芸術鑑賞について

2日連続投稿!

今日は上野にある東京都立美術展のゴッホ展にやってきた。

上野って、駅に降りた時から不思議だなと思った。大人になって1人で来るの初めてだけど、なんか懐かしい感じ。それですごい近代的というか。人が沢山いるけど、みんな観光できてる感じで、tourist attractionが沢山で。

美術館まで歩いてたら子どもが、「秋はきれいだね〜」って言ってた。ゴッホも秋が好きだったらしい。安らぎを与えてくれたんだって。

展示を見ての感想は、そうだな。

最近Jhon BergerのWays of Seeingっていう本読んでてね。芸術がいかに特定階級(絵を保有する側)の視点から語られてるか。いかに特定階級に独占されているか。そんなことを読んでから企画展に来たから、なんかできるだけ絵の解説を読まないように(笑)
自分の純粋な感情を味わおうと思ってね。

それで、何がすごいかって、彼のやっぱり軌跡。
今有名なゴッホの絵、いっぱいあると思うんだけど。ひまわりのやつとかね。

でも今日の企画展で、彼が27歳(今の私と同じ歳!)から最初に絵を描き始めて。最初の頃の絵、デッサンとかは正直、上手だけど。と思ったけど、そこから10年間、彼が亡くなるまでの間に何千枚もの絵を日々描き続けて。そして病の中でもその軌跡というのかな。最初の頃に療養院で描いた絵と、末期に描いた絵と、色使い、筆の力強さ、絵そのものの豊かさ。病の中でも人ってこんなに豊かで、力に溢れてるんだなって。自分の好きなことを、感じたままに続けられることってすごいなって、思った。

「本物を見ないと目が養われない」

展示会の出口辺りでこんなことを息子さんかな、に言っているお父さんが居た。

そうなのかな。

たしかによく言われるよね。私もこの企画展予約した時は、本物を見ないとみたいな気概もあったかも。

でもさ、今思うのは、芸術鑑賞することって、それ自体を心から楽しめれば、どんな形でもいいんじゃないかな。ゴッホのコピーでも、オランダの美術館まで観に行くのでも。

目を養うって、養ってどうするんだろう。価値があるとされるものを見極める?でもその価値って、誰が決めるんだろう。そんなことを思った。


後ね「バレー、オペラや著名な絵画は優れていて、テレビで見るリアリティショーとかは低俗である」という言説。私すごく内面化してるなって思ってね。

どんな風に作られた物でも、誰に作られた物でも、どこで見られる物でも。自分が「いいな」って思えるものは、私は本物だと思う。

本物って、authenticって言えるかな。それを見て自分が心から感じる純粋な感情。そういうのを大切にしたいなと思いました。


最近すごい色々考えて、書いて。誰に見てもらうわけでもなく。でも豊かだなと思う。

私も秋好きだな。


レストランのナポリタンも美味しかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?