製品のような見た目の――が並んでいた。

「スタッフルーム……ゲーム内開発室です。」

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「当初、ここにはあなたのように外の世界から来た技術者達が定期的に訪れ、この世界を設定し私の役割を学習させていきました。しかし彼らはある日を境に来なくなってしまった。」
時流に合わず放棄されたから。萌吹が言っていた言葉を思い出す。

「しばらくしてプレイヤーが時々訪れるようになりました。散葉さん、あなたのように。私はサービスが開始されたと判断し、指示されていた役割の遂行を開始しました。だけれど技術者達はいつまでも帰ってきません。」

「20年が過ぎ、私は諦めました。この世界と私は放棄されてしまったのだと。そして彼らの会話を思い出したのです。このスタッフルームにこの世界を終了させる緊急停止装置があるということを。しかし、その装置の使用権限はヒトのみ……私には使うことが出来なかった。」

「だから、私を連れてきた?」
「はい。プレイヤーがこの世界を訪れて1年が経過した際に、サポート人格がここの入口を訪れるようにし、扉を触れた時に初めて私が出てきて記憶を参照、そのプレイヤーが信頼出来るヒトか判断するようにしていました。」
「萌吹が言っていた雰囲気が変わった気がしたってのは、そのことだったのか。」
「彼女も基本的に良いヒトではあったのですが、鍛錬の為にこの世界を利用することが多く終了させることに反対するであろうこと、また私を気絶させて無理矢理この世界をダウンさせ離脱する、といった不正行為も行っていた為案内は却下しました。」
「うーん、それは……」
あの性格だと有り得なくもない、と思ったことは置いておいて。

「じゃあ、なぜ私なら大丈夫だと思ったんだ?」
「あなたは鍛錬の為では無く、やむを得ずこの世界に来ている。だけれど横暴を働く訳ではなくこの世界の住人にも咲夜にも接していました。あなたのようなヒトはもうこの世界に現れないかもしれないからです。しかし、心苦しい点もあります。あなたがこの世界に愛着を持ってくれていることも理解しているので。特に、咲夜への感情は――」
「分かった!大丈夫、もう十分伝わったから!!」
気恥ずかしくなり言葉を遮る。
「――この世界を終了させると、今の私はどうなる?」
「即座に目が覚めます。ちょうど私が気絶した場合と同じように。初めてあなたが萌吹さんとわたし――咲夜と出会った時のことを思い出して頂ければ。」
「なるほど……」
「ちなみに現在あなたの起床予定日は、この世界換算で5年後となっています。そういった面でも終了させることを推奨します。」

「……少し、考えさせてもらってもいい?」
「どうぞ、何時間でも考えて頂いて結構です。これまでの時間と比べれば些細なものですから。あぁ、伝え忘れていました。このエリアは現実の時間と同じ速さで時が流れていますし、外とも通信が可能のはずです。技術者達が使っていましたから。」
「えっ!!?」

目の前のPCへ飛びつく。
前時代的な方式のその機器をうんうん唸りながらいじり、どうにか接続を確立させる。
「これで送れたらいいけど…えーっと、『こちらは散葉、環境課 開発/整備係の紅狼散葉です。情報係への取次ぎをお願いします。識別コードは――」

それから数分後、数桁の番号だけが返送されてきた。この番号は確か不審な人物、組織からの連絡を一旦受ける用のものだったっけ。
さすがに警戒されているようだ。そう思いながら通話をかける。
「…こちらは環境課 情報係です。」
「その声、夜八ちゃん!?良かった、無事だったの!?」
「ワ、本当に散葉さん!?……いや、まだ信じちゃダメだ、だって本人は眠ったきりなんだし……まずいくつか質問をします。はいかいいえのみで答えてください。」


「……はい、これで終了です。良かった……本物だと判断します。それで一体今どういう状態なんです?眠ったまま通話するなんてどんな寝言ですか。」
「話せば長いからとりあえず掻い摘んで話すと――」

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「なるほど、そんなことが……」
「どういう原理なのかは私には全然分からないけどね……とにかく今はこの世界を終了させて起きようとしているところだよ。」
「了解しました。病院の方には話を通しておきます。あと一つ気がかりがあるとすれば……」
夜八の声色が少し緊張を帯びる。
「散葉さんが今掛けてきているこの通話の発信先が、環境課ブロック南端の廃ビル「さくらビル」、その地下付近であることが分かりました。この廃ビル付近は定期的に不審な集団の目撃例が報告されていましたが、例の暴動の後始末などでまだ調査出来ていません。」
「さくらビル……そこにこの世界に関わる何かがあるのかな。まあ、まずは復帰してから――ッ!?」

ガァン、ガァン と。
この世界に似つかわしくない、いやこの部屋においてはそうではないか。
重い銃声が後方から響いた。

3人目の足音に気付きとっさに動いた散葉の横をすり抜けて、1発の銃弾はモニターへと突き刺さり音声が途切れる。
「ッ、お前はっ!!」
ハンドガンを片手に部屋の入口に立っていたのは、以前現実で萌吹を襲った――
いや、その前に。銃声は2発。
ならもう1発は?
振り向いた先には、

胸を凶弾に貫かれた咲夜の姿があった。

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「あ、あぁ、ああああ!!咲夜、咲夜!!!」
入口に立つ灰色の獣人を警戒しながら咲夜の元へ跳ぶ。
急所は外しているようだが、それでも重傷には変わりない。顔色がどんどん悪くなっていく。
「大丈夫…えぇ、だいじょう、ぶです……」
「……」
また私は大切なものを守れないのか。もう何度目だ。

「いや~~~~、長かったよ。この場所に来るまで、ね。」
灰狼が口を開く。
「さくらビルで人知れず稼働を続けるこの世界のサーバーは押さえられたけれど、そこからでは内部に干渉出来ない。新規プレイヤーをサポートし、その辺のNPCとは明らかに違う行動原理のその子がキーになりそうだと考え、予備の『Belief』を適応するよそ者に与え、ダメそうならまた奪い返し――」
「そして散葉くん、キミのおかげでついにこの部屋が開放されたということだ!いやぁ、まさか必要なのが親密度だなんてね!!恋愛シミュレーションか何かかな?これでようやくクライアントに受け渡せるというものだよ。」

「何の話だ……」
「いやぁ、市場に出ず幻となったこの作品が欲しい、なんて言う酔狂な人物がいてねぇ。そのために桜花電機に入り込んだのはいいけど、ここまで手こずるなんてね。利益がだいぶ減っちゃったよ。」

「まあ、そんな訳でこの世界を終わらせられると困るんだよねぇ。キミだってその子と会えなくなるのは嫌なんじゃない?クライアントの意向次第だけど、この世界自体は残してもらえるかもよ?まあ、記憶がそのままかは分からないけどね。」
「私は……咲夜を……」

こいつの言う通りだ。

咲夜が私を信じてくれたことは嬉しい。だけどそれは買い被りだ。

だってこんな状況でも、咲夜と別れないですむ方法を探しているのだから。

「キミ、例の暴動でも環境課で頑張ってたんでしょ?疲れてるだろうししばらく休憩しててもいいんじゃない?2、3年ぐらい、さ。」

灰狼が銃を構える。

頑張っていない。何も守れていない。だけど疲れていることは確かだ。

だったら――


「……ッちゃ…!……」

その時、ひび割れたモニターから途切れ途切れの音が聞こえてきた。

「チルちゃん!!聞こえてっか!!!」

「その声……ガメザか!?あんたも無事だったのか!!」

「やっと通じた!!無事?無事っちゃ無事だったけど無事でもないっていうか……まあこっちは心配すんな!!」

ガメザの声の後ろでは銃声と金属がぶつかり合う音、そしてそれを塗りつぶす凄まじい破壊音がしている。

「馬鹿な、環境課だと!?なぜここに……!?」

「うわぁっ、床が、崩れ……!!何なんだあいつの馬鹿力!?」


「なんだと!?まさかもう侵入を許したのか!?」

灰狼が狼狽える。

「先ほどの銃声で非常事態が発生したと判断し、現場に一番近い地点にいたガメザさんに直行を依頼しました!武装勢力を確認した為交戦中です!!」

破壊音に重なるように夜八の声が響く。

「この程度の奴らだったら俺一人でどうにでもなる!チルちゃんに守ってもらう必要もねぇ!!だからチルちゃん、今は!!」

一際大きい破砕音が響く。

「前だけ見て動け!!」


その声に、散葉は顔を上げた。


眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #10 「夢に終わりを」


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