見出し画像

ユネスコが学校でのスマホを全世界で禁止するよう呼びかけ?――報告書ではどう書かれているか

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、7月26日、『教育におけるテクノロジー:誰が定めた条件に基づくツールなのか?』Technology in education: A tool on whose terms?)と題する報告書を発表しました。同機関が毎年発表している「グローバル教育モニタリングレポート」(GEM)の最新版(2023年」版)になります(2024年1月25日追記概要版の日本語訳が発表されました)。

★ UNESCO: UNESCO issues urgent call for appropriate use of technology in education(ユネスコ、教育におけるテクノロジーの適切な利用を緊急に呼びかけ)
https://www.unesco.org/gem-report/en/articles/unesco-issues-urgent-call-appropriate-use-technology-education

 教育におけるテクノロジーについて取り上げたユネスコの新たなグローバルレポートは、適切なガバナンスや規制の欠如を浮き彫りにしている。各国は、テクノロジーが対面による教員主導の指導にけっして取って代わることなく、万人のための良質な教育という共有された目的を支えるものとなるようにするため、教育におけるテクノロジーの設計・利用のあり方について独自の条件を定める(set their own terms)よう促される。(後略)

 しかし、この報告書の内容を比較的バランスよく紹介しているGigazine〈ユネスコが「学校での電子機器やオンラインコンテンツの使用はもっと適切に検討されるべき」と呼びかけるレポートを発表〉でも指摘されているように、この報告書をめぐっては、“ユネスコが学校でのスマホを全世界で禁止するよう呼びかけた”という趣旨の偏った報道が国内外で行なわれています。とりいそぎ、Facebookへの投稿(7月28日付)で次のように指摘しておきました。

★Gigazine:ユネスコが「学校での電子機器やオンラインコンテンツの使用はもっと適切に検討されるべき」と呼びかけるレポートを発表
https://gigazine.net/news/20230727-unesco-calls-ban-smartphones-schools/

 上記の記事で紹介されているユネスコの報告については、次のような非常に雑な報道もなされていますので、真に受けないようご注意ください。(採録にあたっての追記:上記記事で取り上げられている The Guardian 紙の報道は 'Put learners first': Unesco calls for global ban on smartphones in schools を参照)。

-テレ朝ニュース:ユネスコ(国連教育科学文化機関) 学校でのスマホ禁止を呼び掛け
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000309188.html
-Forbes JAPAN:国連の教育機関ユネスコが「学校でのスマホ禁止」呼びかけ
https://forbesjapan.com/articles/detail/64909

 スマートフォンの過度な使用が学習に及ぼす悪影響についてユネスコが警鐘を鳴らしているのは事実で、学校におけるスマートフォンの持ち込み・使用の禁止状況についての調査結果も報告されていますが、報告書では次のような指摘も行なわれています。

「学校でテクノロジーを禁止することは、テクノロジーの統合が学習の向上につながらない場合、あるいは児童生徒のウェルビーイングを悪化させる場合には、正当でありうる。しかし、学校におけるテクノロジーへの対応およびそれにともなうリスクについては、禁止以上の何かが必要であるかもしれない」(p.157)

 冒頭の記事で、カナダのウィンザー大学で教育学部准教授を務めるラナ・パーカー氏が次のように指摘しているのは妥当だと思います。

「ユネスコが微妙なニュアンスの提言を数多く出しているにもかかわらず、一部のメディアは『ユネスコが学校でのスマートフォン使用を禁止するよう求めている』と報じているだけです。そのため、各国政府が『学校でのスマートフォン使用の禁止』という最も単純であるものの効果的ではない解決策を、唯一無二で万能のアプローチとして求める危険性があります」
(後略)

 確かに、報告書の主な内容をまとめたページ(Key Messages)には、

「……教育テクノロジーは、不適切または過度である場合には有害な影響を及ぼし得る。生徒の学習到達度国際調査(PISA)によって提供されるデータのような大規模な国際調査データは、過度なICTの使用と生徒の成績との間には負の関係があることを示唆している。携帯デバイスが近くにあるだけで生徒の気が散り、学習に否定的影響を及ぼすことが14か国でわかっているが、学校でスマートフォンを禁止しているのは4か国に1か国にも満たない」

 という記述があります(p.xvi)。また、この問題について詳しく取り上げている第8章(ガバナンスと規制)の Key Messages にも、次のように書かれています(p.143)。

学校における携帯電話その他のテクノロジーの使用を禁止しつつある国もある。
・世界的には、学校における〔携帯〕電話の使用を禁止する法律または政策を定めている国は4分の1に満たない。
・プライバシー上の懸念から特定のアプリの使用を禁止している国もある。ドイツのいくつかの州は、一般データ保護規則を遵守していないマイクロソフト製品を禁止した。

 学校におけるスマートフォン等の禁止状況については、〈過度なテクノロジーの使用は身体的・精神的ウェルビーイングを危険にさらす〉という節(p.154以下)の、「電話その他のテクノロジーを学校で禁止しつつある国もある」という項目で詳しく述べられています(pp.156-157)。しかし、その最終段落(p.157)に書かれているのは次のような内容です。Facebookで冒頭のみ訳出しておきましたが、全訳を掲載しておきます(太字は平野による)。

 学校でテクノロジーを禁止することは、テクノロジーの統合が学習の向上につながらない場合、あるいは児童生徒のウェルビーイングを悪化させる場合には、正当でありうる。しかし、学校におけるテクノロジーへの対応およびそれにともなうリスクについては、禁止以上の何かが必要であるかもしれない。第1に、学校で許されるものと許されないものについての方針は明確であるべきである。どのような振る舞いが求められるかに関して明確性または透明性が存在しない場合に、生徒を罰することはできない。これらの分野における決定には、しっかりとしたエビデンスに裏づけられた対話と、生徒の学習に関わる者全員の関与が必要とされる。第2に、これらの新たなテクノロジーが学習において果たす役割と、学校によるおよび学校内におけるその責任ある利用について、明確にされるべきである。第3に、生徒は、テクノロジーにともなうリスクと機会を学び、批判的スキルを発達させ、かつ、テクノロジーとともに、そしてテクノロジーなしで生活することを理解しなければならない。新しい革新的テクノロジーから生徒を遮断することは、生徒を不利な立場に置く可能性がある。未来を見据えながらこの問題を検討し、世界の変化に応じて順応・適応する態勢を整えておくことが重要である。

 以上のとおり、報告書において「学校でのスマホ禁止」が明確に呼びかけられているわけではありません。ユネスコは、報告書の発表にあわせ、〈学校でのスマートフォン? それが明らかに学習の支えとなる場合に限って〉Smartphones in school? Only when they clearly support learning)という記事も別に公開していますが、結論は報告書と同様です。

 生徒は、テクノロジーにともなうリスクと機会を学ぶ必要があり、これらのリスクや機会から全面的に遮断されてはならない。しかし、各国は、どのようなテクノロジーが学校で許され、どのようなものが許されないかについて、またこれらのテクノロジーの責任ある利用について、よりよい指針を示す必要がある。学習を支えるうえで明確な役割のあるテクノロジーだけが、学校では認められるべきである。

 というわけで、“ユネスコが学校でのスマホを全世界で禁止するよう呼びかけた”という報道は、いささかバランスを欠いた、ミスリーディングなものであると考えます。少なくとも授業中にはスマホを使わせないというのはごく常識的な対応だと思いますが、そのようなことは各学校または自治体の判断・対応に委ねればよいと考えている国も少なくないと思われ、国レベルの法律や政策の有無にこだわりすぎるのもどうかと思います。

 もっとも、あらためて調べてみると、UN News〈ユネスコの教育報告書、学校におけるスマートフォンの禁止を推奨〉UNESCO education report advises ban on smartphones in schools)という記事を流していましたので、各国の報道もこれに引きずられたのかもしれません。リード文にも
「新たな国連の報告書が、水曜日〔7月26日〕、スマートフォンの過度な使用についての懸念を提起し、世界中の学校でスマートフォンを禁止するよう呼びかけた。国連教育科学文化機関(ユネスコ)によれば、携帯電話の使い過ぎは学習に影響を及ぼすものである」
 とあるのですが、本文ではこの件には一言も触れられていないという、奇妙な構成の記事です。

 前掲Facebookポストでも紹介しておいた、カナダのウィンザー大学で教育学部准教授を務めるラナ・パーカー氏の次のような指摘を、最後にあらためて引用しておきます。

「ユネスコが微妙なニュアンスの提言を数多く出しているにもかかわらず、一部のメディアは『ユネスコが学校でのスマートフォン使用を禁止するよう求めている』と報じているだけです。そのため、各国政府が『学校でのスマートフォン使用の禁止』という最も単純であるものの効果的ではない解決策を、唯一無二で万能のアプローチとして求める危険性があります」

noteやホームページでの翻訳は、ほぼすべてボランティアでやっています。有用だと感じていただけたら、お気持ちで結構ですのでサポートしていただけると、嬉しく思います。