巻末折込付録「ヴェーダ文献一覧表」が助かる──辻直四郎『インド文明の曙 ヴェーダとウパニシャッド』(岩波新書)
辻直四郎『インド文明の曙 ヴェーダとウパニシャッド』岩波新書、1967。
インド文明についての文章には、ヴェーダ文献とかウパニシャッドとか『マヌ法典』とか『バガヴァッド・ギーター』といったものが出てくる。
それらがいったいどういう関係にあり、どういう布置になっているのかが、断片的な情報を拾うばかりではまったくわからない。ややこしいらしい、ということくらいしかわからない。
それで、本書『インド文明の曙』を読み、それからべつのいくつかの本も読んでみて、以下にできの悪い学生みたいなノートを取ってみた。
どんな分野も「取りあえずざっくりした見取図」があると、僕のような素人は助かるわけだが、古代インドともなるとこみいりかたが半端ではなく、見取図を作ること自体不可能に近いのかもしれないが、そこを強引に突破したような本書に、なにかと助けられた。
とくに巻末折込でついてる付録3「ヴェーダ文献一覧表」が助かる。
インドの聖典は
・リシ(ऋषि ṛṣi, rishi、聖賢)が受けた啓示の記録とされるシュルティ(श्रुति Śruti, Shrut(h)i、「聞こえたもの」、天啓)
と、
・リシが書いたとされるスムリティ(स्मृति Smṛti, Smriti、「記憶されたもの」、聖伝)
の2種類に分けられる。
後者にはヴァールミーキ『ラーマーヤナ』とか『マハーバーラタ』のような文学そのものといった叙事詩まで聖典として含まれている。
学生時代にこれを知ったときは、最初は驚いた。『バガヴァッド・ギーター』は『マハーバーラタ』の一部を独立してあつかう名称だということも、『マハーバーラタ』を読むまで知らなかったくらいの古典音痴なのだ。
シュルティに属するヴェーダ(वेद veda、吠陀、知識)は紀元前10世紀から6世紀にかけてインドで編まれた宗教文書の総称。
バラモン教の後身であるヒンドゥー教、バラモン教から離反した仏教とジャイナ教にも影響を与え、またシク教はヴェーダ的伝統とイスラームのスーフィズムとがフュージョンしているとも言われる。
まず『リグ・ヴェーダ』『サーマ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『アタルヴァ・ヴェーダ』の4種類がある。
以下の諸部門は、この4つのそれぞれを分類したものだ。
ヴェーダのなかで中心的な部門はサンヒター(संहिता Saṃhitā、「集められたもの」、本集)と呼ばれる。マントラ(मन्त्र Mantra、祭詞、呪詞、真言)が集められている。『リグ・ヴェーダ』本集、『アタルヴァ・ヴェーダ』本集など。
使用言語はヴェーダ語と呼ばれ、ゾロアスター教の聖典のアヴェスター語に非常に近いという。 つまり岩波文庫で『リグ・ヴェーダ讃歌』、『アタルヴァ・ヴェーダ讃歌』と〈讃歌〉がついているのは、本集という意味らしいのだ(ただし抄訳)。
ブラーフマナ(राह्मण brāhmaṇa, Brahmana、「ブラフマンに属するもの」、祭儀書、梵書)部門はサンヒターの註釈であり、紀元前800年ごろに成立した。
アーラニヤカ(आरण्यक āraṇyaka, Aranyaka、「森に由来するもの」、森林書)は祭式・秘技の説明と哲学的思索で構成されているらしいが、僕は一例も読んだことがない。
ウパニシャッド(उपनिषद् Upaniṣad, Upanishad、「近くに坐るもの」、奥義書)は哲学的な思索の部門。
この主要4部門のほかに、
シュラウタ・スートラ(Śrauta-sūtra、祭式綱要書、天啓経)
シュルヴァ(バ)・スートラ(Śulba-sūtra、測量綱要書)
グリヒヤ・スートラ(Gṛhya-sūtra、家庭儀典綱要書、家庭経)
ダルマ・スートラ(Dharma-sūtra、法制綱要書)
ダルマ・シャーストラ(Dharma-śāstra、法典。『マヌ法典』はこの名称で呼ばれるが、特定のヴェーダ本集との関連はなく、かつシュルティではなくスムリティに属するという)
プラーティシャクヤ(Prātiśākhya、音声学書)
といった部門があり、またそのいずれにも属さないものもあるという。4つのヴェーダはすべて、これらの部門を持っている(欠けている部門もある)。
なお、著者には『ウパニシャッド』という解説書もある。
(つづく)
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