2

ありがちな浅瀬の話をしよう。

うなだれた向日葵に対するノスタルジーの根源を、私は持ち合わせていなかった。店長が店の前に植えた花が枯れたとすこし悲しんでいたっけな。ペットボトルで溢れ倒れたゴミ箱の底に、グッチの財布があるのが見えた。連日の雨でどろどろに溶けた、ピンク色の名刺が落ちている。今日も傘を持って家を出たのにいつのまにか無くなっていた。いつもそうだ、去年の地震だか台風だかで半分えぐれてシルバニアのおうちみたいになった家屋がいつのまにかなくなっていた。いつもそうだ。そんなもんだろ。

強くなりたい、強くなりたくない人なんているんだろうか。いるんでしょうね、知らんけど。

ジムに通えば強くなれる時代、だめなんだ。私はそれじゃだめだ。あなたを苦しめる全てのものを殺してしまえる力が、仮に、もしもだよ?私にあればね、間違いなく。明日降るだろう夕立ちが憎ければ止ませるし、朝日が昇ることが怖ければ、もういいよで照明が落ちるまでやわらかい布団で包んでいてあげる。ああそうか、私が欲しかったのはそういう強さか、どうかあなたが苦しみませんように。どうか幸せに、ほら、たとえば、高校の頃好きだった同級生と偶然出会って結婚して、子供をふたりくらいつくって、なんつって。あなたがそんな風に生きれたらぼくはぼくを捨てられる、

どん底というには足りない、「やや地獄」「どちらかといえば地獄」というような、インクが切れかかったホワイトボードマーカーのような、そういう生活が続いている。こんなクソには早々に終止符を打ってしまいたいんだよ。もしもの話をたくさんしよう、君の存在そのものが「もしも」の話だからね。まあそんなふうに、50m走で10秒を下回れたことのないぼくは、正攻法で殴り合っても負けてしまうんですよ。だから水面下でいつも戦っていたつもりなのだけど、人間だからね、息苦しくてね。だからこう、たまに息継ぎのため顔を出した時に、スーッとするにおいのシャンプーで髪を洗っているおまえがいてくれたら、などと思うのだ。ごめん、嘘ついたね。風呂はひとりで入るもの、ベッドはひとりで眠るもの、だってそのほうが足を伸ばせて、だれかに掛け布団をとられることもないだろう?窮屈さすら欲しいだなんて望むに値しないんだ。君のことなど愛しているべきじゃない、だってほら、荷物が少ないほうが旅立ちやすい。君のことを荷物って言いてえわけじゃないんだよ。そんな顔しないでくれよ。背負ってしまったからには捨てられない呪いだ、生きる理由はないけれど、死ねない理由があるから充分、私は大丈夫。私は、ね

そうだね、もしも話はだいすきだ、大好きだから、自分の過去くらい幾らでも捏造して愛されることなど容易にできるはずなのだけれど、嘘なんてつきたくないだろう。いやね、今まで仮病をつかって、何度も学校を休んだね。学校を休んだからって青春をやる暇もなく、youtubeばっかり見ていたけど、本当さ。本当、ダメ人間で。「愛してる」などというのは、嘘かもしれないね。だって本当はもっと、酷いことを考えていて、

風呂場の白いタイルに流れていく血液を見ている。

傘を買ったのだから、かえろう。雨がやまないうちに。かえろう。

宇宙でいちばん愛おしい君へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?