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眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #9

翌日、目が覚めた時にはすでに萌吹の姿は無かったが、それから1週間程経った夕方に姿を見せた。前回と同じく扉をガンガン叩いて。
「そんなめちゃくちゃやんなくても出るって……」
「わりぃ、結構待たせたと思って、急いで来たんだよ。とりあえず、水かなんか、くれねぇか?」
よっぽど走ってきたのか息の上がった様子の萌吹を見て、ちょうど咲夜も出かけてるし、と散葉は家に招き入れた。

「で、まずお前の状況だが。」
出したコップの水を一気に飲み干し、一息ついた萌吹が切り出す。
「とりあえず命に別状は無い、だってよ。提携先の医療機関――さすがにどこか、までは教えてくれなかったけど――で入院中で、寝たきりだって。」
「寝たきりってのは、『Belief』の効果によるものかな。」
「たぶんな。で、ここからが遅れた理由だ。その『Belief』が作られた経緯について調査を続けてたら、それなりに分かってきてな。」

「桜花グループ」という会社が主軸となり作製されたこのヘッドギアは、元々軍警やPMCに所属する者の訓練機器としての採用を目指し作製されたものということ。
しかし、製作期間がかなりの長期間に及んだことや、その間に電脳技術が発達しわざわざこのような機器に頼る必要性が低下したことにより方針転換、一般向けにゲームとして発売するためリデザインを始めていたこと。
それを担当したのが桜花グループの子会社「桜花電機」の仮想現実部門だったが、時流の変化に付いていけずこの部門ごと放棄されたこと。

「桜花電機って言えば……」
以前萌吹のヘッドギアを狙い襲ってきた灰色の獣人――あいつの胸元のドッグタグにあった模様が桜花電機のものだったはずだ。
関係者?だがなぜ奪い取ろうとする?
「分かったのはそこまでだ。開発途中で放棄されたプロジェクトだから、取説なんかが公の場に出てるはずもないしな。」
「いや、十分。少なくとも桜花電機が怪しいってことが分かったし。」

「それで、そっちは何か掴んだのかよ。」
「聞き込みしたり探索したりはしてるけどまだ……」
住人に話を聞いても変わったことを教えてくれる人はいないし、現実側の話をしても首を傾げられるだけだ。
大きな街のギルドで見た地図に書かれた遺跡や洞窟を訪れてみても、何もいなかったりすぐ行き止まりになったりで特に成果はなかった。さっきの話からすると、作りかけで放っておかれたものなのだろう。

「……いや、そういえば気になった場所はあった。」
この家から南、森の中にある大きな泉のほとりに、妙に意匠の凝ったどうやっても開かない扉があったのだ。
その時はギルドで見た遺跡へ行く途中で、日が暮れると面倒なのですぐに諦めその場を後にしたが。
「私が見た地図には描かれてなかった気がするんだよな。」
「そこなら昔、俺も行った気がするな。そういえばあの白青も一緒に行ったけど、その時はなんか雰囲気が違ったような……」

「ねーちゃん……そこに行くの?」
「「うわっ!!」」
声に驚き2人が見た扉の先には、いつのまにか帰ってきていた咲夜が立っていた。
「ぼくも、ぼくも連れて行って!胸騒ぎっていうか、なんだかとても変な感じがするんだ……」

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次の日
結局萌吹は今回も夕食に誘われ、泊まって、朝になるといなくなっていた。
「またしばらく向こうで調べとく、お前もがんばれよ。あと怪我には注意しろよ、気を失おうもんならそこで夢は終わり。起きる予定の時間まで夢も見ず眠り続けるだけになる。起きるのがいつになるか分からないお前は特にヤバいってこった。」
眠る前に言っていた言葉を思い出す。
「準備はいい?」

「うん、いつでもいけるよ、ねーちゃん。」

「昨日言ってた変な感じっていうのは、まだある?」
「うん。昨日よりも、もっと……」
件の扉がある南の泉へ向かう道中も、咲夜の顔色はあまり良いとは言えないものだった。

「でも大丈夫だよ。ふらふらする訳でもないし、何かあったら戦える。」
「うーん、あんまり無理はしないでほしい……でも、なんでそんなに行きたいんだ?」
「――昨日ねーちゃんがしてた扉の話を聞いた時、行ったことないはずなのにその扉や、まわりの景色まではっきりと思い浮かんだんだ。」
「デジャヴってやつかな……」
萌吹と一緒に行ったことはやはり覚えていないようだ。もし、一緒にその扉へ行くことが記憶を無くすキーだとしたら――

「後半分ぐらいだし、一度休憩していこうか。」
考えていても仕方が無い。今は一歩一歩進んでいこう。

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「着いた……ここだ。」
「やっぱり!思い浮かんだのと一緒だ。」
扉の前にたどり着いた咲夜はあたりをきょろきょろと見回している。

「さてと、まずはこの扉の開け方を探すとこからか。」
以前来た時は、押しても引いても、横にスライドさせてみても上に持ち上げてみても開く様子は無かった。
「となるとこの周辺……まさか泉の中にボタンあるとかじゃないよな、結構深そうなのに――?」
うんうん唸りながら周囲を見回し、手分けして探そうと向き直ると、咲夜は扉を凝視し続けていた。
「咲…夜?どうした?」
咲夜はこちらの声にも耳をかさず、扉へと近付いて行き――

バジッ

扉に手を当てた瞬間、その頭のヘッドギアが蒼い稲妻を帯びた。
「なっ!?、お前、それ使えなかったはずじゃ…いや、なんで今……!?」
狼狽する散葉の前で、咲夜はゆっくりと振り向き。

「こんにちは、紅狼散葉さん。 うん、あなたなら良いでしょう。あなたなら……終わらせてくれると信じます。わたしに付いて来て下さい。」
咲夜の姿と声だが表情や声色が全く違う、その何者かはそれだけ言うと、一向に開かなかった扉を当然のように開け、その中へと歩いていった。

――後ろの木々の隙間から、葉がこすれる音がする。
だが、今はその背を追いかけることしか考えられなかった。


眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #9 「終わりを迎えてしまう前に」

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