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山猫 第4話

貿易業で世界的富豪な当主
廣谷(ひろや)

海外に住む取引先
園地(えんじ)

御屋敷で執事長として当主に仕える若者
レグ
レグは当主が拾った山猫のような子。


第4話

空は晴れ渡っている
だが
雲ひとつない
綺麗な青空を睨みながら
ブツブツ言っている青年がひとり。

なんでだよ
あいつ、当主様の前で添い寝までしたくせに……
なんでもうひと月も姿見せないんだよ!!

廣谷貿易の御屋敷で執事長をしているレグだ。

「……園地、今晩カラダ空いてるか?」

しっかりと風邪が治ったら
たまには自分から言ってみようと決めていたのにと
怒り爆発だった。

言おうとしたセリフも
御屋敷のみんなに隠れて
こっそり鏡を見ながら練習した。
今は
それを空を見ながら言ったりしていた。

「どうしたんだい?
私なら今晩カラダは空いてるが何をしてほしいんだい?」

「?!
当主様…聞こえてたんですか?!
というかいつからそこにいたんです??」

この時間
当主は取引先に行っていると予定にはあった。
当主の予定を記憶違いなどしたことがないレグは心底驚いている。

「いやなに、なんだか疲れが出たのか
食事もあまり喉を通らなくて
あちらさんが気を遣ってくれてね、途中で解散になってしまったんだ。
で、帰ってきてみれば庭からお前の声がしたから、ね」

「当主様、体調がすぐれないって…病院へはお行きになられましたか?」

驚き顔が心配顔に切り替わる。

「お前の声を聞いたら元気が出たよ。
自室で少し寝て、夜はお前にカラダを貸しに行こうか。」

「いや、当主様カラダは…あの、えん…」

「ん?」

「いえ、しっかりおやすみください。た、ただの発声練習ですから!さっきの!!」

咄嗟にでた言葉はかなり苦しい言い訳だったが
そうなのかと子犬のような眼差しを向けられた。
当主は
ピュアなところも可愛いとあらためて思う。

にしても、体調がすぐれないのは心配しかない。
食事を早く終わらせ
解散してしまおうと提案されるぐらいだったなんて
何かよくない感じがする。

さっき見た顔は普段と変わらなく見えていたが
やはり医者に診てもらっておきたいところだ。
そんなことを考えながら当主を自室に送り届け、
まずは
枕元になにか気分の良くなるアロマでも置こうかと廊下を歩いていた。

「おい、どうした?
ずいぶん元気のない子猫ちゃんになったな」

「…え?!園地!…さん!!
ひと月も姿を見ないと思ったら、いや、正確にはひと月と1日なんですが…どこ行ってたんですか!当主様が体調崩されてアロマをですね、今晩カラダ空いてるんでしょ?いい夢見せますよ!」

めずらしく慌てて何が伝えたいのかわからない。
レグの得意な高速詠唱は失敗だ。

「…落ちつけ……仕事で自社にかん詰めしていただけだ。そもそもここにちょくちょく来ていたのはじぃさんと仕事の話をするた…っんむぅ」

レグからキスをするのははじめてだった。

「仕事の為だけとか言わせません。」

寂しさを埋めるキスだったのか
落ち着く手段だったのか、いつものレグに戻っていた。

「あ…当主様は体調がすぐれないと寝ています。病院はまだみたいなので医者を呼ぼうかと…」

「可愛いこと言ったあとに、すぐじぃさんの話しか。まぁいいけど、お前聞いてないのか?」

何をです?なんて
心に準備が出来ないまま聞いてしまった。

膝から崩れ落ちるなんて
園地に
ぐったりするまで可愛がられた風呂でもなかったのに。
あの山でさえなかったのに。

「あ、アロマを選ばないと……」

やっとで出てきた言葉はこれだけ。

当主の身体が病魔に侵されていたと
レグだけが知らされていなかった。

涙が溢れ息も上手く出来ない。

彼は
真綿で包んで大切にすると決めた当主から
真綿で首を絞められている様な気持ちにさせられた。

園地が涙を拭ってくれた。
ハンカチには可愛いライオンが刺繍されていて
可愛いなと少しだけ和む。

「園地さん……頭の中がぐちゃぐちゃする。真っ白になりたい。今晩…」

言い終わる前に
園地は
わかったと言った。

このあと
付き添われながら選んだアロマに当主が笑顔を見せた。


end


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