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十 『僕、賢嗣です』 けんじ、と聞いたとき、わたしの頭の中には真っ先に「賢嗣」の文字…
週明け、この日の大学は午前で終わる。賢嗣は終了してすぐにT大を出ていた。いつもなら図書…
翌日、日曜日だが朝六時に起床する。八時に間に合うよう、引っ越し業者の制服や着替えの入っ…
九 賑やかな歓楽街の一角に、小さな居酒屋がある。自動ドアが開き、煙草のにおいとが…
電車に揺られ、都心から離れた住宅街の景色を眺める。どんよりとした分厚い雲が空を覆ってい…
八 中島真里、という名前が嫌いだった。 中島はパパの会社についているし、真里は…
三学期が始まり、席替えがあった。 僕の席は窓際になり、一日中空に浮かぶ雲を見ていられるようになった。それは嬉しくもあり、悲しくもあった。青空に浮かぶ雲は油彩の刷毛で塗られたようで、彼女とわかちあったルーベンスの絵を思い出すからだ。音楽室もまた然りで、壁に貼られたチャイコフスキー、ショパン、バッハ、シューベルト……彼女の思い出の痕跡は至るところにあって、僕の心をぎゅっと切なく締めつける。 「ケンジャ、ケンジャよ」 昼休み、僕が絶望的な気分で机に突っ伏していたところへ
七 ヒマリさんの館は、その壁面や庭こそ荒れているけれど、玄関の扉をくぐるとすぐに…
それから僕は、リビングで兄の同席のもと、母から厳しく問い詰められた。ヒマリさんの館にい…
僕の買った青十字のケーキは、ヒマリさんの用意したものと比べるとやはり見劣りして見えた。…
翌朝五時、目覚ましが鳴る一時間も前に目が覚めた。 今日は待ちに待ったヒマリさんとのク…
六 お茶会が終わり、僕は次の予定……ヒマリさんとのクリスマスのことで頭がいっぱい…
カフェ・ルナティのケーキはとにかくおいしくて、僕はあっという間に食べ終えてしまった。ヒ…
ところが、庭の門から出る直前で僕の足は止まってしまった。 「どうしたの」 門の外でヒマリさんが振り返る。僕の顔色を見て心情を察したらしく、仕方ないなあ、というような顔になった。 「こわい?」 こわい、という言葉を耳にした途端、一気に肩が重たくなった。僕は今、アリスの仮面をつけている。だけどそれは館の中で、ヒマリさんの前でしか通用しないルールだ。外の冷たい現実の中では、僕はただ女装をしているだけの男子中学生にすぎないんじゃないか…… 「大丈夫。あなたはアリスよ