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山猫 第5話

貿易業で世界的富豪な当主
廣谷(ひろや)

海外に住む取引先
園地(えんじ)

御屋敷で執事長として当主に仕える若者
レグ
レグは当主が拾った山猫のような子。


第5話 子猫の涙

廣谷貿易の当主は病魔に侵されている。
顔色は土気色になり優れない。
けれど、寝てばかりではよくないと
御屋敷の中でも
夕陽がいちばん綺麗に見える大きな窓がある部屋の
1人用の椅子に腰掛けていた。
もちろん斜め後ろには執事長レグがぼんやりした顔で一緒にいる。

いつからだっただろうか
当主様に恋心を抱いたのは…
などと考えながらレグは
当主の肩にカーディガンを掛ける。

カーディガンは夕陽色だ。
レグが小さい頃から好きな色だった。
クレヨンもすぐにその色からなくなる。
当主は
12色全部をその色だけにしたクレヨンを一度あげてみた。
そうすると持っていた画用紙に薄くしたり重ね塗りしたりと工夫して夕焼け空を描きだした。
この子は天才だ!と個展まで開く勢いだったのを当時の執事長が止めた、なんてエピソードまである。

「あぁ、夕陽が綺麗だなぁ。よくここで一緒に眺めたな。」

ボソッと当主は呟くように言う。
それに「はい」とだけ答える。

最近
当主からは思い出に浸るような会話しかない。

「出会った時のお前は
好きなものが夕陽くらいしかなかったなぁ。
生きることに必死で山猫みたいだった。
だが、
園地くんのおかげで
たくさん笑えるようになったなぁ。
私は…嬉し…」

「僕を……人間にしたのは、当主様です!」

「…そりゃあ 育てたのは私だとは思うが…レグ?
なぜ泣いているんだい?」

勘違いされていることに涙したのか何なのかレグ本人もわからない。

「久しぶりに名前で呼んでくれましたね。
拾われた日、あなたがくれた名前。
亡くなった奥様の愛称、大切な名前。
私はずっとそう呼ばれていたい……当主様に……
当主様の声で、そう呼ばれていたい……」

子供のように泣きじゃくる彼に
「おいで」と優しく言う当主
床に座り込み当主の膝に顔を突っ伏してしまう。

「綺麗な毛並みの立派な成猫くらいにはなったかと思えば、まだまだ手のかかる子猫に戻ってしまうな。」

ため息が漏れる。

「……ごめん、なさ…困らせたいわけじゃ…なく…て
自分でもよく…わか…らな」

「いいんだ。
レグ、まだまだお前が子猫に戻ってしまうなら、私は親として賭けに出るよ。」

「賭け?」

当主の病気はめずらしいものらしく
症例が少ないために、コレだという治療がまだない。
けれど、最近になって治験をしないかと話がきた。
助かるかどうかは医者にもわからない。
辛いだけかもしれない。
副作用で
つげられた余命より早く空へ行くことだって考えられる。
レグにへんな希望を持たせるだけになるかもしれない。
彼ももう立派な大人になったのだ。
自分が居なくても……

色々考えて、やらない方向で病院には痛みだけ抑えて欲しいと告げようとしていた。

「……当主様、どうか僕と1秒でも長く一緒に生きてください。生きることを諦めないでください。
あなたが僕を人間にしたんです。
僕は、あなたに笑い方も泣き方も……恋する気持ちも教わりました。
僕が愛しているのは当主様です。
僕をひとりに、しないで……あなたがいない世界に僕は人間として生きてはいけません。」

泣きじゃくりながらも
しっかりと気持ちを伝えることができたレグ。

当主の膝は
涙や鼻水でどえらい事になっていたが
そんなことはお構い無しで
頭をぽんぽんよしよしと撫でてくれた。

「賭けに勝ちにいこうか。
治ったらまた一緒に動物園にでもデートしに行こうな。」

そう微笑んで未来の話をしてくれた。

でも、そうか……じゃあ園地くんはカラダだけか?
とブツブツ言っているのはきっと空耳だ。
そういうことにしておくのが平和でいちばんなはず。

夕焼け空は
いつの間にか
夜空になっていた。

後日
園地が仕事の話をしにくると幸せそうなレグがそこにいて
もう園地に抱けとは言わないと書かれた
誓約書を渡された。

「……お前、あのじぃさんと何かあったのか?今まででいちばんいい顔してて なんかむかつくんだけど……しかもこれ……」

「……ふふ 秘密です」


end
(当主とレグ 幸せend)



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