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山猫 第3話

貿易業で世界的富豪な当主
廣谷(ひろや)

海外に住む取引先
園地(えんじ)

御屋敷で執事長として当主に仕える若者
レグ
レグは当主が拾った山猫のような子。


第3話

今日は寒いな…

そんなことを考えながら執事長レグは
当主のクリーニングされたスーツや洋服などを
クローゼット部屋の決められた場所にしまっていた。
執事長である彼が必ずしなくてはならないことではない。
ほかの執事やメイドに割り振ることもできる仕事だ。
ただ
レグは誰にも譲りたくなかった。
この仕事だけではない。
当主の食事もなにもかも自分がしたくなってしまう。

それではいけないとわかっていて
クローゼット部屋の整理以外は我慢している。

幼い頃
当主とかくれんぼをする時はここに
寂しい時にもここに
叱られてもここに。

ここには
当主が着るものや身につけるもの全てがしまわれていて大好きな匂いがする。
レグには、なんだか特別落ち着ける場所だ。

そんな場所での大切な時間。

「おーい!
レグ?お前ここにいるよなぁ?」

園地の呼ぶ声がした。
当主は
なんでアイツを好きに出入りさせてるんだと少しだけイラついた。

「…なんですか?
ここは会議室ではないしクローゼット部屋に何かご用が?」

「…ふぅ いたな。
じぃさんがお前を探してこいって言うから来ただけだ。お前が大切にしてる場所なのも
時間なのも知ってるから入らずに名前を呼んだ。そんな嫌な顔をするな。」

「…ありがとう、ございます。」

当主や周りは
なんでもひとりでしすぎだと注意したり心配したりしていた。
幼いままでいられないレグは
当主と一緒にいておかしくない地位が欲しくて執事長になれるよう努力した。
全ての努力が報われるわけじゃないと思うが
これは努力しないわけにいかなかった。
だが、その結果
出来なくなっていった
任せなければならないこともあった。

大切な場所
大切な時間

園地はそう言ってくれた。

少しずつ積もった寂しい気持ちを
この男はたった数秒
言葉だけで吹き飛ばした。

「あ、今日は寒いと思いませんか?」

「…?
この屋敷は常に一定の温度になるようにしてあるし
今日は寒くないが?」

「あぁ、園地さんは雪国のご出身で、海外も寒いとこに家があったんでしたね…
ふふ、そうだ前に聞きましたね。でもなんだか僕は、今日は寒い…」

グラつく足元
歪む視界

寒い寒い寒い

クローゼット部屋には
具合の悪い時には余計に足が向く。
もちろんいつもの時間ではあった。
けれど
時間がかかり過ぎていた。
いつもならテキパキと終わらせ、部屋から出てきて
色々な仕事をしているのに
いつまでも姿が見えないことを心配した当主が、
取引の契約をすませた園地にも
一緒に探してほしいと頼んだのだ。

どうやら
この間の風呂場で
湯冷めして風邪をひいたようで高熱が出ていた。

大丈夫か?と
しゃがみこんでしまったレグのおでこに触る園地。

幼い子どもじゃない…ましてや当主じゃないやつになんて…
欲を満たす以外で触られたくない
この間のお姫様抱っこだってそうだった

……はず

なんで
あまり嫌な気持ちにならないんだろう?

ダメだ
頭が回らない

「えんじさ…すみません。
(僕の)ベッドに運んでくだ…さい。
風邪をひい…たのか、寒くて、おねが、い…」

目が覚めた時には
園地に添い寝された自室のベッドの上
心配顔の当主も横に椅子を持ってきて座っているという謎の状況だった。

「おぉ!おはよう!」

「…えっと、時計は22時になってますが
おはようございます。」

状況も会話もどこかおかしい。
目が覚めたか とかじゃないのか
あと、なんですか、この状況……と病人なのに冷静ツッコミたくなる。

「どこか痛くないかい?
寒がるから、湯たんぽ代わりに園地くんをベッドにいれといたんだが。」

「当主様、頭は痛いですけど、今はもう寒くないです。
幼い子どもじゃないんで、添い寝してる園地さんよけてください。寝息がくすぐったいし馬鹿力で抱きしめてきてて動けないです。今日はもう薬を飲んでまた寝てしまいたいです。」

「そうか…わかったよ。解熱剤を飲ませたから頭痛にも効いてくるはずだから、もう少しして変わらなかったら飲みなさい。
あぁそうだ、お前が私以外に頼れた記念日が出来たね。
……ふぅ、園地くんは重いな。
力も確かにつよい……」

「……ぉい、何で俺がやっかいみたいになってんだ。」

起きたなら離して欲しい
嫌じゃないけど……

わいわいぎゃいぎゃいとうるさいふたりが部屋から去り
やっとひとりになって
落ち着いてきたレグは目を瞑りながら考えていた。

優しい当主様
あなたがいてくれたらよかったのにと思う僕はおかしいですか?

あなたと一緒にいれるなら
おかしい自分でいたいです。

解熱剤を飲ませたのは誰ですか……

end

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