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【5/26~6/2 智六兄さん、としごの会、おはよう落語、】

26日
金曜の夜に純瓶師匠から連絡があり、古々粋亭おはよう落語の代演。コロナ禍以来、代演かなりこなしてきた。ありがたいことです。
「死ぬなら今」「転失気」
団体のお客さんがいて20人くらいになった。
終わって新開地へ。
喜楽館最終日、トリ前の出番。「明礬丁稚」で終える。楽しい一週間でした。変ホ長調さんと写真。

27日
散髪?
昼、繁昌亭3階で毎日新聞の取材。独演会について取材してくださる。ありがたいことです。
後輩女子がきたのでお茶。チケットのやり取りなど済ます。
夜中に智六兄さんのお見舞いへ。帰りかけたところで師匠も来られる。夜中に帰宅。物凄い大雨。

28日
芸大へ。萩原朔太郎に年々はまっていってる。
来月の東京行き、前橋に行くか真剣に迷っている。
夜中に急変の報を聞き、智六兄さんのところへ駆け付ける。安らかに旅立たれた。
一ヶ月前に入院されて、しんどそうな日々をよく頑張られた。この一ヶ月、何度も見舞いに来れて、最後まで喋れたのでお別れはできたが、実感が湧かない。寂しい。
いろいろなこと思い出す。修行中から100回くらい公園で飲んだ。沢山助けて頂きました。合掌。
朝、へとへとになり力尽きるように帰る。

29日
この後のことにばたばたしながらも、お稽古へ。富雄駅。あげていただく。かなり珍しい噺。煩悩にまつわる噺、このタイミングというのも感慨深い。ご飯をよばれて帰る。
お通夜は31日、葬儀は1日に決まる。

30日
昼に繁昌亭へ。弥っこと打ち合わせ。
さらに明後日の朝席も生前から指名を受けていたので代演。しかし訃報は伝えられず、どうしたものかと思いながら稽古と準備。
夕方、鼻の手術を終えた大智君と智六兄さんに会いに行く。

31日
レビューに追われる。お通夜。手を合わせて、夜、仕事。中華。
お兄さんにお別れ。棺の前には氷結が並べられていた。ありがとうございました。

1日
朝から繁昌亭へ。
なんとか智六兄さんを偲んで思い出のあるネタを繰っていった。本人がでないのに智六独演会
智丸「動物園」福枝「おかしな結婚式」仁昇「ちしゃ医者」中入 恩田さんトーク 智丸「花筏」仁昇師匠の報告
お客さんは少なかったけど印象的な会に。緊張もしたが見守ってくださってるような気も。最後に仁昇師匠が報告。悲しい会でした。

葬儀場へお送りしてから急いで光妙寺へ。
喬龍「看板の一」弥っこ「八問答」智丸「花筏」中入 トーク 智丸「死ぬなら今」弥っこ「ちりとてちん」
葬儀の最中になんちゅうネタやることになったんやと思ったが、先代文我師匠特集ということで、本当は兄さんのことも入れ込みたかったが言えず。訃報は触れず、枕で智六伝説を語ることに。
楽しい会だった。弥っこと打ち合わせして、葬儀終わりに師匠が催してくださった慰労会に参加。
ほとんど寝てないのでふらふら。

2日
朝からおはよう落語。2週続いて。
「」「皿屋敷」
良い感じ。終わってダッシュで神宮丸太町へ。
天理教の集まりへ。
「鹿政談」「皿屋敷」よく笑ってくださり楽しかった。焼き鳥。疲労困憊ながら、怒涛の日々が一段落。

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