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山猫<序章>

貿易業で世界的富豪な当主
廣谷(ひろや)

海外に住む取引先
園地(えんじ)

御屋敷で執事長として当主に仕える若者
レグ


序章

冬の雨が降る寒い日
廣谷貿易のビル影にそれはいた。

「…でかい猫だなぁ どこから来た?」

「お腹空いた」

「そうか、腹が減ったか。親はどうした?」

「かぁちゃんもとうちゃんも
きょうだいたちも居なくなった。みんな山で死んだんだ。」

「……そうか お前は山猫だったか。」
(山って ここらだと富士の樹海か?一家心中で生き残ってしまったとかか 可哀想に。)

「みんな死んで、俺はまだ7歳で
働いたりできなくて、でも親戚ってのもいないから
お腹減っても食べるものない。家もない。」

「……なら、うちに来るか? お前、名前は?」

「よく覚えてない。すごい昔はあった。」

「なら、私が付けていいかな?
……そうだなぁ、レグだ、うん お前はレグだ!」

「レグ?」
「あぁ、昔亡くなった私の妻の愛称だが…
お前にいいかなぁと。。」

当主は御屋敷に帰ると
「どこで作った子」だといきなり詰め寄られた。

彼もまた、家族に先立たれた天涯孤独の身だった。
お金持ちときたら
現れてもいいものだがと
御屋敷のみんなが密かに期待している隠し子も
現れたことはなかった。
そんな彼がどこで……?
みんな驚きを隠しきれずにいた。

「名前は……レグ
服やらなんやらキレイにしてやってくれ!
かっこよくな!」

「「「……レグ!」」」

御屋敷の人間は全員
亡くなった奥様が大好きだった。
当主が奥様を大切にしている様子をみているのも大好きだった。
こうしてつい声に出してしまうくらいに。

そして20分後
レグは動きやすさ重視で作られた執事服を身にまとい
当主の前に立った。
風呂にも入ったのだろう。
石鹸の香りがする。

不器用そうにお礼をいい
会ったばかりの当主に
家族がいなくなるまでから
今ここにくるまでの記憶にあるだけの全てを話した。

「そうか 頑張ったな
生きててくれてよかった
ん?
なんで…か。今日お前と会えたから?」

「へんなの…」

「あっはは、そうか 変で結構!」

この時のレグにはわからない。
今日が奥様の命日で
毎年、体の水分がなくなってしまうのではと心配になるだけ涙にくれる日だったということを。

この日の夜
当主は遺影を抱きしめ
空の星に、はじめて泣かずに話しかけられた。

「あの子に、お前の愛称をつけたよ。生まれ変わりではないだろうけど何か運命を感じたんだ。」


序章 ~完~

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