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難病になる前

今日は、EGPAと診断されるまでの、わたしの既往歴について記してみます。

30代:鼻炎
    初めは春先の花粉症から始まりました。
    アレルギー検査ではスギとハウスダストに反応。
    徐々に慢性化していき、年中スッキリしない状態に……
    ナゾネックスという点鼻薬を常用し、普通に生活できました。
    が、次第に匂いが分かりづらくなっていきます。
    (この頃は1か月に一度くらい匂いの分かる時期があったかな)

30代:喘息
    鼻炎の次に症状が出始めたのが、咳。
    始まりはかなり記憶が曖昧ですが、気管支喘息と診断され朝晩シム
    ビコートを吸入していました。途中、出産を機に悪化するかも……
    と懸念されていましたが、特に問題はありませんでした。

30代半ば:出産(普通分娩)
    念のため、ナゾネックスは中止。特に問題はありませんでした。
    心配されていた喘息の悪化も起こらず、こちらは変わらずシムビコ
    ートの吸入を続けました。(朝晩、1日2吸入)

    が、授乳をやめた途端、症状が悪化!!
    この時ほど『母は強し』の言葉をかみしめたことはありません。
    (母乳に影響するので、内服薬は飲めないと言われてた。
     頑張ってたんだね、わたしの身体)

    この時期を境に喘息は悪化を続けます……


40代:鼻炎はナゾネックスの常用により、気にならなくなりました。
    けれど、試しに点鼻をやめてみると、途端に鼻詰まりに。
    薬で状態が改善されているだけだと知る。

    この頃、匂いはほとんど分からなくなっていました。半年に一度、  
    風邪をひいてたくさん鼻をかんだ後などに開通する感じ。

    かかりつけ医によると、匂いを感知するセンサーは鼻腔の奥にあっ        

    て、その手前の粘膜が炎症を起こして腫れて詰まっている為、セン   

    サーまで匂いが届かない状態、とのこと。

     
    「必要であれば、紹介状出しますよ。たぶん手術ですけど……」
    医師に言われ、日和るわたし。そして静かに、現状から目を背け
    蓋をしたわたし。

40代:喘息
    引っ越しにより病院ジプシーになったわたし。

    ネットでみつけた呼吸器内科を2軒はしごするも、状態は改善され
    ず、悪化の一途をたどる……
    (思うにこの2軒の病院、呼吸器のことは専門でなかった気がす 
     る。吸入薬、内服薬をころころ変えられ、点滴をされるもイマイ
     チ効かず、、の繰り返しで、2年くらい経ってしまいました。   
     この段階でしっかり治療ができていれば……と悔やみます。)
    
    日常的に、少し歩いただけで息苦しくなり、その後、発作的に咳が
    止まらなくなる。自宅でも、何かの拍子に咳が出始めると、その後
    10分間くらい止まらず、吐き戻したり、息が出来なくなったり。
    心配顔でわたしを見る幼子を抱え、このままではいけない……と新
    たな病院探しを決意。子供の関係でお世話になった助産師さんの紹
    介で、呼吸器を得意とする病院へたどり着くことができました。
    (病院選びって、難しいけれど本当に大事ですね。総合病院に直
     接行ってしまわれる方の気持ち、分からないでもないな。)


今までの自分を振り返ると、各所でターニングポイントがあったことに気づかされます。

『もしもあの時、ああしていれば…』
難病になって、四肢麻痺になった今も、思います。

けれど、やっぱり過去には戻れないし、【こちら側】を選んだのは自分だし……選んだ意味がきっとあるのだと、信じて日々を過ごすことにしています。


本日もお付き合いいただき、ありがとうございました。


2022.8.31   ちぱ

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